★★第36話 イルンスールの騎士
イルンスール様は過去の辛い経験から大層人見知りが激しく警戒心が強い。
外出の際には帽子を目深にかぶり、誰かと会話する際には扇で顔を隠しながら話す。
そんな方だが、私には最近時折微笑みを向けて下さるようになった。
だが、今はその顔も凍り付いている。
私の放った不用意な一言によって。
「あの時の従士たちは全員処刑しました」
「え…?」
目に見えてうろたえておられる。
言うべきでは無かったか。
一生秘して行こうと決めていた筈なのに、口が滑った。
礼拝堂の雰囲気に懺悔したい気持ちにかられたのかもしれない。
嘘つきはお嫌いだと、直前に正直に話すようと言われたからかもしれない。
いや、止そう。
良心の呵責に耐えかねていた自分の弱さが口を滑らせたのだ。
「ど・・・どういうことなの?何で処刑なんて・・・本当なの?何があったの?」
「イザスネストアス老の命令で、他言しないと誓った治癒の奇跡について彼らは話しました。帝国の法務官を装った老師が彼らを尋問した際全て話してしまったのです。唯一黙秘を続けた私のみ生かされました」
イルンスール様は私が真実を話していると理解すると、がくりと力を失って膝から崩れ落ちそうになる。
慌てて支えようとするが、その前にハンネが抱き留めた。
「本当なのね、アルミニウス?あの時約束したじゃない。戦いは終わったんだからもう誰も傷つけないって」
泣きながら抗議するイルンスール様の顔をまともに見る事が出来ず地べたに頭をこすりつけて謝罪する。
「申し訳ありません。私が処刑しました。忠誠を確かめる為、この手で彼らを処刑せよと」
「酷い・・・彼らが貴方に敵うわけないじゃない・・・。従士さんの中にはまだ若い10代半ばくらいの子だっていたじゃない・・・」
「は・・・彼は私の姉の息子で将来を託されていました。私は彼らを一人ずつ連れ出して、拘束したまま処刑していきましたが・・・彼だけは、彼だけは一太刀で殺すことが出来ず肩口を切り裂いただけとなってしまい、血を流し恐怖の表情を浮かべ裏切り者として私を見る彼を前に躊躇っているとエドヴァルド様が代わりに処刑し老師には私が全て処刑したと報告されました」
「そんな・・・お父様、エドヴァルド様までそんなむごいことを・・・もう無抵抗だったんでしょ、戦いが終わってからそんな・・・ただ命令に従っただけの人達まで殺すなんて・・・・・・。あの時神様達が手を貸してくださったのはなんだったっていうの・・・?」
人間の都合で神々の力を利用しただけに終わった。
イルンスール様のお優しい心は無為に帰した。
「申し訳ありません。・・・私はお約束を破りました。反対すべきでした。例え老師の命令にいくばくかの理があったとしても、騎士として恥ずべき行いをしました。イルンスール様を裏切りました。姉の信頼を裏切りました。罪も無い無抵抗の人間たちを殺害しました」
恥と後悔から嗚咽するような声で謝罪する。
これほどみっともない騎士はいないだろう。
「そう・・・そうなんだ。治癒の奇跡が世の中から消えて行ったというのもわかるような気がする・・・。そうなんだ・・・」
長く地べたに頭をこすりつけるように謝罪し続け、それからゆっくりと頭を上げる。
私を軽蔑しておられるだろうか、それともお怒りになっているだろうか・・・。
恐る恐る見上げるとそのどちらでも無かった。
「御免なさい、アルミニウス。辛い事をさせてしまって」
そういって泣きながら私の顔を胸に抱いて、恥と後悔に震える私を慰めて下さった。
「御免なさい、親族まで手にかける事になるなんて・・・今まで気づかなくて御免なさい・・・。何も知らないでつい酷い事を言ってしまって」
「とんでもありません。私が愚かでした・・・何か他の方法を考える事が出来れば・・・」
「・・・あのお爺さんとエドヴァルド様に命令されたのなら、もうどうにもならなかったでしょう。貴方には辛い事をさせてしまいました。確か神職に就きたいといってましたよね。彼らを弔いたいのでしょう?わたしならもう近年は特に危険もないですし、騎士を止めて神職に就いてくださって構いません」
確かに過去そういう思いはあった。
私は長年の信頼を失った。
だが、今更この方を放り出すような事は出来ない。
「押しつけがましいようですが、どうかこれからもお護りさせてください」
「・・・そうですか、では任せます」
それからというもの、イルンスール様はスーリヤ様の治療に思うように力を発揮できなくなり、オルプタ殿に処置を引き継いだ。
幸いにして既に回復傾向にあり、時間はかかるだろうがなんとか持ち直しそうだ。
イルンスール様は礼拝堂にも行かなくなり、日中は森の奥に閉じこもってエーヴェリーン様にも会おうとすらしなくなった。




