第12話 辺境領主の憂鬱
金が無い。
我が領地の財政は崩壊している。
借金だらけで火の車だ。
報告書を読むと難民の支援金や水害の見舞金や領地再建の工事費用で大分遣ったらしい。
代官を任せていたアルカラ子爵が無能だったとは思いたくないが、それを判断するほどの見識すらない。彼は廃城同然だったラリサを再建し、子供達をよく保護し、老師の高弟達からも騎士達の評判も悪くない、信じるに値する人間だが領地経営に明るいかどうかは別だ。
領地と同時に父王からいくばくかの準備金も頂いていたが、再建時に使い果たしている。
アルミニウスにも悪いことをした。結局未だに従士を持てるだけの俸給を渡せていない。
兄と王位継承争いをする気はなく騎士ひとすじに生きてきた私には財務に明るい部下がいない。これだから自由都市連盟に代官や官僚の貸出を依頼したくなる、そしてそれは軍事力においても、財力においても年々平民たちの発言力が増すことに繋がる、としてもだ。
いくら優れた騎士でも魔術師でも人間は人間だ、流れ矢のひとつで死ぬ。
平民たちのように代わりは多くない。任せられる仕事は平民に任せてしまいたい。
私の場合は娘が編んでくれたマントに老師の高弟達が協力してくれて強力な風の守りが込められた魔術装具となっているから流れ矢が命中することはまずない。
帝国正規軍の軍団長や近衛騎士が羽織るものよりも鮮やかな紅いマントを見て財務官達はそれを売れば、借金も相当減るといってきたがそんなことできる筈もない。
どこで習ったのか知らないが、彼女が用意してくれたものは神術による加護の効果もあるようだ。また、ひとつ老師に状況を伝えておかないとならないな。
魔術装具を作る時には己の血に十分な魔力を込めて、魔力石を作りそれを元に作る。文字通り血のにじむ努力で作られた守護のマント。
神獣の糸から作られたというその光沢が紅い染料をより輝かせている。
手の込んだ装飾を施された留め金に宝玉は二つあり、私のものと娘の血で作られた魔力の宝玉だ。それがそれぞれ埋め込まれた留め金を銀の鎖で繋げている。
この魔術装具で守られるのは私か娘の二人だけ。
売ったところでただのマントだ。
それでも値が付けられないほどの価値はあろうが。
汎用的なものの場合は核となる魔力石には自然由来の鉱物などで十分な魔力が含まれているものを使い錬金術師や魔術師が加工して仕上げる。
表は縁取りと私の紋章が小さく縫い付けられ、統率者として目立たせる事に重点が置かれている。反対に裏地には神々のシンボルが金糸銀糸で刺繍され非常に豪華な作りになっている。
あの子は大人の都合で家族から引き離されて、ギィエッヒンゲンよりも不便で粗末な私の所へ来ることになっても文句も言わず、実子達に引き合わされた途端、事故とはいえ頭の骨にヒビが入るほどの大怪我を負わされても笑って許すほど慈悲深い。
老師の高弟達からも謙虚で奥ゆかしいと評判も高く、すぐに受け入れられた。
だが、侍女達がすぐに辞めていくと城内の運営を取り仕切っている家政婦長から、苦情が出ていたのでハンネを呼んで相談してみたが、納得いった。
私には幼いころから身の回りを任せている者たちがいるし、実子達にもいる。
城の侍女と聞いてやってきたが、平民の娘の侍女をやらされて話が違うと憤ったらしい。
憤るなら勝手に勘違いした彼女らの親に対して憤って欲しいものだ。
オイゲンやその妻がつけてくれた昔の使用人達が長旅を終えてようやく到着してきたから人手不足も解消しよう。住む場所は処分しても構わない道具が適当に放り込まれた倉庫部屋が無駄になっているとハンネがいうのでそれなら好きにしてよいと伝えてある。使用人達は人気者だったイルンに仕えたいという希望者が多く、人選に難航していたらしい。職人もどうやらフッガー商会や東方行政区の差し金でギルドに嫌気がさしてくすぶっていた人間を派遣してきたようだ。ここならあまり主要ギルドから横やりを入れられることもあるまいという配慮からかな。
辞めた侍女の一部は領主達への配慮からエーヴェリーンに回すことになったが、下々からもアルミニウスなどからも尊敬されているイルンスールが横暴だの、傲慢だのなどという非難がいかに的外れだったかしれよう。
面従腹背の領主達とその娘らのことだ、何かにつけて我らを批判し権威を落とす機会を狙っているのだろう。
増えた使用人達の給金はこちらで出さなければならないので、目下の問題はそちらだ。アルカラ子爵は周辺領主や商人達からも大分借金してしまったので、彼らからの要望はある程度受け入れざるを得ない。
赴任以来、挨拶に来た周辺領主達への返礼としてもこの地方の視察が必要だったこともあり、あまり子供達の面倒を見る暇がなかった。
実子達に構った所で大人しいイルンスールは不満に思うこともなく、これまで通りの日常を続けるだろうが、アルべルドやエーヴェリーンは放っておくわけにもいかん。
亡き妻は他国の生まれの為、子供達には後ろ楯となる貴族がいない。
これまでは老師が保護してくれていたが、今は帝都から時々使い魔で手紙を送ってくるだけだ、まったく何をやっているのか・・・。
イルンスールには悪いがかつて愛した女の忘れ形見で、今まで父としての義務を放棄してきてしまった実子達の教育に重点をおかなければ。
幸いイルンスールに今更教育は不要だ、自力で学習し高弟達も面倒を見てくれている。
ハンネから時々様子を聞いておけばよい。
とはいえ彼女を守ると誓った事もあるが、マントの礼をいおうと様子を見に行ったら最近この時間は森の奥にいるというので足を延ばしてみた。
木々の間を縫う白い糸で出来た回廊で神獣とやらが出てきたが、確かに強力な個体のようだ。アルミニウスは進入を許してくれないと嘆いていたが、どうやら私は通してくれるらしい。マントに神獣の素材を使っているからだろうか?
近侍達は妨害されて追い返されたのでたぶんそうだろう。
研究棟の魔術師達も追い払われたらしい。
神殿といってもほぼ朽ちた遺跡で、その広大な敷地には内部に泉と石舞台があり娘はそこで水浴びをしていた。
イルンスールはもっと小柄だった筈だが、随分大きくなったな。
ハンネから聞いてはいたが・・・・・・
確か、成長期の子供には三日会わざれば刮目して見よ、という言葉があった筈だが、まさにそれだな。
つい成長ぶりにしげしげと見とれてしまっていたが、侍女が立ちふさがってきた。
いや、確かにこれは私が不躾だった。
しかし仲が悪いと聞いていたが、ちゃんと貴族の娘ともうまくやってくれているではないか、忠誠心から私の前に立ち塞がるなど並大抵の者にはできん。
良かった良かったとひとりごちて城に戻った。




