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第百三話




 突然の事態に、ラジレイシアは呆気に取られて閉口した。

 四阿でテーブルを囲む彼女たちが、一斉にケーキを交換し始めたのだ。

 誰も何も文句を言わず、楽しそうに話しながら交換する様に、徐々に苛立ちが湧き上がってきて、隣の四阿を睨む。

 こちらの様子に気がついているだろうに、主催である第三皇子妃を筆頭に、時折顔を向けて笑い、ヒソヒソと話し合っているだけだ。

 やられた、と。ラジレイシアは奥歯を噛み締めた。

 恐らく全ての王女、並びに令嬢が、第三皇子妃と何事か()()()をしているのだ。このガーデンパーティーはそもそも、エイロスの第二王女を貶めようと画策された、戦場である。理解していながら出遅れた。

 皆が大国に蔓延る()へ従属する、敵国なのだ。

 明らかに異常な様相で、彼女たちの視線がラジレイシアとシガリアに集中する。

 もっと早く気がつけばよかった。

 見渡せばエイロス国のように、シスボイリー国に頼らず領土を守れる国の王族貴族は、ガーデンパーティーに参加していないではないか。


「……まぁ、随分と無作法なお嬢様方ですこと」


 冷や汗が背を伝う。脳内で状況を打破する策を練りながら、静かにシガリアの方に片手を置いた。

 流石のシガリアも目を丸くし体を強張らせていたが、ラジレイシアの行動で我に返り、おもむろにテーブルにあるケーキを凝視し始める。


「そう言わずに、ディアモリス公爵夫人さま。頂きましょう?」


 先ほどシガリアに声をかけた王女が、フォークを手に取る。他の王女たちも同様だ。

 全員の顔色が悪い。それでもフォークが震える音を立てないのは、皆が腹をくくっているからだ。

 こちらの四阿にいる人間の、誰かが損害を被るようになっているのだろう。それが毒であるのか、怪我であるのか。別の何かであるのかは分からない。

 面倒なことに、何も仕込まれていない可能性もある。大人しく食べれば誰かが倒れ、騒ぎ立てれば余計な不興を買うのだ。

 ラジレイシアは扇子の内側で長く息を吐き出し、ぱち、と音を立ててとじる。そして四阿からほど近い場所で、眉を寄せつつ控えているバラを流し見た。

 彼女は視線に気がつき、頭を下げてから踵を返す。

 仕方がない。これはライネリカの身体を守るために、必要なことだ。


「……皆さま、あたくしのケーキと交換してくださらないのは、どうしてかしら」


 人差し指で皿を示し、ラジレイシアはゆっくりと、彼女たちの顔を一人ずつ見つめる。

 その瞬間、確かに、動揺が空気に感染した。


「そ、そうだったかしら。気のせいですわ」

「そうですわ、ディアモリス公爵夫人。ねぇ、皆さま?」


 明らかに言葉に詰まる彼女たちは、大袈裟に頷いて見せる。その様子を見やり、ラジレイシアは己の皿を、向かい側の令嬢に差し出した。


「そう寂しいことを仰らないで。あたくしも仲間に入れて下さらない?」


 向かい側に座る令嬢の顔色が、さっと青ざめる。視線が左右に揺れ、周囲に助けを求める様が丸わかりであった。

 ラジレイシアの持つケーキには、恐らく何もない。そしてシガリアの前にあるケーキもだ。

 いくら無作法な振る舞いを命じ、錯乱をかけてくる第三皇子妃でも、考えなしの馬鹿ではない。

 ラジレイシアはデージル公爵の妻として、シスボイリー王から目をかけられている。言わずもがな、ライネリカはリュグザの庇護下だ。大国でも一、二の権力者相手に、無鉄砲な策は控えるだろう。

 彼女の狙いは、この四阿で()()が起こること。

 他国の姫や令嬢が倒れ、エイロス国第二王女を容疑者にすることだ。

 ラジレイシアが差し出す皿を、誰も受け取らない。

 彼女たちはどうすればいいのか、分からなくなっている。

 万が一ラジレイシアが倒れようものなら、自国へ帰国する為の安全は保証されない。シスボイリー王はただでさえ気が立っている。再びラジレイシアに害があれば、大国王はどの国も許しはしないだろう。

 それだけ己の価値を高めてきた。その自負はあるつもりである。


「どうされましたの、皆さま。あたくしの皿に、何かありまして?」


 目を細め再び声をかける。青ざめる向かい側の令嬢は、唇すら色をなくし、今にも椅子から転げ落ちそうだ。

 ラジレイシアの耳に、微かに声が聞こえる。バラは視線を交差させた意図を、正確に把握してくれたらしい。


「まぁまぁ、顔色が悪くてよ。意地悪な皆々さま。……もしや、このケーキに何事かあるのですの?」

 

 持ち上げていた皿を適当にテーブルへ置き、ラジレイシアは席を立つと、硬直する令嬢の前からケーキののる皿を取った。


「あら、ディアモリス公爵夫人。急に席を立たれて、どうされましたの」


 不意に声をかけられ、皿を持ち上げた手を静止させながら、視線を向ける。

 そこには眉を下げつつ、笑みを浮かべた第三皇子妃が、背後に他の王女たちを侍らせながら佇んでいた。

 周囲の令嬢たちの表情に、緊張が浮かんだのが視界の端に見える。ラジレイシアは息を吐くと、妃と同じように眉を下げた。


「第三皇子妃さま。聞いてくださいませ? 酷いのですよ、皆さま、あたくしを仲間外れになさるのですわ」

「まぁ、左様で?」

「皆が仲良く、ケーキの交換をされていますのに、誰もあたくしと交換して下さらないの」


 やや演技が勝った仕草で肩をすくめれば、第三皇子妃の片眉が微かに上がる。

 ラジレイシアはそれを目に留め、いっそあからさまなほど、そうだわ、と声を弾ませた。


 

 

 

 

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