第五十四話
「一応、ラインギル第一王子殿下より、国王陛下と王妃さまの御許可は頂いていると、伺っております。なので問題はないかと思いますが……」
それにしては、反応があまり芳しくない。言葉を濁したアスターは、そう言いたいのだろう。
彼女曰く、リュグザとの結婚式の際も、違和感を覚えたらしい。今よりも細心の注意を払い印象を操作していた為、国王夫妻も気が付かれなかったのだと思う、との事だが、ライネリカから見ても、初めて事実を見た反応であった。
とはいえ他国へ潜入調査と言うのは、非常に神経質な問題だ。リュグザには何かしら連絡が入っているのかもしれない。あれこれ詮索するより、話を聞いてみる方が結論も早いだろう。二人でそう納得し、アスターは指先で己の髪を撫でた。
「一週間後、大きな晩餐会がまず開かれます。祝賀会の醍醐味ですね。それから各国王族による会議や、シスボイリーの王族を交えた小規模の会食、ジャダルの奥方主催のガーデンパーティ等がございます。……このガーデンパーティが問題でして」
「何か困り事がございますの?」
「私は招待を受けられないのです」
そもそも敵対する間柄だ。夫同士も仲が悪ければ、妃同士も仲が悪い。第三皇子の妃は実家の爵位も気位も高く、人当たりの良い風貌に見せかけ、その実、些か陰険な女なのだと、アスターは吐き捨てるように言った。
「そこへは護衛に入れません。ですので、バラに護衛のお願いを」
アスターが視線を向ければ、彼女は緩やかに頷く。ライネリカは二人の様子を尻目に、これは好機では、と思考を巡らせた。
リュグザやアスターに、今回の作戦の許可を得られるとは、どうしても思えない。猛烈な反対を喰らうのは目に見えている。それに第三皇子も彼女たちが傍にいる状況で、何事か行動に移すとは考えにくい。
であれば作戦内容だけ伝えておいて、二人が居ない時間帯を見計らい、そういう状況を作り出す必要があるだろう。肝心の第三皇子が参加するかの問題はあるが、ガーデンパーティは格好の舞台とも言える。
そもそもライネリカが上手く立ち振る舞えるか、という根本的な問題はあるが。
バラと社交界の心得を特訓してきたものの、何せライネリカは実戦経験が乏しい。唯我独尊を貫くアスタロイズ妃がいれば状況も違うが、彼女が参加できない以上、フィーガスと連携をとりながら、ライネリカ自身が知恵を絞って動かねばならない。
気難しい表情で考え込んでいると、アスターが眉を下げてライネリカの片手を取った。
「……申し訳ございません、主さま。流石にパーティに参加するなとも言えず……」
「い、いいのですわ、アスター。仕方ありませんもの。それにフィーさまも居ますし」
「いえ、おそらくフィーガスさまも参加は難しいかと。だからこそ、問題なのです」
「え?」
当たり前に彼が居てくれると考えていただけに、思わず声が漏れる。
「女性だけのパーティなんですの?」
「左様にございます。私が聞き及んでいる内容はですが」
由々しき事態かもしれない。真顔で沈黙するライネリカの心情を知っているのは、バラだけだ。侍女長は表情を変えずに、末姫に新しい紅茶を注ぐ。
柔らかな音に意識を取り戻したライネリカは、ぎこちなく視線を彷徨わせバラを見上げた。双方で視線を交差させ、仕方がないと割り切り、キョトンとした顔のアスターに目線を戻す。
「いかが致しましたか?」
「あ、いえ、その、……?」
先にアスターへ作戦を伝えようとしたその時、廊下へ続くドアが控えめに叩かれた。
すぐさま立ち上がったアスターが、バラにライネリカの側を離れぬよう伝え、足音なく隣接する自室に戻っていく。
ややあってリンドウの声が聞こえたかと思えば、アスターは不満そうな顔で戻ってきた。
「主さま、フィーガスさまがお呼びに参りました。ジャダルとの謁見時間だと」
「まぁ」
慌てて立ち上がり、バラに軽く身支度を調え直してもらってから、急足でドアに近寄る。正装から動きやすい服装に着替えたフィーガスが、片手を軽く振った。
「邪魔して悪い」
「いいえ。ご足労かけまして申し訳ございません」
「いや、客殿にいるより安心だ。行こう」
アスターに礼を言い、すぐに戻ることを伝え、フィーガスに腕を絡めて歩き出す。
そういえば本当にアスターの隣室で平気なのだろうか。フィーガスに小声で問えば、彼は些か遠い目をした後、肩をすくめて見せた。
「リュグザやアスタロイズが、絶対にダメだと譲らなかったんだ。何処の馬の骨とも分からない連中がいる客殿に、君を置いておけないとな」
「過保護ですわね……。国を代表して来ているのですし……」
「あわよくばを狙う輩が、居ないとも限らないということさ。……僕らのようにな」
フィーガスに誘導され、国王と王妃と合流したライネリカは、そのまま四人で謁見の間に入っていく。今回、フィーガスは異国の王ではなく、婚約者としての立場を前面に押し出す演出だ。
室内ではシスボイリーの王と、第三皇子。そして妃と子息が、他の来賓客と歓談している様子が目に入る。衛兵が先に近寄り第三皇子に耳打ちすれば、彼は僅かに唇を歪めて顔を向けた。
その片耳には飾りが揺れ、透明な鉱物が光を反射する。
ライネリカは顎を引いて僅かに口角を上げ、挑むようにその視線を受け止めた。




