第五十一話
ラジレイシアは度胸もあり、逆境に立ち向かう術も心得、精神的に強い女だ。彼女の真似を目指すことで、ライネリカも強さを手に入れたかった。
幼い頃から、死する姫を受け入れる強さを、ライネリカは望んでいた。
激しく動揺すると出てしまう素の自分は、あまりに弱くてお粗末な女である。ただでさえ大人になりきれないのに、癇癪持ちの泣き虫で、我が儘な子供の婚約者など、フィーガスにとって醜聞でしかないだろう。
「エイリス。これは強要じゃない。それこそ、死ぬまでそのままだっていい。……だがいつか、君の父君と母君と同じところに、僕も立てたら良いと、そう思う。……君が変わろうと決意するのと、同じように」
表情から読み取れる感情は、それほど多くない。けれど、フィーガスの言葉はライネリカの心に、ゆっくりと染みていった。
「残念ながら僕は人間とは種族が違うし、君の感情の機微に聡くなるほど、想い合うことはできないかもしれない。君の事は好ましいと思っているが、男女の愛情かと問われれば、肯定も否定も難しい」
「……はい」
「でも、君が僕の前で、君らしい姿でいてくれたら、嬉しく思う。……そうすることで僕は、シガリアを置いて進めるんだ」
呟かれた言葉に、小さく息を呑む。堪らず両手で白い頬を包めば、彼の手がその手に重なった。
意地の悪いことを言って揶揄ったり、シガリアの一件で人間に嫌悪感を抱いたりしても、基本的に誠実な人なのだろう。
シガリアと同じ顔のライネリカに、フィーガスが思い出を重ねるのは当たり前だ。同じ顔で死を望まれるのも腹立たしいだろうし、同じ顔で無邪気に笑うことすら、心を抉る行為だったかもしれない。
それでもフィーガスは、ライネリカとシガリアを間違えたりはしなかった。
ライネリカは緩やかに輪郭をなぞり、揺れる銀髪の眩しさに目を細める。
「……わたしも一緒に、進んでいけるわ。フィーさま。……それはきっと、もう、間違いなんかじゃない」
フィーガスの腕が伸びて、ライネリカの小さな体を膝に抱き上げる。彼女が首に腕を回して抱き返せば、彼は肩口に顔を埋めて掠れた息を吐き出した。
ライネリカは銀髪を片手で撫でながら、同じく肩に頬を乗せて目蓋を閉じる。
彼の言う通り二人の間にある感情は、男女の恋愛と呼ぶほどの熱意はないかもしれない。ライネリカとて、フィーガスが異性として好きかと問われれば、疑問が残る。どちらかといえばまだ異国の王など恐れ多いし、相手は白馬なのだしと、冷静になる自分すらいる。
それでも暖かな抱擁が離れ難いのは、何よりも事実だ。
生きて、生きて、生き抜いて、確かな幸せの中で老いて、死ぬ為に。
心臓を動かすこの熱を大切にしたいと、彼女はそう思ったのだ。
◇ ◇ ◇
ほどなく到着したシスボイリーは、一層の賑わいを見せていた。
各国から要人が集まっているので、警備の数だけでも凄まじい。そして何より、顧客を得ようと奮闘する市場の活気が、大いに素晴らしかった。
ライネリカは少しだけ、心躍る気持ちで窓の外を見つめていれば、馬車は緩やかに速度を落としながら、城門へと入っていく。先に到着した国王と王妃が出迎えられる声を聴きながら、フィーガスがライネリカの片手をとった。
二人で視線を交えて、頷く。
扉が叩かれリンドウの声がし、ゆっくりと隙間を空けながら外気が馬車の中に入りこむ。その冷たさに双眸を細め、目覚めにも似た心地で顎を引いた。
「フィーガス・オージオテラサス・プリンフェステビュー弟王陛下、並びに、エイロス国第二王女、ライネリカ・ベルジャミン殿下のご到着です!」
来賓客を取り仕切る衛兵の声がする。優雅な所作で先に降り立ったフィーガスが、ライネリカに手を差し出した。
白と青を基調としたフィーガスの正装は、どこか民族衣装を思わせる布を幾重にも纏い、細かな宝石が散りばめられている。首から提げる、ライネリカと揃いのペンダントは、同じく金の縁取りに彩られていた。
彼が見につける宝石の中には、加工したシガリア鉱物が紛れている。今回の作戦にあたり、フィーガスが詳細を伏せてリュグザに融通してもらった物だ。長く人型を保っていられるように、馬具以上の高価な鉱物が使われているという。
フィーガスの人外的な、否、人間では表せない美しい造形に、来賓客から溜め息混じりの感嘆が聞こえた。ライネリカは少し躊躇した後、再度頷いて、その手にしっかりと己の手を重ね、馬車を降り立つ。
途端に、周囲の全ての視線が集中した。
「……っ」
「怖じ気付かなくていい」
小声で励ます彼に応えようと、背筋を伸ばした。バラとの特訓の成果を見せるべく、フィーガスとそっと腕を組む。片手でドレスを軽く持ち上げ歩き出せば、近くにいた来賓客は皆、息を呑んだ。
ライネリカのドレスは、フィーガスが贈った一品だ。縫われた布の糸から人間世界の物とは違う。ライネリカが歩くたびに、腰元のリボンが柔らかく宙を舞い、ふんだんにあしらわれた裾は、打ち寄せる波のように揺らめいて色を変えた。
惚けた顔で硬直している衛兵に、招待状をそれぞれ手渡す。衛兵が声を裏返しながら、客殿の方へ案内しようと一歩踏み出したその時、聞き慣れた声がライネリカを呼んで振り返った。
「やぁっと来たわね、あたしの子猫ちゃん! 待ってたんだから!」
「あ、アスタ──ッ!?」
大きく胸元を開けて、深いスリットから足を覗かせるような、扇情的とも取れるドレスを身に纏ったアスターが、ライネリカを抱きしめてその場を一回転した。




