第22話 辺境領主の娘
昼食後、来訪したオルプタ様からきっと勉強になりますよ、と勧められて私もこれから始まる会議に立ち会わせてもらえることになりました。
お父様から発言はしないようにと注意されているので、じっと見ているだけです。
ご病気と伺っていましたが、お姉様はお元気になられたようで何よりです。
まだ病み上がりということで、広間の中央左脇に特別に設置された柔らかなソファーに座り、私と共に垂れ幕の内側にいます。
薄い幕の向こうにお父様の騎士が厳しい目で周囲を警戒しています。
あの騎士とお姉様とひと騒動を起こしたお兄様は勧めを断って参加しませんでした。
あの騒動からもずっとお姉様を嫌っていて、私がお姉様と仲良くしようとしても邪魔をするこの幼稚な兄には困っています。
だいたい国によっては先に生まれた側が優先で兄か姉になったり必ずしも男子優先ではありませんし、後から生まれた方を逆に兄か姉にしたりと風習が違います。
双子の兄か姉かなんてその程度の差しかないのです。
他にも私の侍女達、特にエールエイデ伯爵家のお嬢さんにも、お姉様の悪口ばかりで困っているのです。
こんな方を側においていたらお姉様に嫌われてしまう・・・、でもお家の都合で実家に送り返すのは難しいみたいです。
案の定、お姉様とお茶会を楽しむ機会がめっきり減ってしまいました。
お姉様は王族の塔はおろか、他の塔にも出歩かなくなり、東の塔からなかなか出てきてくださらないので、塔からほど近いお庭で音楽教師の方と演奏していらっしゃる際に時々お邪魔させて頂いていました。
小鳥たちが集まって、お姉様の膝や肩にとまり可愛らしく囀る様子にわたしも憧れたものです。演奏の合間にお茶をお持ちして歓談する機会を見つけるのにどれだけ苦労したことか。
お兄様や侍女達が邪魔するようになり、お姉様はいつしか庭に出るのも止めてしまわれました。
初めのうちはお姉様の身体的特徴を遠回しに侮辱していた彼らも、会う度に美しく成長していくお姉様に対し、悔し紛れの的外れな品の無い侮辱に変わっていきました。
もう聞くに堪えません。
お姉様がそこらの木になっている果実をもぎ取って食べていた、山猿のようだのなんだの、もし本当なら確かに品がないかもしれませんが、私の昔からいる侍女達から話を聞いて知っています。
彼女たちは体が弱く食べられるものが少ないお姉様の食事は医師が面倒をみて決めていたのに、厨房に横槍をいれて勝手に変えていたのです。
この地方の実力者達の娘である彼女らは納品される物資や城の使用人達に対してかなり発言力がありお姉様が食べたがらないものばかりにして嫌がらせをしていたことを知らされました。
城に住んでいながら飢えさせられるなんて、あんまりにも可哀想です。
ただ、最近お城の人間達のお姉様に対する態度が変わってきました。
私は最初にお会いした時、お姉様が大怪我を負わされたあの時からアルミニウス様が実質的にお姉様の騎士でかなり訳ありなご様子なのを知っていましたし、もともと長年帝国中を巡回していらしたお父様が養女にして連れ帰った方です。
高位の魔術師であり、王国でも特別扱いされている大魔術師の弟子達からも受け入れられ城外の研究棟への出入りを許されているのです。
もっと早く察しがついてもよさそうなものですが、こんな辺境の田舎貴族やその使用人達には理解の埒外だったようですね。
しがらみのない兵士たちや下働きの方々の方がお姉様を賞賛するようになっていきました。
お姉様は庭の一角で訪れるものもなく放置されていた礼拝堂を美しく磨きなおし、毎日通い祈り続けていらっしゃいます。
お姉様と親しむ機会を持ちたい私でも、とても邪魔してはいけないと思わずにはいられない真摯な祈り。いくら信仰心のないものでもあの横顔を見ては何もいえないでしょう。
うちの兄も時々礼拝堂に行ってその顔を覗き見しているようです。
お姉様の行動範囲だけとはいえ、古くなって危なくなった調度品や、壊れて物置部屋に放り込んであったものを私財を出して修理し、無駄を省き、下働きの小さい子達にはお抱え商人を通じてお菓子を与えたり慈悲深くお優しい、と彼女たちは東の塔勤務を望むようになっていきました。わざわざ養女にしただけあってお姉様には随分経費から予算が割かれているようです。
兵士たちからは雷神の娘とかなんとかいう畏怖の声が聞こえますが、なんでしょうね。
そっちはよくわかりません、お優しいお姉様には似つかわしくない呼び名です。
お父様は軍神であり、雷神といわれるトルヴァシュトラに武運を祈っていたそうですからその関係でしょうか。
最近東の塔は完全にお姉様に与えられる事になり、城住まいの女性使用人達の多くはあちらの勤務でないものも移り住み、今までより暮らしが良くなったと歓声を上げています。
お兄様は不公平だとか騒いでいますが、わたしもあちらへ移りたいです。
こちらにまた不要な侍女が増えてしまいましたが、エールエイデ伯爵家のお嬢さんが自分から暇乞いを願い出てきた事で相殺されました。
さて、お父様達も入室してきました。
お父様は広間中央に座り、こちらとの間に垂れ幕もその方向にはありません。
臨席している貴族や官僚たちからはこちらは見えません。
まずお父様が部下たちに発言を促します。
「さて、始めようか。政務官報告を」
「はい、今現在城下町での流行り病の患者数は約300名で死亡者が50人以上でています、エッセネ地方全体についてはまだ把握するのに時間がかかります」
「医師達の見解は?」
「他の病気との混同もありますが、感染者数は1000名以上いるでしょう。重篤化するまで見た目や症状だけでは判断が付きにくく判別するには、ひ・・・魔術師達の協力が必要です」
?何やら言いよどみました。
「推定される死亡者数は?」
「子供や老人の半数以上は死を避けられないでしょう」
「だが!・・・トレイボーン?」
口もとを扇で隠したお姉様とトレイボーン様とオルプタ様がが何やら話し合っています。
「エドヴァルド様。推定される死亡者は城下町周辺の村々を合わせると夏までに800名。来年も同様の死者がでるでしょう」
毎年そんなに死亡者が出てはこの小さな領地はあっというまに人がいなくなってしまいます。
なぜかお姉様が失望した顔でトレイボーン様を見ていますが、それは少し失礼ではないでしょうか。トレイボーン様の責任ではないでしょうに。
「だが、予防策はあるのではなかったか、トレイボーン」
「は、そのことですが。政務官殿に伺いたい事があります。ラリサの北東部の街道沿いの森は今どうなっておりますか」
「はあ、そちらは一昨年報告した通り、全て焼いて開墾しました」
「では、北西の川沿いの上流にあった森も・・・?」
「ええ、同様に。数年前移民たちに与えて焼き払い開墾しました。もちろんエルセイデ大森林には手をつけておりませんぞ」
お姉様の顔がだんだんと怖くなってきました。
口もとは優雅な扇で隠していらっしゃいますが、目線は隠せません。
「政務官、その開墾地はその後、どうなるのだ。燃やした森の代わりは?植林しなおすのでは?」
「いえ、そういう事はしておりませんが?南方からの移民も増えておりますし」
「近隣領地も同様か」
「はい、そう聞いております」
お父様が矢継ぎ早に政務官に話を聞き回答に驚いていらっしゃいますが、私には何の話かまったくわかりません。
「トレイボーンおじさま、こちらへ」
お姉様がトレイボーン様を呼んで何事か囁き、頷いてトレイボーン様はお父様の近くに戻りました。
「エドヴァルド様。予防策はなくなりました。現在作成可能な治療薬は約400人分です、取り急ぎ子供や老人を優先して治療を施す必要があります。費用は後でも構いませんが3000万オボルほどかかると考えてください。必要経費のみです。」
「予防策とは前に話があったあの件か、わかった。早急に取り掛かって欲しい。費用は気にするな、足りなければおって王国から特別予算を出させてでもでも必ず返済する」
それから、と区切ってお父様は私達を今まで保護してきた側近の方に向いて残念そうに宣告します。
「アルカラ子爵、君は今までよくやってきてくれたが、致命的な失敗をした。領内からペルキンが生えていた森を一掃してしまったのだ。水害の多発と疫病の蔓延はそのせいだ。他にも開墾可能な土地はあったのに安易に短期の利益を求めてしまった。政務官も来い、その農法は歪んで伝わってしまっている」
そういってお父様は近侍達を連れて立ち去ってしまいました。
後に残った御用商人にお姉様はご自分の新しい扇を何種類も注文し、城の裏手で侍女達に手入れさせている庭園に植える草木等を注文しています。こんな時だというのにご自分は治ったからといって悠長過ぎませんか。ちょっとお姉様に対する見方を変わってしまいました。
「エーヴェリーン、せっかく会えたのに慌ただしくて御免なさいね。良かったらまたお話しましょう」
お買い物の後、そういってお姉様も立ち去ってしまわれ、後には私とオルプタ様だけ残されました。




