第百二話
◆ ◆ ◆
第三皇子妃が主催するガーデンパーティーは、抜けるような晴天だった。
色とりどりの花が彩り、麗らかな日差しが庭園を輝かせる。園内を流れる小川には、美しい魚が戯れ、平穏を謳歌していた。
三箇所の四阿には、各国の王女淑女が集まり、ひとときの団欒を楽しんでいる。
ラジレイシアは周囲を飛び交う話に耳を傾けながら、そっと、主催を横目に流し見た。
第三皇子妃は、夫が軟禁状態など気にしていないかのように、笑みを称えて相槌を打っている。周囲も初めこそ気を遣い、発言に苦労していたが、妃の様子に安心したようで、普段通りに戻っていた。
ラジレイシアは最初に妃から謝罪を受けた。夫の不祥事に対し適切な判断だろう。
しかし向こうからそれ以上の接触はない。隣で大人しく、ライネリカのフリをして曖昧に笑う女──シガリアに関しても、妃が何かを言うことはなかった。
ティーカップを手に取り、紅茶を一口飲んで喉を潤す。
アスターが懸念していたが、これなら無事にガーデンパーティを乗り越えられそうである。
これさえ終われば、エイロス国王夫妻は帰国が許される。母である王妃は体調を崩し、このガーデンパーティーも不参加だ。
それも踏まえてラインギルに早馬を出したが、心配性の長兄のことである。現状を把握できるまで、気が気ではないだろう。
それに、だ。
ラジレイシアは視線を逸らし、シガリアを一瞥する。
自分が関わっていない間に、フィーガスとこの女は、何事かあったらしい。
険悪よりも敵対といった様子で、態度があからさまに変化しているのだ。
早くシスボイリー国を出さなければ、意図しない箇所でボロが出る。自分達『騎士』にとって、この女はライネリカではないが、他の人間にとって彼女はライネリカに見えるのだ。
ライネリカの付け入る隙は、リュグザの今後に直結する。
ガーデンパーティーが始まる前、シガリアには立ち振る舞いを教授した。この女がどこまで協力的か定かでないが、早くエイロス国に帰りたい希望は、双方合致している。
相応の振る舞いが出来なければ、帰国は遠のくだけだという事実は、正しく伝わっているようだった。
「ライネリカさま、異国の王は、どのような方なのでしょう? ぜひお聞かせ願いませ」
「そうですわ、アタクシも気になります」
「恐れ入ります。わたしの主観にはなりますが……」
他国の王女に話しかけられても、当たり障りのない回答で、微笑みを絶やさない。穏便に終えようとする気概が伝わってくる。
ラジレイシアは扇子の下で、小さく嘆息し目蓋を伏せた。
他人にどう見えようが、この女はラジレイシアの愛する女神ではない。大人しく従順に振る舞う姿に、言いようのない不快感が、安堵と同時に胸を襲うのだ。
「皆様。我が宮殿自慢の料理長が作った、ケーキをお持ちいたしましたわ。どうぞご賞味あそばして」
庭園に響いた第三皇子妃の声と共に、色鮮やかなベリーで飾られたケーキが運ばれてくる。
喜ぶ声に混じり、様子を見つめていたラジレイシアに向けて、小さく呟いた声が聞こえた。
「夫人、発言を許可頂いてもよろしいでしょうか」
「……余計な口出しは、無作法ですわよ」
「あなたとわたしの利害は、今は一致しているはずです」
何をしようというのか。ラジレイシアが再度一瞥するも、シガリアの目線はケーキを追いかけたままだ。
甘い香りを漂わせるそれは、切り分けられ、配られていく。
ラジレイシアが返答を悩んでいる間に、シガリアは己の前に差し出されたケーキに目を落とす。
「……お姉さま。わたし、あまりお腹が空いていないのです。……取り替えて頂いても?」
次にラジレイシアの前に並べられたケーキを指差し、彼女は伺う言葉を口にした。
ギョッとして改めて視線を向ければ、シガリアは目を細め小さく首を傾ける。それだけで、この女の意図が把握でき、ラジレイシアは息を吐き出した。
いくら姉妹とはいえ、公の場で食事の交換などすべきではない。だがシガリアは、言外に伝えたいのだろう。
何かが混入してある可能性を。
第三皇子妃がエイロスの第二王女を害する様子は、今のところ見えない。ここで行動に移した方が、逆に言いがかりをつけられる場合もある。
流石に返答に窮し数秒、間が空いた後。先に声を発したのは、シガリアの向かい側に座っていた、他国の王女だった。
「ライネリカ第二王女殿下。それでは、アタクシの皿と取り替えっこいたしましょ」
片目を閉じて笑う彼女のケーキは、確かに大きさが他の物より小さい。
隣の四阿にいる第三皇子妃を一瞥し、彼女は眉を下げて、見えないように扇子で口元を隠した。
「いつもなのですわ。アタクシの国は、資源も乏しく、シスボイリー国に頼りきりで。こうして呼ばれても、こんな調子ですの」
言われてみれば、第三皇子妃がいる四阿は、シスボイリー国の属国の中でも、発言力が大きい国の王女や令嬢が目立つ。こちらの四阿は逆に、小国や、属国内でも貧しい国が多かった。
嫌味な女だと、ラジレイシアは僅かに眉を寄せる。
ジャダル第三皇子に何事もなければ、エイロス国は恐らく、向こう側の卓に居たのだろう。
こちらの席に収まっているということは、少なくとも第三皇子妃の溜飲を下げる采配ではあった。
「ささ、殿下、どうぞこちらを。……ふふ、卑しいでしょ? でもアタクシ、どうしても食べたくて。どうぞお笑いになって?」
優しい双眸でシガリアを見て、シガリアも微笑んで皿を取り替える。
テーブルに食器がのる小さな音が響いた瞬間、同じテーブルを囲む彼女たちが、一斉に口を開いた。
「まぁ、いいですわね。私たちもどうかしら?」




