★★第44話 辺境領主の地方統一③
「そうか…手間をかけたな、アルヴェラグス」
朝日が昇ってすぐに戻ってきたアルヴェラグスの労をねぎらった。
ラリサの情勢は深刻だ。
「たいした事はしていない。捕らえたアルカラ子爵は西塔の最上階に監禁した。これからどうする?ラリサに帰還するか?」
アルヴェラグスは私とパラムンだけで話したいといって他の武官達には席を外して貰った。
「…子爵は実際に裏切っていたのか?」
「私にはわからない。夜の街道をおっかなびっくり走る彼を捕らえてからすぐ何十年もラリサに勤めていたという兵士に見張りをして貰い飛んで帰ってきた」
アルヴェラグスの話を聞いても子爵の真意は不明だ。
天馬を駆るアルヴェラグスから逃げ切れる訳もないのに、愚かな・・・。
「彼は抵抗したか?」
「ああ、多少の怪我はさせたがすぐにラリサからアルベルドと兵士が追い付いてきたので捕縛させた。彼の部下は体の一部を欠損しているが、命に別状はない。こっちは別々に牢屋に放り込んでおいた」
「そうか、なら反逆だ」
城代として託した任務を放棄し、私の代理人だと明言させたにも関わらずアルヴェラグス抵抗し武器を向けたなら反逆行為として逮捕してもよい。
こんなことになるならアルヴェラグスに何か王家の品でも渡しておくべきだったか?
・・・いや、盗んだとか、奪ったとか何とでも理屈をつけて命令に従わない理由を作れるだろう。
「では、彼を断罪するか?」
「いや、戦の最中にそれは不味い。子爵にも親族はいてこちらに兵力を提供してくれている。当面はうちの馬鹿息子と折り合いが悪く城代として任務を果たせないため解任した事にしよう。パラムン、済まないがラリサに戻り城と町を掌握してくれ。アルヴェラグスはパラムンが到着するまでまたラリサに戻って城代としての任務を。うちの息子は監禁しておいてくれていい」
「「承知しました」」
二人とも反論せず頷いた。
王妹の嫁ぎ先、ティーバ公の第二子である私のいとこパラムンであればうちの馬鹿息子でも傲慢な態度には出れないだろう。
メッセールからもうちの息子が我儘、横暴に育ち他人のいう事を聞かない性格であるとは報告を受けていた。
老兵達もアルベルドは私の息子であり、我儘言うのも当たり前でむしろそれを子供らしくて可愛いとさえ思っているフシがあった。
背伸びして尊敬している父のように振舞おうとしているのだと。
私も長年子供たちを放置していた事について内心遠慮がありあの子をきつく咎めずに置いた。
或いはあの子が疑心暗鬼のあまりアルカラ子爵を追い詰めてしまったのかもしれない。子爵に城代の任務は重く、無能であったかもしれないが裏切者ではないのかもしれない。
だが、こうなった以上彼は戦後処刑せざるを得ない。
「イルンスール嬢の事はどうする?」
「今はどうにもできん!!」
苛立ちで拳を机に叩きつけると無意識に魔力が籠り、粉砕してしまった。
「彼女の所に暗殺者が来たというのは本当か?無事なのか?」
「オルプタ殿とレベッカ殿が守った。エーヴェリーン嬢の話では襲撃の際は無事だった」
「・・・そうか、さすがレベッカだな。アルミニウスはどうしていた?彼にはアルカラ子爵の補佐も頼んでいたのに」
「子爵は外国人が嫌いなようだ。私を見ただけで舌打ちしていたし。アルミニウスの助言を聞くとは思えない。その点についてご子息の目は確かだ」
くそう。
確かに我がバルアレス王国では南方圏や帝国系のアルシア王国と軋轢が増していて、子爵もどちらかといえば純血派だった。
「ユリウス!入れ!!」
「は!?はっ!!」
天幕の外で立哨している従卒を呼ぶ。
「ユリウス、お前の家はこの地方で長く領地を保ち、前身の王国からもその以前からもずっと土地を受け継いできた歴史ある家柄で、王家の遠縁でもある。私の母は南方圏のヴァルカ出身だ。私に従う事に不満はないか?」
「まさか!?そんな事考えていたらエドヴァルド様の帝国騎士の任務に志願したりしません!!」
心外だというユリウスに私も謝罪して微笑んでみせた。
彼は北方での蛮族との戦い、私が帝国から勲章を授与される事になったオスニングの森での戦いに憧れて志願してきた少年だ。
「悪かった。だがこの戦い、エールエイデ伯との戦い方を切り替えねばならなくなった。太守であるエッセネ公爵家に逆らったから討伐するだけというわけにはいかない。連中はイルンスールが他所から来たというだけで、自分達が後方攪乱の為火を放ったにも関わらず大森林が燃えたのは森に入り浸っていた彼女のせいだと噂を流し、それを私への攻撃に利用するだろう」
「そんな馬鹿な!あの方は神獣様とも親しくエドヴァルド様のマントからも神々のご加護が・・・我らが守護神のご加護があることは明らかではありませんか!その…例の事についても」
彼女はマントにいくつかの神々の守護を降ろしてくれていたが、特に東の風、森の恵みを運ぶ風の神スーントゥルーフの守りはあらゆる矢を防いでくれていた。
「ああ、ユリウスの言う通りだ。だが、それは民衆に理解できるようなものではない。先に噂を流し世論を確立したものの勝ちだ。イーデンディオス老にミリアムを呼び戻して貰ってこちらも世論工作をせねばならないが長年こちらの地方で主導権を握っていた伯爵の方が有利だろう」
「それは…そうかもしれません。では私も実家に連絡します!なんとか古い家の貴族達をこちらに引き戻してみます!!」
「ああ、それは頼む。だがお前に個人的に頼みたい事がある」
「なんでしょうか」
「兄上への密使になってもらいたい」
「ギュスターヴ様の?」
ユリウスが実家に連絡を取ってくれてもまだ最後の成人の義を終える前の彼の言葉をどれほど聞いてくれることか。
当面の戦いの事はどうにかするとしてもその先について手を打っておく必要が出てきた。ユリウスに託すのはそちらの件だ。
ユリウスを出立させた後にはパラムン達と軍議を再開する。
「しかし、私が前線から退いて大丈夫ですか?」
「どうせ片腕負傷しているだろう。後方で安静にしていろ」
「このくらい怪我していてもそこらの騎士には負けませんよ。あのアルシータという騎士ほど腕の立つものはいませんでしたからね」
パラムンは片腕が不自由だというのにぽんぽんと叩いて強がって見せた。
「ああ、そういえばあのアルシータもこの国の人間ではないな。何処から仕官してきたのか知らないが、あの白銀の鎧は聖堂騎士団のものだろう」
「やはり…アルヴェラグスもそう思うか」
遥か昔、第二帝国期時代に猛威を振るった組織。
旧帝国の首都が亡者達によって壊滅した後に新ヴェーナ帝国が発足する頃には皇帝によって解散させられていた。
神聖期とも呼ばれた第二帝国期に不信心者といっては民衆を断罪し、独自の徴税権と直轄領も保持していた為、時の皇帝が危険視したのだ。
解散後、1000年以上経って唯一信教が蔓延り皇帝の選帝権にまで口出しするようになると選帝侯の一人ダルムント方伯が聖堂騎士団を再建して唯一信教を撲滅した。
かつての恥多き聖堂騎士団の歴史を忘れまいと象徴だった白銀の鎧には必ず故意に汚れを残している。
白銀の鎧であれば必ず聖堂騎士団というわけでもないので見た目だけで判断するのも困難だ。聖堂騎士団から離脱しただけかもしれない。
騎士団か…。
私も配下の騎士は数人だし、魔導騎士の装備には特に金がかかる。
我らが大君主フランデアン王でさえ配下の魔導騎士は12人。
騎士団と呼べるような規模は帝国貴族であるダルムント方伯の指揮下、寄進で成り立っている聖堂騎士団のみ。あとは強いて言うなら帝国騎士達だけだがこちらは皇帝の私財で維持されているわけではない。皇帝の私財で賄われているのは近衛騎士7名のみ。
聖堂騎士団もダルムント方伯の私財だけで維持されている訳ではないので正確には違うかもしれない。要するに大規模な騎士団なんぞ無い。
第二次西方市民戦争で人口が激減し魔導騎士や魔術師の家系の多くが絶え、それを補うため効率的な武器開発を促進した西方諸国の新兵器の前にもはや騎士の時代は過ぎ去ろうとしている。帝国は豊富な人材によってその影響はまだ少ないがそれでも軍制は変わりつつある。
さて、聖堂騎士団だが…
「あまり関わりたい連中ではない。聖堂騎士を名乗らないのであれば処刑しても問題ないと思うがどうする?」
「・・・別に捕虜を無意味に処刑する必要はない。むしろエールエイデ伯の娘達の告白が真実だったと娘達を利用して彼を説得し伯爵との情報戦に対抗した方がいいだろう」
当面の方針としては短期決戦は諦めて一時後退して情勢を確認しつつ世論工作を行い大義名分の正当性を補強することにした。
数日でエールエイデ伯の居城に攻め込むことは出来る位置だったが、撃破したばかりの敵が再集結してくる恐れがあった。
攻囲中に逆包囲されては全滅して再起不能になってしまう。
占領した道中の砦は破却し防備を強化した砦まで戻ってイーデンディオス老が魔術で周囲に深い堀を掘ってさらに守りを固くした。
そこにミリアムが戻ってくるとやはり北部では私やイルンスールへの非難の噂が広まって純血派の貴族が団結し始めていた事を報告してきた。
「先に一報貰ってりゃ何か打つ手もあったんだがね」
「済みません、ミリアム殿。森を多少焼かせてもあちらの工作であることは娘達の密告からも明らかですし工作員も捕らえれば伯爵の非を鳴らすのに使えると思ったのですが・・・」
「それを姫さんだけが入れた聖域発の火事だと先手を打たれて逆利用されたってわけかい。情けないね」
「面目ない」
この件に関しては私の浅知恵だった。
城下町の火事も実際には森から飛び火したわけではなく普通に潜入していた工作員の放火だとパラムンが報告してきた。
城内にも侵入され書庫に火をつけられて貴重な行政文書を失った。
吸血虫から始まった伝染病の対抗策が古代エッセネ公の文書から明らかになったように、災害対策でどんな状況で何が効果的だったかなどを記録してあるような文書は参考になった。気温情報、天文情報、飢饉の際の税率の参考記録など私の様に軍人一筋で生きてきたものには過去の統治者の記録は重要だったのに、失ってしまった。
「で、姫さんの事はどうするんだい?クソ爺に連絡しておこうか?」
「イーデンディオス老に使い魔を送ってもらいましたので、当面は・・・忘れます」
「そうかい。ま、当面の危機を解決しなきゃ話にならないわな」
せっかく先日2000ほど敵兵を撃破したばかりだというのに、また敵が3000ほど集まって来て我々が籠る砦は包囲された。
今度は敵も総大将を狙われる事を警戒して位置がわからないよう本陣を偽装して距離を取って指揮している。
こちらは先日撃破した敵兵を取り込んで一時期1000を超えたもののその後の戦闘被害やラリサの守備兵力を強化せざるを得ず700ほどにまで落ち込んでいる。
敵がラリサを突こうとすれば、出撃して牽制し痛手を与えていた為向こうもこちらの砦を無視出来なくなり我々は長期に渡って防衛戦を耐える事になった。
包囲する敵の塹壕が何重にもなって段々と騎兵を出すのが難しくなりラリサと連絡を取るのはアルヴェラグスの天馬に頼ることになった。
それも魔術で強化された弓で天馬が狙われるようになるとそれさえも出来なくなった。
段々と不利になってきたが、敵もこちらの守りを突破するには準備不足。
有効な対抗手段がなく睨みあいで時間が過ぎていき備蓄した食料も心もとなくなってきた時、堀がとうとう埋め立てられ壁の一角も崩れて補修が間に合わなくなり敵に総攻撃の気配が出てきた。




