★第16話 環境改善
レベッカ先生に来てもらって抱き上げて貰い、階段を下りて自分の寝室に寝かせて貰う。
ちょっと疲れてるだけで最近は調子いいんだけど、甘えてしまった。
階段降りるのって意外と上りより膝に来るんだよね。
聖なる森の泉のおかげか頭と膝の具合はよくなってるんだけど、急な塔の階段はまだ辛い。でも舞のお稽古をする時はとうとう回転運動もできるようになった。
いままで体を急に捻ると激痛が走っていたので、ゆっくりと動きをなぞるだけだったけど、今では自分が動きたいように動いてもさほど辛くない。
寝台でレベッカ先生に体の調子を聞かれてそんな話をすると、一緒についてきたお父様も心配げに問うてきた。
「そこまで体の具合が悪いとは知らなかった。君をほったらかしにしてしまっていて済まなかったな。杖をついたりしなくても平気なのか?」
「あたしが止めたんだ。ゆっくり歩く分には大丈夫だから、杖をついて不自然な歩き方に体が慣れてしまうと骨格も変わっていって成長後もずっと杖をつかないと歩けなくなってしまう。必要ならあたしやハンネが補助してやるから頑張れってな」
後ろでハンネがコクコクと頷いている。
「そうか、主治医がついているなら大丈夫か。何か他に困っている事は無いか?君の故郷の事はすぐにはどうにもならないが、大抵の事なら希望を叶えるし、必要な物があればいってくれ」
「大丈夫ですよ、シャールミン様がつけてくれたフッガー商会がなんでも持ってきてくれますし。この前頂いた天馬の羽毛のおかげで寝心地も抜群です。・・・あっそうだ。わたしからハンネを取り上げたり・・・しませんよね?」
欲しいものはないけど、取られると困るものはあった。
「いや、取り上げたりなんてしないが、何故そんなことを?」
「だって、最近よくハンネを呼び出していたから・・・」
「君の近況を聞いていただけだ。他の侍女たちはすぐに辞めてしまうもの達ばかりだったし、ハンネ以外に君の身近な世話をしてくれているものはいないようだったから他に率直な話を聞ける者がいなくてな」
なんだ、そうだったのか。
てっきりハンネといい仲になってしまったのかと邪推してしまった。
平民だしハンネに無理をいって困らせてたりしないかな、とか。
「ほんとう?ハンネ?」
「はい、間違い御座いません」
「うむ。あまり頻繁に君に会いに行くと実子より大事にしているとか周囲の者たちが騒ぎ立てて、中には君に取り入ろうとしたり、逆に排除しようとする貴族が現れるかもしれないからな。せっかく静かな田舎の国に来たんだから君には平穏に過ごしてもらいたい、老師の希望でもある」
はぁ・・・わたしには継承権も無い養女でただ保護してもらってるだけの仮初の立場だというのに、意外と田舎の貧乏貴族でも面倒なんだね。
「そうでしたか、ご配慮有難うございました。でもハンネにお尋ねになっても立場が違いすぎますし、この国の事情もわかりませんから率直な意見は言いにくいと思いますよ。そうではありませんか、ハンネ?」
「それは・・・その・・・・・・はい。迂闊な事を申し上げても半端な対処になれば却ってお嬢様への虐めが酷くなるかと」
「虐め?虐めだと?この娘にか?私の保護下にあるというのに、そんな事をしているものがいたのか?聞いていないぞ」
お父様が怒りを露わにすると後ろに控えていたグリセルダが竦みあがり、ハンネがはっとしたような顔をして目を逸らす。
うむむ・・・これは助け船を出さないと。
「ハンネ。今朝、わたしのお世話をしてくれる筈の侍女が来なかったの。どういうことかしら」
「・・・その、ジュディッタ様が当番の子に今日は私が、ハンネが代わるから行かなくていいとおっしゃったそうで」
「ああ、なんだ。それで裸足で出歩いてたのか。足の裏がすっかり冷たくなってるぞ」
ひゃん
レベッカ先生が突然足の裏を揉みこんできたから吃驚した。
温めてくれてるみたい。
「誰だジュディッタというのは。私の保護下に置いているという事の意味を教えてやらねばならん」
「何といいましたかね、アホリーヌ公の縁者とかなんとかいってましたっけ・・・」
「違いますよ、エールエイデ伯爵家のジュディッタ様ですよ」
グリセルダから突っ込みが入る。
おお、そうだった。そうだった。
「むう、エールエイデ伯とは面倒な・・・」
「面倒?」
意味がよくわからなくて聞いてみる。
「エッセネ公爵家がこの地方の慣習上の太守で名目上我が父王が兼任してはいたものの、この通り直轄地はラリサ周辺のみで代官しかおいていなかったし、実質的にはエールエイデ伯がこの地方の主だった。第四王子であり、帝国騎士でもある私が赴任してきたので私の権威を立ててすぐに忠誠を誓ってくれてはいるものの、あちらの方が経済力や軍事力は遥かに上だ。内心では不満に思っているだろうし、私が失策を犯して他の貴族達からの信頼を失うのを待っているだろう」
ううむ、わかったような。わからないような。
うちのお父様はもっと偉いのかと思ってた。
娘さんの取り扱いを間違えるとお父様でもピンチになるってことなのかな。
あんまり興味無かったけど少しは政治のお勉強でもしようかしらん。
「まあ、大丈夫ですよ。最近はハンネとグリセルダ以外の侍女はすっかり減りましたし。実の所この二人だけでもわたしの世話は十分足りるのではないでしょうか」
ハンネがまたコクコクと頷いている。
「そうか?ならいいが、このような事は今まで他にもあったのか?」
「うーん、どうでしょうね?」
「自分の事だろう」
お父様に呆れられる。
「済みません、どうも貴族の子女の方々の言動の意味が分かりかねる事が多いもので。言い回しが迂遠で理解しづらいのです」
「ああ、なるほど。それはそうかもしれないな。グリセルダといったか、君から見てどうだ?」
「ご容赦ください、エドヴァルド様。我が家は赤字財政続きで今にも爵位を剥奪されそうな貧乏貴族。近隣貴族にも借金をしていますし、他家の事に口出しして悪し様にいう事はできません」
あらら、グリセルダの家はそんなに困窮してたのか。
前もそんな話してたけど想像以上に深刻だったみたいだし、お給金弾んであげよう。
あ、でも予算はお父様持ちか。わたしがしゃしゃりでるとお父様に恥をかかせてしまうのだろうか。
お父様はグリセルダの発言を聞いて表情が随分と渋くなっている。
「金か・・・我が公爵家も借金まみれでな・・・・・・。そういう事情なら無理強いはすまい。今後はもう少し君の様子を見に来るとしよう。他に何か要望は無いか?」
「あっ、それならわたし、ご本を読んで欲しいです!」
オイゲン父さんも別れ際に毎日読み聞かせをしてくれた。
それまでずっとわたしと距離を置いていた事、失った時間を取り戻そうとしてくれるかのように毎晩。西方へお引越しする準備で忙しかったのに、最後まですごく優しくしてくれた。
金属が苦手なわたしの為に旅行先でも銀食器や木製のものを先回りして手配してくれていたし、今にして思えば父さんにはすごく大事にしてもらっていた。
エドヴァルド様もいい人だけど、やっぱり配慮の仕方が違うよね。
「本?君は結構な読書家で研究熱心でもあると聞いているし、古語も出来るだろう、君でも読めない本があったのか?執務があるのでさすがに長々本を読んでやるほどまとまった時間は取れないな・・・・・・、短い本ならいいが」
「これ、これ読んで欲しいです」
枕元にあった本を指さす。
「それか、なになに・・・なんだ普通の女性向けの騎士道物語じゃないか。ははは、読んでる間に眠ってしまいそうだ。今度来る時までに別の要望を考えておいてくれないか」
かちん。
「ふうぅん・・・そうですか。オイゲン父さんは読み聞かせをして娘を教育するのは父親の義務だっていってました。男子にはお金をかけて最高の教育を施して後継ぎに育てる分、娘にはお金をかけられないから父親が自分で面倒を見てやるんだって。それが東方世界の慣習だって」
「それはまあ家父長制なので伝統的にはそうだが、私には執務があるしな。それに今時は何処の家も家庭教師任せだろう?」
そう・・・なんのかんの言い訳して父親の義務を放棄するんだ・・・そうなんだ。
父さんは急に別れる事になったから、毎晩読書を通して道徳とカウフマン家の家訓を教えてくれたのに。
「あー、イルンさん?ちょっと瞳が蒼く染まってきて、こちらの手が痛いんだが」
おっといけない。レベッカ先生にわたしの静電気暴走体質がおいたをしてしまっていた。
「お嬢様、本なら私が読んで差し上げますから」
そういうことじゃないんだけどなあ。
「かみなりさま、お怒りをお鎮めください」
かみなりさまってなんだい。
レベッカ先生やハンネ、グリセルダがとりなしている間にお父様はそそくさと部屋を出て行ってしまっていた。




