第21話 啓蟄にうごめくもの④
わたしの血からは三日ほどで病原体は消えた。
イーデンディオスおじいさまは治療を始めた時点で城下町で発生していた死者のように吐血しはじめており、処置後も危険な状態が続いていたらしい。
オルプタさまと医師達による手術で腫れあがった部分を手術し、その甲斐あって持ち直し始めた。オルプタさまは毒物の専門家だそうだけれども、研究中に誕生した麻酔薬というものがなければ厳しかったようだ。
わたしも注射後、高熱が続いたかと思ったらその後は体温が急激に下がりちょっと冷や冷やしていた。
でも三日で体力は落ちていたものの嘘のように気分爽快になり、自室へ戻った。
だというのにレベッカ先生の膝の上に載せられている。
「なあ、お姫様。もう一人であんな危険な真似するのはよしておくれよ・・・・・・」
ぷいっ。
「なあ・・・」
レベッカ先生の懇願に薄目を開けてちらっと見る。
そ・・・そんな顔しても駄目。
だって昔といってること違うもの。
理不尽だ、許せない。
「あたしが悪かったよ。確かにイーデンディオス爺さんはもう手遅れになるところだった。お前と同じ措置じゃ死んでいただろう。爺さんの経過を見てからじゃ間に合わなかった。でも他にも患者はいた。もちろんその患者で実験だなんてお前が許してくれないことはわかってる、でもな・・・・・・」
イーデンディオスおじいさまの手術にはわたしも立ち会わせてもらった。
今度こそいうことを聞いてもらうと主張し、まだわたしの体は癒えきっていなかったし、見てただけど最後まで見届けた。
「ひひっお優しい姫様だ。あの爺さんなら喜んで実験台になるだろうに」
「ミリアム、こちらでは控えなさい」
オルプタさまがミリアムさまを注意している。
珍しく彼女たちも東の塔までわたしの様子を見に来てくださっているのだ。
「理不尽なことは分かってる、だがお前を喪いたくないんだ・・・頼むよ」
レベッカ先生は小声で今度はもっとちゃんと話を聞くから、と訴えてくる。
ぐむむ・・・。
「わかった、・・・わかりました。でもわたしが納得できなければ最終的には同じ行動を取りますからね」
視界の端で侍女たちがひそひそ話をしているけど、聞こえてるよ!
(おお、あの姫様が根負けしましたよ、珍しい・・・)
(お嬢様は色々ありまして、昔からレベッカ先生には弱いんですよ)
「姫様、エドヴァルド様がお越しです。入室しても良いか、とお尋ねですがどうしましょうか」
最近侍女仲間に加わった家庭教師のセルマさんがやってきた。
北方系の血も混じっている自由都市連盟の市民でレベッカ先生より少し若い。
かなりの暇人でのんびり屋さんで、朝や夜は演奏禁止といわれて絵を描いている。
ハンネに頼まれて私の絵姿を描きに来ることもある。
どうぞ、お招きくださいと伝えようとしたらグリセルダが反対してきた。
「いけませんよ、寝間着のままじゃありませんか。お着替えするまで待っていただきましょう」
応接室にお連れしてお茶をお出ししてきますのでハンネに手伝ってもらって着替えてくださいとグリセルダに注意されてしまった。
レベッカ先生は見舞いだろうから別に構わないんじゃないか?待たせる方が悪いだろうし、と疑問顔だ。
「はいはい、子供達。姫様を寝台にお戻しして帳を降ろしなさい。領主様はわたくしがお連れしましょう」
オルプタさまが決着をつけた。
さすが貴族の魔術師のおねえさま。
「薬が効いたと聞いたが具合はどうだイルンスール。顔を見せては貰えないか?」
帳の内側でグリセルダが首を横に振っている。
向こうでオルプタもこほんと咳払いをしている。
「まあ皆がもう平気だというなら、いい。実は領内の患者への対処のことで相談があってな、君の治療薬はどれくらい量産できる?そのことで財務官やフッガー商会も来ている、オルプタ殿に止められてしまったが」
量産と治療費用で相談か、それはいいけどさすがに役人達まで連れて来てたら駄目でしょう。病み上がりの顔だし、お風呂も入っていないので拭いてもらっているだけだし。
とはいえ、治療は急ぐ。
「では、午後に中央塔に伺いますのでトレイボーンおじさまと医師達、財務官や林業に詳しい政務官を呼んでおいてください」
グリセルダはいい顔をしていないけど、何も言わない。
「オルプタおねえさま。大変恐縮なのですが、少しお父様を手伝って頂いてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。お任せください、姫様」
よかった。
この分じゃ無骨なお父様は何するか分かったものじゃない。
わたしは侍女達とアルミニウスを連れて研究棟の浴室へ向かった。
あそこの設備は大改造したので、一番快適だ。
東の塔は占拠したので、途中で見かけるのは城壁を巡回している兵士か物見塔の見張りくらい。
いつもの事だけれどもアルミニウスには扉の外で待機してもらう。
さすがに形式上とはいえお父様の騎士にそんなことさせるのは悪いんだけど、アルミニウスには従士いないんだっけ?貧乏で雇えないとかいってたっけ。やっぱりわたしがお給料出した方がよくない?
わたしもよく知らない男の人、城の兵士が常に扉の外にいるとか、常につきまとうとか嫌だし。東の塔は連結回廊に繋がる階層だけ兵士の巡回を許し、わたしの使用人と家政婦長が認めたお城の下働きの女性だけが住んでいる。
城外から通わずに済むようになったので彼女たちからも好評だ。
アルミニウスは毎日地下から屋上まで巡回してはわたしのいる部屋の扉の前で待機している。
年中無休である、これは不味い。
わたしよくないご主人様。
ご機嫌なハンネがわたしの体を洗っている。
わたしの脚が枯れ木のように細いのを心配していたので、今やぱっつんぱっつんに成長した太ももがお気に入りらしい。いつも確かめるように撫でている。
もう心配いらないよ。優しいハンネはわたしの事を心配して昔から突然涙目になっていることがある。
「はーい、お嬢様。今度は右手を上げてくださいね~」
ん
脇の下はとてもくすぐったい。
グリセルダから自分の体は自分で洗ってもよいをお許しを貰ったので、わたしは自分の体くらい自分で洗うようになった。
そうハンネにいったのだが、ハンネはお仕事をさせて欲しいという。
相変わらず仕事熱心だ、辞めて行った怠け者たちとは違う。
わたしもくすぐったいくらい我慢しなければならない。
でも時々降参して勘弁してもらう。
ハンネが休暇の時以外は自分で洗うようにしていたが、他の侍女達が全員消えたので結局ほぼ毎日ハンネがやっている気がする。
わたしがあんまりへたっぴなのでグリセルダも髪を洗ってくれるようになり、彼女に世話を焼かせてばかりで悪いし、彼女の服も濡れてしまうので、おねえさま方の許可を貰って一緒に入浴するようになっていた。
どうせ一緒に入浴するなら、とグリセルダがお世話してくれるようになったので、結局全部昔に戻った気がする。
入浴後は、軽い食事後中央塔へ向かい対策会議だ。




