★★第37話 辺境領主の息子③
最近鍛冶場では鎧を打ち直し、剣を研ぎなおす音が朝から夜まで響き渡り、城内は慌ただしく戦の準備が進んでいる。
地下住みの者たちも城外へ追い出され、場内の下働き達は必要最低限のものしかいなくなった。城内の燃えやすい物は地下へ移動させて、城壁近くの木造家屋は全て破壊して場外に放り出す。
万が一敵に攻囲された時の為の備えだ。
家政婦長は特に書庫の防備を厳重に固めている。
書庫は貴重な本だけでなく、過去の統治において発行された書類や領地の会計帳簿の領主達の歴史の数々が収められていてここが燃えてしまっては以降の統治に支障がでる。
本来は城主の奥方、つまり俺の母が書庫の管理を仕切らなくてはいけないが、残念ながら産褥熱で亡くなったと聞いている。
故に家政婦長が代わりに取り仕切ってくれている、俺にとっても少々やりづらい相手だ。平民だが、小さい頃から身の回りの世話をされていて、俺に部屋の掃除をしろだのなんだの小うるさい、しかし今更逆らいがたい迫力がある。
エーヴェリーンの奴は魔術師どもに習って傷薬を作ったり、厨房で保存食作りをせっせと手伝っていやがる。城に留め置いた他の貴族共の子弟もどうやらエーヴェリーンの説得に応じて父母たちに父上に対して反抗しないよう手紙を出したようだ。
まったく余計な事を。
一網打尽にするいい機会だというのに。
エーヴェリーンの奴は母上の代わりに城の奥向きことを取り仕切るのであれば、放っておいてもいい。
妹はともかく、あの女…義姉の奴は最近妙に元気がない。
どうも俺があいつの考えの至らなさを指摘してやった事で随分反省しているようだ。
反省するのはいいが、エーヴェリーンの奴に聞いた話では御祖母様の治療も心あらずでうまくいっていないという。それも魔術師のオルプタから聞いた話だというから又聞きで実態がわからん。
仕方ないので話のタネになるかと思い義姉の奴が好物だというプランの実を小姓に買ってこさせた。
直接話を聞きたいが、あいつの周囲の人間は俺を警戒してなかなかまともに話そうとしないし、礼拝堂にも来なくなったので近づくことも出来なくなった。
最近化粧を嗜むようになったあいつは兵士共からも人気が上がってきていた。
あの馬鹿共、今日は白だろうか、黒だろうかとか賭けに盛り上がってやがった。
あいつがよく着ている服の事か?
この暑い国なのにいつも長袖を着て足元まですっぽり隠すような服を着ているが、その分生地が薄いし体にぴったりと張り付いているんだよな…叱りつけてやるべきか。
あいつの礼拝堂詣でを見物していた兵士共もそれがご無沙汰になって残念がっている。
あいつは戦争は避けたいような事をいっておいて、父上に軍資金をたんまり渡したので毎日どんどん武器や兵糧が運び込まれてきて一年以上は戦える準備が整った。
あいつにとっては不本意だったらしいが、使途を明確にせず適当に金をばらまいたせいだ。
自業自得だ。
御祖母様の様子を知りたいが、これといった伝手がなくアルカラ子爵に聞いても自分の権限の範疇外だといって調べようともしない。
そういえば家政婦長なら何か知っているかと思って聞いてみたら、彼女もよくは知らないが使用人たちに洗い物をさせている御祖母様の洗濯物の汚れ物も大分綺麗になってきたそうだ。以前は膿の汚れが酷かったらしい。
そして一人の女性を紹介された。
「何かお聞きになりたいことでも?」
大柄な女はそういった。
彼女の名はシセルギーテ。
侍女のような恰好をしているが、メッセールから同世代で王国最強の剣士だと聞いたことがあった。父上よりもずっと年上のメッセールと同世代という割には随分若いように見える。
「御祖母様の事だ。ご容体はどうなっている。イルンスールの奴は必ず治るといったのに、最近治療に積極的じゃないそうだな?しっかりさせろ」
「仮にも貴方の義姉上でしょう。その口の聞き方はなんです?そして祖母の治療に尽力して頂いている事に感謝は無いですか?」
「うるさい、あいつは平民の不具で考えなしのガキに過ぎん。家族の一員になったというなら尽力して当然だ」
次の瞬間、頬で乾いた音がして続いてじんじんと響いてきた。
「き、貴様!ぶったな、この俺を!!俺が誰だかわかっているのか!?」
「バルアレス王国第四王子エドヴァルドの息子でしょう?」
「わかっていてこの俺を叩いたのか、後でどうなるかわかっているんだろうな!?」
そういったらもう一度殴られた。
今度は吹っ飛ぶほど強く。
「どうにかしたいなら今すぐやってみせたらどうです?父親の威光無しでは何も出来ませんか?」
挑発に乗って剣を抜いて斬りかかったが、相手にならず素手で掴まれて剣は放り捨てられた。
まだ真剣を持つことは許されていないので、刃を潰したなまくらだ。
「貴様はラリサの主に仕える女だろうが!無礼だぞ!」
そこらの兵士や付き従う小姓に取り押さえろと命令したい所だったが、それは誇りに触るので抗議に留めてやる。
「私はバルアレスの生まれではない。ヴァルカの舞姫スーリヤ様に仕えるザイル族の戦士アシュラーフが長女シセルギーテ。私に言う事を聞かせたければ、せめてエドヴァルドくらい腕を磨きなさい」
ぐぬぬ…。
「ふんっ、そんなに御祖母様のご容体を話したくないならもういい!まったくどいつもこいつも祖母の話を聞くのも許さないというのか」
イルンスールの奴も、エーヴェリーンの奴もアルカラの奴もどいつもこいつも俺の言う事を少しも聞きやしない、勝手な連中だ!
もういいといって城下町の視察にでも行こうかとしたら、後ろから声をかけられた。
「待ちなさい、貴方の御祖母様の事を話さないとは言っていません」
「なんだと?」
「スーリヤ様はまだ口も聞けず立ち上がる事は出来ませんが、まぶたの裏で瞳と指がわずかに動く様子が出てきました。覚醒まであと一息という所です」
今更振り返るのも不愉快だったが、そうと聞いては確認せずにいられなかった。
「では、本当に回復されてきているんだな!」
「ええ、ですがいつまた病魔が復活するとも限りません。私達には病魔の根源が分からないのです。それを判別できるのはイルンスール様だけ」
「なら、あいつをしっかりさせるしかないじゃないか」
また殴られても今は勝てないので、多少は口を慎む。
「・・・彼女は疲労困憊なのです、これ以上無理をさせてはいけません」
「毎日森の奥まで行って引き籠っていると聞いたぞ」
「エーヴェリーン様やオルプタ殿の話では彼女は森を何よりも愛していて、そこにいる事が心の安らぎだそうです。最近貴方の心無い言葉にかなり傷づけられているとか」
じろりと睨まれる。
「周りの連中があいつをちやほやして真実を教えてやらないからああなるんだ」
「真情でも無い言葉で飾っても私の心には響きませんよ。我儘放題の王子様、貴方は自分のしたいように振舞っているだけでしょう。エドヴァルドの血が流れているなら少しは騎士らしく接してみなさい」
「余計なお世話だ。あいつとは今更だ。おい、お前、シセルギーテに果物を渡してやれ」
小姓に命じてプランの実をシセルギーテに渡させた。
「これは何です?」
「あいつの好物らしい。お前が御祖母様の為にイルンスールの機嫌でも取ってやればいいさ」




