★第24話 遍歴の騎士アルヴェラグス
幻獣と呼ばれる天馬の生態はあまりよくわかっていない。
ある日突然、野生馬達の群れの中に現れる事もあれば皇帝直轄領の牧場にやはり突然現れている事もあるという。
研究者が近づいても逃げてしまい、強引に捕えても衰弱して死んでしまう。そしてその体は雪のように消えてなくなる。
近年では滅多に新たな個体は現れない、ごくごく僅かに運の良いものが主として騎乗させて貰えるか挑戦し大半が失敗する。
皇帝の牧場には何体か個体が確認されているが、ごくわずかな近衛騎士や帝国騎士だけが主として認められるか挑戦できる。
他は幸運にも野生の天馬に巡り合えたものだけ。
ここエッセネ地方における古代の主の墓がある御殿場が現在ではラリサの主の放牧場となっている為、私やエドヴァルド、そしてパラムンも自分の愛馬代わりにしている狐の魔獣を預けていた。
城の馬番達では彼らを制御できず、運動させてやる事も出来ないのでここで好きにさせている。
「どう思う、パラムン」
「どう・・・とは?」
「おっと済まない、考え事をしながらつい言葉が出て必要な部分が抜けてしまった」
苦笑して長年の旅の仲間に謝罪する。
「イルンスール様の事だ。先日は雷を落としていたらしい」
「む?何かお怒りになられるような事があったのか?」
私もパラムンもイザスネストアス老から彼女の保護を頼まれている。
その為、パラムンも気色ばんで尋ねてきた。
「ああ、ちょっと勘違いしているようだな。比喩ではなく本当に何本も雷を落としていたのだ」
「ははは、噂は聞いたよ。初めて見るこの地方の落雷の連続にはしゃいでおられたとか。私は領内の巡回に出ていて、お傍では見ていないがお元気になられたようで安心した」
まったく信じようとせず笑い飛ばすパラムンを黙って見つめる。
すると彼もだんだん真顔になってきた。
「本当なのか?天候を操ったとでも?」
「エドヴァルド様はたまたま雷雲が上空に来た時に騒いでただけだと傍で見ていた兵士達には言って解散をお命じになられたが、ご本人もそれをどれだけ信じておられるのか。特に東方所縁の神々では数少ない軍神でもある雷神トルヴァシュトラを自分の守護神としておられるのに」
魔導騎士である我らには、自身の身体に魔力石を埋め込んで肉体を強化する起点とする代わりに魔術を行使するにはそれが阻害となるのでやろうとするとかなりの苦痛を伴う。
故に魔術は使わないが、魔力石の錬成や知識くらいは学ぶし外なるマナくらいは感じ取れる。
「イルンスール様は魔術を行使しているご様子は無かった。だが、その舞うような動作の度に雷が落ちていくのは明らかだった」
それとかけ声と・・・、そちらはあまり淑女らしく無かったので黙っておく。
「では、例の奇跡同様に神々に祈っておられたのかな」
「おそらくは。だが、な。複数の神々から加護を受けてああも強力な奇跡を行使するとは聞き覚えがない」
「私はあるぞ。150年だか200年くらい前にあったこのバルアレス王国近くの話だが・・・」
「聖ヴァルマン祭の奇跡のことなら知っているが、あれは大勢の人柱の犠牲によるものだと聞いた」
東方圏と南方圏の接続地点である半島に外海と内海を結ぶ運河を建設中だったが、工事が難航し洪水で犠牲者も出た。最終的に人柱の犠牲によって大洪水が起こり水が引いた後はそれが運河となり強引に工事は完遂されたのだとか。
「そうだな、だが何故そんな事を話題にする。我々は彼女を目立たせないよう当面保護すると決めていた筈」
「そうなんだが・・・天馬たちを見ていたらつい、な。あの方のご要望で天馬達の羽を集めてお届けしたが、あれを枕や布団に使っておられてな。私はてっきり老師の弟子達と魔術の研究にでも使うのかと思っていた。天馬の羽は自分の体から離れて抜け落ちた物は長持ちせず普通は遺骸と同じように消えてしまうものだから未だに残っている訳がない、と思っていたのだが」
だが天馬の羽は残っていた。
あれを研究材料にするどころか寝具に使っていたのを知って、つい笑ってしまった。
あの時の治癒の奇跡の印象とその後の振舞に勘違いしていたようだが、思ったより天真爛漫なお方のようだ。
「次から次へと危険な場所に飛び込んでいくエドヴァルド様を危ぶんで遍歴の旅を止めてここまで着いてきたが、面白い方を見つけてしまったようだ」
「おやおや、アルヴェラグス殿。もしや惚れたのかな。最近お見かけした時はもう年頃・・・に近いくらい美しく成長しておられたし無理も無いか」
以前は顔の左側に怪我の痕が残っていたが、最近急速な成長に伴いその傷も消えて行った。美しく成長するにつれて周囲の評判も正反対に変わり下々に優しく今時珍しく敬虔に毎朝礼拝堂で長時間祈り、誰の侵入も許さなかったという聖なる森にも自由に出来る神秘的な女性として周囲に認知され始めた。
高位の魔術師達と妙に親しい様子もあってエドヴァルド様に伴われてやってきた当初に出まわっていた悪評は消えて行った。今の彼女を悪辣に罵っても得にはならないから、周辺領地から奉公に来ていた侍女たちも口をつぐみ始めたようだ。
ま、それはともかく成長期にたまにいる急成長して見違えたようになる娘だったからとはいえまだまだ子供。惚れるという事は無い。
「からかうなパラムン。成人するまでそっとしておく筈だったが、周囲が放っておかなくなるかもしれん。兵士達の中にもエドヴァルド様の説明を信じない者がいるようだし、護衛がアルミニウス殿だけでは心もとなくなってきた」
「ふむ、だがまあ城にいる分には心配ないだろう。例の森にも神獣がいて彼女を護っているのだろう?」
「エドヴァルド様の話ではそうだ。だが、成長するにつれてもし、これ以上力を増す事があれば辺境の噂話だけでは済まなくなるかもしれない」
「確かに、ではアルヴェラグス殿から人前であまり力を見せないよう釘を刺してみてはどうか?」
私が?と聞くとパラムン殿も王族でエドヴァルドに近しい立場なので出来るだけ第三者側から忠告した方が良いのでは?と言う。
将来エドヴァルドの愛人にする為に連れてこられたとかいう噂もあって、最近イルンスール様から警戒されているらしい。
やって来た時のお顔、お体のご様子からしてそんなこと無いというのはわかりきっているのに、噂とはかくも無責任なものよ。




