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森の娘と最後の騎士  作者: OWL
第二章 森の娘
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★第28話 苦労人の錬金術師②

エドヴァルド様は顔を強張らせ少し怒りの表情を見せたものの、相手が相手の為すぐにその肩を落とした。そして王国の、いや大陸有数の戦士がまるで迷子の少年のような顔を見せ呟いた。


「母の病は老師でもあなた方でも何とも出来なかったではありませんか、私はこれ以上母をさらしものにしたくはないのです」

「・・・お気持ちはわかります。しかし今回の病でもイルンスール様の貢献は多大でした。私が今生きているのも姫様のおかげです」

「それは聞いていますが、あの気の優しい娘には酷です」


やり切れない表情を見せて首を振っている。

イーデンディオス老でも説得できないか・・・。


しかしミリアムやオルプタ殿には別の意見があるようだ。


「エドヴァルド様。イルンスール様はおつよいかた、そのような配慮は無用です。必ずや力になってくれるでしょう。過去の過ちを正すのは今を置いてないのではありませんか?本当に諦めてしまうのですか?」

「・・・しかし、もう十数年経ちます。本当にまだ見込みがあると?」

「逃げ口上はお止めなさい。もう貴方は何もわからなかった少年ではありません。本当に恐ろしく思っているのは何です?母上の病ですか?また希望が断たれる事ですか?それとも姫様に貴方が母を見捨て逃げ出した事が知られる事ですか?」

「見捨ててなどいない!!」


数多の魔獣を屠った戦士の憤りを前にしてもオルプタ殿は一歩も引かない。


「証明してみせなさい」


睨み合いになったが、折れたのはエドヴァルド様だった。


「わかった。彼女を連れて行こう。皆もついてくるか?」


もちろん、伺いましょうと我々も同意した。

エドヴァルド様は騎士メッセールに先にお母上の元へ訪問を告げにいかせた。

イーデンディオス老達も先に塔へ向かい、私だけエドヴァルド様についていき「頼む」といわれイルンスール様に依頼内容を告げ、姫様は快く承知された。


即断即決された姫様がすぐに行こうとされた為、詳細な説明は道中行った。


「スーリヤ様が発症されたのはもう13年も前の事です。イザスネストアス老師やイーデンディオス老達もその病を癒そうと努力し、体組織から分析した薬により一時は快方に向かうかと思われましたがその後は耐性をつけた病が余計に悪化すると結論づけ、以降は投薬を中断しています」

「皆さんはここでその研究をされていたのですか?」

「ええ、もともとは。近年はもう打つ手なしと諦めかけておりました。歴史上でもわずかしか症例が無く、発病者で助かったものはいません。悪化する前に、皆自死を選ぶか、非常にゆっくりと衰弱し発狂していくのです。その有様は悲惨の一言であまり状態を他人に見せようとしない為、症例の報告も控える事が多いのか解明が余計遅れているのです」

「発狂・・・ですか?」


前をいくエドヴァルド様の背中に力が入っているのがわかるが、もうすぐお会いになるのだ、隠しても意味はない。


「はい、この病が悪化していくと徐々に食事が必要なくなっていくようです。容姿は少しずつ、醜く爛れて行き最後には己に耐えられず発狂します。そして自死を選ぶことも出来なくなり、幽閉されるのです」


あのように、と行って目の前まで来た南側にある黒い塔を指さす。


「あそこにいらっしゃるのですか?」

「ええ、本当にお会いになるのでしたら覚悟なさってください」


回廊を通り先へ進む途中、妙に顔を赤らめた兵士達がいた。

ちらちらとイルンスール様を見ている。いくら隠しても姫様のご活躍は城内で噂になってきており、下層の者から順にどんどんとイルンスール様の崇拝者になっていっている。東の塔に籠っている姫様に会う機会がある兵士は少ない筈だが、未だ少女とはいえこのご容姿では仕方あるまい。

庭や研究棟や森に行かれるときは必ずつけていらっしゃる帽子も今はお持ちではない。

美しい光沢を持つ黒絹の衣に装飾を施されたストールを首もとまで巻いて肌を隠していらっしゃる。広がった上着の袖の下はいつもさらに長袖を着てらっしゃるので素肌が覗くことはない。

色白のお顔だけを覗かせていらっしゃるが、混血が進み褐色の肌が混じるものが多くなってきたこの地方では珍しいご容姿だ。

注目されて長い睫毛を恥ずかし気に伏せていらっしゃる。

察した侍女達が視線の間に入り兵士達は慌てて目をそらす。


塔の入り口には花が活けてあるが、上から漂ってくる異臭の前には役に立っていない。

そのおぞましい匂いに顔をしかめつつ、イルンスール様に問うた。


「さあ少し登りますが、大丈夫ですか?」

「・・・魔術で飛んでも構いませんか?」

「それは・・・さすがに問題ありますな」


いくら何でも魔術で飛んで窓から入って頂くわけにはいかない、この塔には人が入れるような窓は最上階までなく、屋上もない。

結局エドヴァルド様が抱き上げて行こうとしたが、それを断られてレベッカ医師が代わりに抱いて最上階までお連れされた。

昇るにつれ異臭が濃くなっていく。

それにつれ全員の口数が減っていく、口を開けて息を吸えば吐きそうだからだ。


最上階で待っていたミリアムが皆に「これを」と口もとを覆う布を渡した。

彼女が使う消毒液の匂いがつん、とする。


「侍女達はここで・・・、いや下で騎士達と待て。イルンスールとイーデンディオス老達だけ中へ。イルンスール、中では決して口を開くな。そして何も触るな。今は見るだけだ。話は後でする」


重い扉を開けて中へ入るといっそう異臭が濃くなる。

もはや死臭、いや腐臭だ。前よりも激しくなっている。

そんな中に三人の女性がいる。

慣れとは恐ろしいものだ、この有様に耐えられるとは。

全員が濃いヴェールで顔を隠し、一人だけ元は高価であったであろう服を来て椅子に座り時折気色の悪い声を漏らしている。


ヒヒッ・・・キヒヒッ・・・


茶色い涎が垂れ、服に染みる。その服は肌から染み出した膿で染まっている。


ミリアムがさあ、と姫様に手で中央の女性を指し示す。

さしもの姫様にも躊躇いは見えたが逡巡の後に椅子に座った女性、スーリヤ様に近づきその膝の上で握られた茶色い手を見る。

爛れてぼつぼつと気泡のように盛り上がった所もあれば、ぽっかりと穴が開いた場所もある。穴の奥には茶色い液体のようなものがうごめている。


それを見た後、姫様はおもむろに両手でスーリヤ様のヴェールを上げる。


!?


何も触ってはならない、と道中に私もエドヴァルド様も注意したというに!!

控えていた侍女の中でも大柄の方が止めようと近づくが、それをエドヴァルド様が制する。

久しぶりにみるスーリヤ様の顔はかつて南方の誉れ、ヴァルカの舞姫と謳われエドヴァルド様の父王からたっての望みで迎えられたその美貌は面影もない。

手よりも悲惨なありさまだ、どうやって生きているのか見当もつかない。

気泡のようなものが弾ける度にミミズのようなものが飛び出し、また肌の中に隠れていく。

顔中でそれがうごめいている。

虚ろな目にはいったい何が巣くっているのか・・・本来の白目部分は毒々しく黄色に濁り、まなじりでも小さな何かが無数に動いている。


しばらく硬直していた姫様は、ヴェールを上げた手をスーリヤ様の頬に当てた。

いよいよ、侍女はエドヴァルド様をおしのけようとするが、エドヴァルド様は全身に魔力を漲らせ一歩も引かない。

イルンスール様の手に、スーリヤ様から弾けた飛沫が飛び、白い手を茶色く汚す。

そして汚れた箇所目掛けてスーリヤ様の顔からミミズのような肌の一部のような奇怪なものが飛び出し、姫様の中に潜り込もうとする。

スーリヤ様から手を放し、しばらく自分の手で暴れるそれに目をしかめていた姫様だが、段々とその目を紅く変化させていき、それと共に室内の気温がぐんぐんと上昇していく。


魔術を行使しようとしているように見えるが、マナの動きはごくわずかだ。

全員が高温に耐えかね身悶えし始めても尚、マナの動きは小さい。

そこで姫様は顔を覆う布で何か呟き始めたが、途中で一度思い出したようにはっとして止めた。

それから改めて呟き始め一瞬さらに激しく瞳が輝やいたが、その色は蒼。

姫様はその手に魔力を込めると手の甲から小さな青い火花が弾け空中に向かって小さな雷が立ち昇った。それを浴びた奇妙な物体はしばらく激しく跳ねまわった後、ぽとり、と落ちた。

落ちたそれは風化していくように砂となって消えた。


その後姫様はヴェールを降ろし部屋を出た為、我々も侍女に一礼し後に続いた。

エドヴァルド様の問いかけに姫様は何も言わず、自室にも向かわずに研究棟へ向かった。

研究棟一階の共用設備がある応接室で、ミリアムの差し出した消毒液で手を拭きマナの回復薬を飲んでようやく一息ついた。


「で、姫さんはどう見たんだい?」

「呪いですね、強力な」


ミリアムの問いに、厳しい顔で姫様は答えられた。

炎術から雷撃に切り替えました

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2022/2/1
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