★★第39話 辺境領主の息子④
父上が出撃されて5日。
城はアルカラ子爵が城代を務めて守っているが、本来は息子である俺の役割だ。
まだ早いと父上がおっしゃるので仕方ないが、子爵は城であちこちに書状を書いていて自分の目で警備状況を見て回ろうとしないのでこの俺が買って出た。
小姓どもを連れて、厩番から背の低い馬を借りて城下町へ繰り出す。
今までにも時折城下まで出かけていたので、こちらを知っている道行く町人達が頭を下げていく。
あの女が商人達を呼び込んで2年半。
城下は随分活気が出てきた。
町人達も父上が負けるとは考えてもいないようで、城下は平穏そのもの。
普段と変わらないのであまり見て回ってもつまらない。そこで、外を少し馬で駆けて見晴らしのいい丘まで行ってみようかと早々に切り上げた。
「もし敵の工作員がいた場合困ったことになります。アルベルド様、郊外までお出になっては行けません」
「黙れ、ユリアヌス。もし敵がうろちょろしていたとしても大した数がいる訳がない、お前たちで十分だろう」
父上が大半の兵士を連れて行ったので、ラリサの守備兵は老兵が40人、城下町から集めた新兵が20人。新兵達は一家断絶されると困るので通常は徴兵しないし、志願されても応じないそこらの町人の一人息子だ。領主としてはあまりに民衆に犠牲が出ると勝っても意味はないのでどんなに勝ちたくとも根こそぎ徴兵することはない。長期戦になる場合尚更、食料生産や税収に響く。
父上が後方待機とはいえ一人息子まで徴兵して、可能な限り前線に連れて行ったからには短期決戦を目論んでいるのだろう。
城内の守備兵が60、城下町の衛士が40人。
後は前線と往復する輜重部隊や伝令などがわずかにいるだけ。
アルミニウスやシセルギーテ、アルカラ子爵の側近に、俺の小姓どもをいれても100人ちょっと、それがラリサに残された全兵力。
いざとなれば町人共を武装させるだけの武具も城にあるのでいざ敵が攻め込んでくれば、伯爵の兵力に対抗するだけの防衛戦力はある。
町人達は父上の威徳にひれ伏しているので、敵兵がうろちょろしていればすぐに注進が入る。
危険なんぞない。
そう言って小姓どもを黙らせて城外の丘まで駆けようと、町外れにさしかかった時気になるものを見かけた。
倉庫街の油問屋が開いている。
「おい、戦が終わるまで問屋は閉めろという通達は出てないのか?」
「へえ、出ておりましたが城代様から魔術師様がもう少し精製するのでまとまった量を買いたいといわれまして」
「今更か?」
「私めにいわれましても…もう買っていかれましたのでこれからまた閉める所です」
「それもそうか…、ちゃんと封印しておけよ」
「先ほど全て売れましたので次の隊商が来るまでウチはもう空っぽですわ」
戦の際には後方攪乱の為に、火付け行為は常套手段だとメッセールから習った事がある。
ラリサの城下町は城壁に囲まれた要塞都市ではないので、城壁間近の木造家屋を全て叩き潰しておくようなことは行われないが、燃えやすいものは可能な限り退避させ、町人用の灯油は配給制になり油問屋が扱う油樽も地下へ移して魔術師が炎上防止の封印をして回る。
イーデンディオス達は既に出払っているので精製するというならオルプタか…。
あいつらは苦手だ。
父上が世話になったというイザスネストアスの弟子達で、こちらの権威には従っていない。
城の裏手、聖なる森との間にある研究棟とその周辺に立てた家に住んでいてあまり親しくはないが、俺が赤子の頃から一応後見役を務めていて、俺でもあの連中を従わせる事は出来ない。
一応イザスネストアスの門弟以外にも父上の直属の魔術師達はいるにはいるが、彼らも出払っている。オルプタがそんなに城の守りに熱心とは思わなかったな。
倉庫街を抜けて、大勢の兵士と馬車が通過した為にやや地面がでこぼこになってしまった街道を通り見晴らしのいい丘まで行くと街道を南東へ進み樽を運んでいる荷馬車が四つ見えた。
・・・ん?
もう昼過ぎだというのにラリサから出た荷馬車がまだこんな所にいるのか?
追いつける距離だし、気になって馬を走らせた。
まだまだ乗馬に慣れていないのでそれほど速度は出せないが、さして時間もかからず追いついた。
荷馬車で運搬している連中はラリサの輜重隊ではない。
まちまちの服装をした男達はこちらを警戒した目で見ている。
小姓たちも違和感を感じて俺の脇を固めた。
「お前たちどこの者だ。その樽の中身はなんだ?どこへ運ぶ」
匂いを嗅ぐまでもなく、種油の匂いがする。
あちらの男のうち一人が偉そうな態度でこちらを威圧して来ようとしたが、別のひとりが小突いて黙らせる。一人はこちらが子供だと思って、脅そうとしたんだろうが、もう一人は大方こちらの身なりがいいのでそれなりの家柄だと判断したのだろう。
こいつらはラリサの住人ではない。
「これは前線へ油樽を運ぶんだ、不足しているとご注文があってな急遽運ぶ所だ」
「どこの誰がどこに発注したんだ?」
「もちろんエドヴァルド様が、前線へ持ってくるようにと」
「先ほど油問屋で魔術師が発注したと聞いたぞ」
油問屋はひとつではないが、疑念があってカマをかける。
「ああ、そうそう。もちろんエドヴァルド様の部下の魔術師からの発注だ」
「名は?」
ああ、ちょっと待ってくれ。発注書を確認するからといってごそごそ革袋をひっくり返し始めた男を見て、ユリアヌスに目配せする。
ユリアヌスも頷いて他の小姓たちも剣に手をかけた。
が、こちらが疑っているのを察した荷馬車の男達の方が行動が早かった。
目つぶし粉の入った袋を投げつけられて怯んでいる隙に、馬から引きずり降ろされた。
辺りでは剣戟と悲鳴の音が聞こえる。
・・・悲鳴は小姓どもから。
「殿下!」
目つぶし粉のせいで出る涙を拭っても拭っても、まだ痛く目を開けられない。
「おっと武器を捨てな、殿下だと?へへっこいつはいい。アルベルド様ってわけかい。いい人質が出来た」
「ユリアヌス!勝てんのなら逃げて衛兵を呼べ!」
ユリアヌスの声は馬上の位置からだった。
なら逃げきれる筈だ。
「御免っ」
駆けだす音がする。
「追うな、さっさとずらかるぞ」
「伯爵の部下か」
「聞くまでもないだろ?」
連中は俺を縛って目隠しと猿轡をして荷馬車に乗せて移動を再開した。
愚かな連中だった。
街道を急いで移動したところで夜にはラリサの衛兵が追い付いてきて戦闘になり、あっさり俺は解放された。
「お怪我はありませんか?」
「ああ、問題ないシセルギーテ。随分静かだったな」
目隠しと猿轡を外した後、俺を縛った縄を四苦八苦しながら解いているシセルギーテに声をかける。
「鎧はつけていませんでしたので私だけ先行して襲撃をかけました。逃げた残兵は衛兵隊が追っていますが、思ったより数が少ないですね」
「そんなに衛兵を連れて来たのか?10数人はいた筈だが」
「え、私が2人斬り倒しましたが合計6人でしたよ。子爵が衛兵を出してくれませんでしたので衛兵も3人だけしか連れてきていません。もしや周囲にはまだ敵が?」
シセルギーテが慌てて再度警戒する。
縄を解かれて周囲を見回すと、荷馬車は一つしかない。
「馬車はあと三つあった筈だ、敵兵は跡をつけられても構わないよう分散したか」
思ったより馬鹿ではなかったらしい。
「殿下ご無事でしたか」
逃げた敵を追っていた筈の隊長も戻ってきた。
「ああ、敵は道を分かれたようだ。尋問して吐かせろ」
「・・・全員死んでしまいました」
「一人残らずか?」
「はい」
先行して襲撃をかけたシセルギーテは仕方ないが、隊長までもか。
日が暮れてしまって道を戻って轍を見つけて追跡するのは難しい。
「隊長は急ぎ戻ってアルカラに捜索隊を出させるように言え」
「それはできません、殿下」
「何故だ?」
「子爵から城の守りを疎かにするわけにはいかないと厳命されておりますので。それに敵の工作部隊が火付けを働くのは分かっております。城下町さえ守られれば周辺の町のある程度の犠牲は仕方ありません」
確かに全ての町や村々への放火を防ぐのは不可能だ。
しかし…村に放火するのにああも大量の油は必要なくないか?
「シセルギーテ、どうにかならないのか?」
「私は子爵の指揮下にありません。私一人でもよければ追跡してみましょう。アルベルド様は隊長と城へ戻ってユリアヌスとお待ちください」
「あいつは無事か?」
「大した怪我はしておりません」
だが、相談している間に手遅れになった。
夜の闇を切り裂いて、火が丘の影からラリサの方へと飛んでいくのが見えた。
「しまった!連中は逃げていなかったのか!」
シセルギーテが焦りの声を上げる。
おそらくは組み立て式の投石器から放ったであろう軌道でラリサの城下町ではなく、森の奥へ飛んで行った。城からは丘が邪魔でその軌道は見えない。
塔の上層部からこちらを見ている兵士がいればかろうじて見えたかどうかの位置だ。
俺の馬をあいつらが都合よく引いてきていたので、俺も馬に乗り急いでラリサへと戻ろうとするが夜の闇の中では馬も全力疾走は出来ない。
明かりは月明りしかないのだ。
森の奥から上がった火が燃え広がり、その明かりがだんだんと周辺を照らすほどにまでなった。
丘まであと少しというところで今度は城下町からも火の手が上がった。
こちらは城下町に潜んでいたであろう敵の工作員か。
アルカラの無駄飯ぐらいがっ!
城の守りを固めるのは大事だろうが、この状況で城下であっさり放火されやがって。
だいたい予想していたのではなかったのか!?
「隊長は城下町へ戻れ!シセルギーテは俺と発射地点を抑えに行くぞ」
シセルギーテと発射地点を捜索したが、投石器の残骸を発見したのみで敵の工作部隊の姿は既に無かった。
「追跡専門の密偵や魔術師でも無ければこの暗闇では到底見つけられません。城下町の事は子爵に任せて私は森の火を消し止めに行きます。あの森が無くてはスーリヤ様が…」
「あれだけ炎上しているというのに今更何が出来るというのだ」
「メッセールから私の魔剣について聞いていませんか?私の魔剣には水竜の力が宿っているのです。そこらの魔術師よりも大量の水気を繰り出して見せましょう」
ラリサの裏手にまで辿り着いた時、オルプタが魔術を駆使してそれ以上の火の接近を必死に防いでいた。オルプタに水気を帯びたマナに包まれたシセルギーテが加勢し、水竜から作り出したという宝玉を埋め込んだ大剣から大量の水が立ち昇って
上空で弾け雨のように降り注いだ。
一ヵ所で消化しようとしても周囲のマナが枯渇する為、二人は別れて移動して徐々に森の奥へと近づいていく。
俺がここで出来る事は何もない。
一度城へ戻るべくそこを立ち去った
去り際に、森の奥から泣き声が聞こえたような気がした。




