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第五十三話








「同盟?」


 微かに怪訝な色を帯びた声に笑い、ライネリカは腕を上げて袖を抜く。


「わたくし達は共闘者ですわ。共に闘い、生き延びる為の。なので同盟関係の見直しを行い、双方により良い終着点を見出そうと、わたくしは思っておりますの。わたくしはこれから、…………国を、捨てますのよ、アスター」


 彼女からの応えはない。それでもライネリカは構わなかった。

 シュミーズのみになり一息ついてから、アスターが別のドレスをクローゼットから取り出す。落ち着いたワインカラーだが、デザインはフリルをあしらった少女の装いで、胸元のコサージュが大層可愛らしい。礼を述べて背中側から両足を差し入れれば、アスターが持ち上げて袖を通させた。


「わたくしはエイロス国第二王女として、国を捨てるまでの義務は、果たさねばならないと思いますの。だから婚約関係を隠れ蓑にし、フィーさまの良き同盟相手になりたいのですわ」


 首元のリボンまで結ばれ、髪飾りを編み込んだアスターが、ライネリカの腕をとる。緩やかに回ると、ふわりとドレスが広がって、白と赤のコントラストが裾まで穏やかに伸びた。

 見上げた先で、アスターが表情を歪ませる。彼女は細い腕で、更に華奢なライネリカを抱きしめ、目蓋を伏せた。


「……矢面に立とうとせずとも、我々がお護りいたします」

「ありがとう、アスター。でも、そうも行きませんわ。わたくし、死を待てば愛される子供であることを、やめましたの」


 どうしても声音に、諦めが滲む。ライネリカの背に回る腕に力が篭もった。


「兄上さまに、たくさん、愚痴を聞いて頂きましたわ。踏ん切りというには、まだ心残りもありますが、フィーさま達と作戦が上手くいけば、我々も国民も助かりますもの。それは間違いではないと、わたくしは考えを改めますわ」

「主さま……」

「アスター、……あなたも、わたくしをずっと、案じてくれていたのでしょう? ……ごめんなさい、ありがとう」


 唇を噛んで、ぐっと何かを堪えたアスターは、ライネリカを誘い、すぐ側にあった椅子へ腰を下ろさせた。そして先ほどと同じく床に膝をつき、ライネリカの片手を取って爪先に口付ける。


「もったいなきお言葉にございます、我が主、我が女神。ライネリカ・ベルジャミン第二王女殿下が明日を望み、この身を必要とする限り、あらゆる害悪から御身をお護り致します」


 彼女は根っからの騎士だ。血筋は臣籍降下した分家で、ライネリカと同じ血は通っていないが、立場上は従姉妹にあたる。世間一般から見れば、ここまで本家の姫に忠誠を誓う従姉妹は、なかなかいないだろう。

 アスターは幼少期から騎士道に憧れ、当時の近衛騎士団長だった実父に師事し、努力を重ねてきた令嬢だ。討ち滅ぼす剣にも、跳ね返す盾にもなろうと、日々鍛錬を重ねてきた事をライネリカは知っている。

 だからライネリカは、彼女の(あるじ)たる姫として、剣の代わりに片手をアスターの左肩に置いた。


「……生きる為に戦いましょう、我が『騎士』。アルヴィア・“アスター”・ロイズ」


 ライネリカの『騎士』となったあの日、生まれ変わったのだと言う彼女から乞われて付けた呼び名を、音にしながら噛み締める。

 異国の慣用句に倣ったその名は、彼女の忠誠に応えたいライネリカが与えた祝福だった。


 ◇ ◇ ◇


 バラが淹れた紅茶を飲みながら、アスターが祝賀会中の予定を説明してくれた。

 まだ招待国が出揃っていない為、一週間ほどは各国自由な交流時間が設けられているのだという。その間は宮殿を出て街を見回っても良く、大いに市場を潤して欲しいと言うのが、シスボイリーの意向だった。

 その話にライネリカが表情を輝かせると、アスターは渋い顔で首を振る。


「主さまは、なるべく宮殿内においでください。私も皇太子妃の立場上、頻繁には外出できませんので」

「でも、リンドウとバラが居れば大丈夫ですわ」

「彼らの実力云々ではなく、私が心配なのです。主さまのような可憐で美しい女神が、私の目の届かない城下に()()()され、下賎な輩の目に留まるかと思うと、私は気が気でありません」

「表現が過剰ですわ……」


 心底そう思っているであろうアスターに、些か遠い目をして反論した。アスターは大きく首を振り、薄紅の瞳を僅かだが剣呑に細める。


「主さまがご到着した際の、他の来賓客をご覧になりましたか? 皆、見惚れていたのですよ。短髪や体型がどうなどと難癖つける下種もおりますが、主さまの御容姿は大変魅力的です。ご自覚ください」

「…………まさか、アスター……先ほど、かなり際どい格好をしていたのは、撹乱の為、では……」

「もちろんにございます」


 しれっとした表情で肯首する彼女に、ライネリカは唖然を通り越して閉口した。作戦が捨て身すぎるような気もするが、果たして第十二皇子まで報告は言っているのだろうか。

 ライネリカはカップをソーサーに戻し、片手を頬に当てて首を傾ける。


「それでは、その一週間のうちに、シスボイリーの王族へご挨拶へ参りますわ」

「それが良いでしょう。リュグザさまもお待ちです」

「待たなくて良いですわ……」


 つい本音が溢れてしまったが、ライネリカにはフィーガスに頼まれた使命がある。後の祭りになる前に、避けては通れない道だ。先に済ませてしまった方が、後々の憂いも多少減るだろう。

 暫し考え込んでいたライネリカは、重要な案件を思い出し、ハッとしてアスターに視線を戻した。


「そ、そうでしたわ。先ほど、お父上さまとお母上さまに、潜入の件が露見してしまって、大丈夫でしたの?」


 問いかけに彼女は、やや複雑な表情で頷いた。

 


 


 


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