★第13話 辺境領主の憂鬱②
今日も朝議があるのでまだ明るくならない内から起きて準備をしていると、前に読もうと思っていたオイゲンの手紙を読んでいなかった事を思い出した。
父親代わりの心得といっていたな。
どれどれ。
まず
『あの娘は大変体が脆いので食器より重い物を持たせないこと』
おやおや、随分親馬鹿だったのだな、あのしかめ面しておいて、と苦笑する。
彼は私の父より年上なくらいだったからさぞかし小さな娘が可愛かったのだろう。
『非常に大事な事だが、慢性的な頭痛を抱えていて、疲れるとそのまま気を失ってしまう事がある。常に誰かを側において目を離さないように』
これは心配だが侍女が側にいるし、主治医もいるから病気については任せるしかないな・・・
『食が細いのでなるべく栄養価の高いものを与えること』
ふむ、確かに王都でも心配になるほどだったな。
だが最近はよく食べるようになってきたとハンネがいっていたから大丈夫だろう。
だが、肉類は苦手らしい、城の堀や庭園の池に魚でも買い付けて放ってみるか
『貴金属が苦手で体に拒否反応がでるので抱き上げるときは注意すること』
金や銀なら平気らしいがこれは難しい、まあ大分大きくなってきたからもう抱き上げるような事もあるまい。
『寒がりでなく、暑くても体を冷やして体調を悪くするので着る服の素材には注意し暖かくさせ長時間風に当たらせないこと』
ここはかなり暖かい地方だが、それでも駄目とは厄介な。
ハンネによると専属の職人に服の編み方を試行錯誤させているらしいから、これは自力でなんとかしそうだ。
『自分の容姿を見るのを恐れているので行きそうな場所から鏡を外しておくこと』
ああ、この事だったのか。しきりにハンネが要求するが理由をいわないので拒否してしまった。あの娘がこちらの塔に来たがらないのはそういうことだったのだろうか。あれだけ美しくなったのに未だに何を恐れているのやら。
『むずがってくると服や身の回りの品が静電気を帯びるので機嫌を取ること
』
レベッカに森に採集へ連れて行って貰えれば大概収まるらしいが、行けない時は市場の花売り場や花の品評会に連れていったとあるな。
どういうことだ?
師匠の筆跡で注釈がついているな。
どうやらマナが暴走するらしいが、そんな症状初耳だぞ。
碧眼が蒼く見え始めたら注意を要する、放置すると紅くなり始めるのでその前に機嫌を取れ、と。どういうことか今度使い魔が来たら手紙を書いておくか。
『直情的で強情な所があり怒ると我が身がどうなろうと構わず行動することがあるので、最悪の場合に備えて気をそらすものを準備しておくこと』
あんなにお淑やかで控えめで気の優しい娘がか?誰の話だ。
アルヴェラグスもパラムンも将来は素晴らしい貴婦人になるだろうと保証している。どこかの王累と思われるアルヴェラグスも絶賛しているのだから間違いあるまい。
ちょっと読むのが遅かったが、勉強熱心過ぎて寝食を忘れる事があるので不寝番に注意させること、とか甘えん坊で寂しがりやで哀しんで泣いている事が多々あるのでちゃんと構って抱き上げてあやすこと、とか、肌のぬくもりが好きなので抱いて背中を撫でてあげると喜ぶとか、大きくなった今では大体もう心配いらない内容ばかりだ。
あいつ親馬鹿も度が過ぎるな、外を見るとまだ暗いが今日は少し曇っている。
この地方特有の短い冬の嵐が来そうな天気だ。
おっと早速一本落ちたな。
城内が妙にざわついているが、これくらいよくあることでは無かったのか?
去年もあった筈だが。
「エドヴァルド様、少々よろしいですか?」
「どうしたユリウス、アルヴェラグスか。入ってきていいぞ」
長年旅の仲間だった事もあり彼には今まで通り遠慮なく接して欲しいと思っているが、さすがに城内では人目があるので私の騎士として礼儀を払ってくれていて扉の外のユリウスが取り次いで、私に話しかけるという迂遠な事をしている。
「城内が騒がしいので、様子をみて来たいのですがご一緒しませんか」
「そうだな、今は私が城主だしさほど広くもない城だ。朝の散歩といこうか。ユリウス、机を片付けておいてくれ」
読みかけの手紙を机の上に置きっぱなしだったので扉の外で見張りをしていたユリウスに片付けさせる。彼は従卒として主人の身の回りの世話も努めなければならない。そこらの掃除夫には任せられない書類も多いし、近縁の侍女も雇っていないからほぼユリウスに一任している。
廊下に出るとおろおろしている洗濯物を運んでいた途中らしい女中を見かけてどうかしたのか、これくらいの落雷で、と話しかけるが「姫様が、姫様が」と中央塔の中でも特に高い塔を指さしておろおろしていて要領を得ない。
イルンスールは東の塔からこちらに来るのを拒んでいるし、エーヴェリーンがどうかしたのか?
あの娘もイルンスール同様大人しく賢明な娘だ、アルベルドには見習ってもらいたいものだ。
男の子はやんちゃになる年ごろだから仕方ない面もあるが。
エーヴェリーンは私やアルベルドのような茶色い髪でなく、少し青みがかって母親に似てきた。双子でも意外と容姿は似なくなるものだな。
あの娘は屋上にいるらしいが、よくこの長い階段を登ったな。
途中侍女が一人青くなって座り込んでいたが、あれはなんだ?
ますます激しくなる雷を見ながら塔の頂上まで登った。
屋上に上ると楽しそうに腕を振って叫んでいる娘がいた。
「ハッ!そーれ!!そぉーーーーれ!!!あはっ、あはははっ、ハッハァー!!!!」
笑っているのか叫んでいるのかよくわからない掛け声の度に大気がびりびりと震えている。
・・・・・・うちの娘こんな感じだったか?
それとその後ろで小さく、姫様どうかお怒りをお沈め下さい、と震えながら懇願しているいつぞやの侍女にもう一人、これなるかな、我がお嬢様、うん、うんと頷いている侍女がいた。
ひと際高い中央の物見塔から領地を遠望するとそこかしこに雷が落ちている。
娘はそーれそーれ、と実に楽しそうに腕を振るっている。
・・・・・・・・・うちの娘こんなんだったかな・・・?
しばらく思い悩んで見ていると、エーヴェリーンではない方の娘は突然くるっと振り返って蒼い瞳で私を睨んで言った。
<<お父様!約束は一体いつ叶えてくれるんです!!>>
・・・まだ、蒼い、大丈夫の筈だ。




