表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/148

第百六話




 自分は今、本当にラジレイシアという個を保てているだろうか。

 ガーデンパーティーで彼女は、毒物を探し当てたシガリアを見て、何も言わずとも思ったのだ。


 ──ああ、()()()()


「……」


 アスターが驚愕に目を見開き、そのまま硬直する。その表情から慈愛が薄れていくことが、ラジレイシアは何よりも恐ろしかった。


()()()()()()と、同じような遊びをしましたわ。一つだけ違う物を紛れ込ませて、見つけた物が陣を取る」

「ラジーさま、いけません」

「得意でしたの。いえ、もしかしたら、花を持たせてくれていたのかも、しれませんわ。()()()()()も、()()()()()()も、良い子だったのよ」

「それ以上、言葉にしてはいけません!」


 震える声に被さり、張り上げた怒声が空気を振動させる。

 ラジレイシアは肩を跳ねさせ、泣きたいほど苦しいのに、乾いた目尻を下げて微笑んだ。

 立ち上がるアスターが小さな体を抱きしめ、宥める仕草で肩を撫でる。

 頭の中で幾重にも記憶は重なり、自分のものであるのかも、他者のものであるのかも、分からないほど混ざり合っていく。

 ガーデンパーティーを乗り越えられたのは、自身の中にあるシガリアとしての記憶のおかげでもある。

 懐かしいと率直に思い、だからこそ同じ存在であるシガリアに、指示を出せたのだ。 

 自身は正気だ。言っている言葉の意味も分かる。アスターが話を遮る理由も、己が口を噤まねばならない理由も、今はまだ理解できる。


 ではいつまで?


 ライネリカを隠されたこの世界で、いつまで自分は、正気でいられるのだろう。


「……苦しいわ……」

「…………ラジーさま」

「あの子がいないことが、こんなにも苦しい……っ苦しい、寂しい、心臓が止まってしまいそうだわ……! ……ああ、どうして、どうしてですの、あたくしを見離しにならないで……我が主よ……!!」


 悲痛な呼び声が空気を振動させた刹那。

 宮殿のどこかで、凄まじい轟音が響き渡った。


「きゃぁあッ!?」

「──ッ」


 咄嗟にラジレイシアを壁に押し付け、背に庇ったアスターが瞬時に周囲を見渡す。

 ラジレイシアも顔を上げれば、どうやら宮殿の外壁を吹き飛ばすほどの、爆発があったようだ。外壁を挟んだ向こう側から煙が上がるのが見え、シスボイリーの兵たちが叫びながら駆けていく。

 唖然として口を引き結ぶ彼女の耳に、アスターの呟き声が微かに聞こえた。


「あっちは、リュグザさまの……」

「っお行きなさい!」


 顔色を変えたアスターに、ラジレイシアが声を張り上げる。

 しかしエイロス国の騎士団長として、ラジレイシアを置いていくことは躊躇われたのだろう。彼女は逡巡した様子を見せた後、失礼します、と短く言って、横向きにラジレイシアを抱え上げた。

 突然足が宙に浮いて、先ほどとは別の悲鳴が口から飛び出る。


「ちょ、お待ちなさい、アスター、あたくしを連れて行っては」

「舌を噛みますから口を閉じて、ラジーさま! 私の首から、手を離さぬよう!」

「ああもうッ、あなたって人は──!!」


 軽く助走したアスターが、床を踏み抜いて一気に跳躍した。

 空気を裂いた音に遅れて、突風が二人のドレスを翻す。

 回廊から小さな庭園に出て、外壁を軽々と飛び越えた先に、土煙を上げ崩れ落ちる壁面が見えた。

 アスターが近くに降りようとすれば、彼女は何かに気がつき、その上に足を掛ける。

 糸がたわむように沈み込んだ二人だが、足が地面につく前に反動で更に上空へ飛び上がった。


「ラバル兄上さまの、糸ですわ」


 眼下に、無数の見えない糸が張り巡らされている。

 おそらく余計な侵入者を排除する目的なのだろう。ラジレイシアが周囲を見れば糸に阻まれた兵たちが、不可思議な状態に右往左往、慌てふためいている。

 アスターが難なく糸の上に再度着地し、ラジレイシアを横抱きにしたまま、下を覗き込んだ。

 土煙の中から、誰かが転がり出てくるのが見える。

 愛用しているローブが無惨にも引き裂かれ、恐怖に顔を歪める彼に、二人は目を見開いた。


「兄上さま……?」

「まっ、……って、ください! 挽回する余地を、どうか」


 不審げに揺れるラジレイシアの声に、キリノスの懇願が被さる。

 一体何をやって、と目を凝らせば、彼の視線の先から姿を見せたのは、リュグザだった。


「挽回? 我が君の安寧を脅かした()()に、なぜ俺が恩情をかけねばならない?」


 温厚の皮に覆われた笑みを失い、地を這う様な声は怒髪天をつく。

 惨状に気を使う余裕もないのだろう。一歩、また一歩とキリノスに近づく度に、背後で壁が崩れるが、一瞥もしない。

 彼はキリノスの前までくると、怒りで金色に燃え盛る双眸を細める。

 その様を目の当たりにしたラジレイシアは、咄嗟に空中へ三又の槍を出現させると、力の限り地面に向かって投げつけた。

 糸を貫通したそれは、目視通り、リュグザとキリノスの間に突き刺さる。先ほどの爆発音と引けを取らない轟音が響いたかと思えば、地面が陥没してリュグザが数歩、後退した。

 糸の結界が微かに緩み、アスターはラジレイシアを抱えた状態で飛び降りる。


「リュグザ殿下、一体、何事ですの!?」


 地面に降り立ちリュグザに詰め寄れば、彼はやんわりとラジレイシアを退け、アスターに視線を向けた。


「アスタロイズ、やられました。ラヒューレ殿下を手引きしたのは、身内でしたよ」

「…………え?」

「キリノスが私欲の為にラヒューレ殿下を貶めたく、我らが女神を利用したそうだ」

 


 


 


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ