第11話 貧乏貴族の侍女④ ~姫様は天真爛漫です~
続いちゃいましたね。
自分でもこんなに続くとは驚きでした。
他の侍女達のように辞めるか、姫様がとやかくいわないのをいいことに副業始める事になるかと思ってました。
体が大きくなってきたから少しは自分のこともやるようになってきましたし、研究棟の共用部でお風呂に入る際にお世話をする時、面倒だから私も入っていきなさいといわれて使わせて貰えるようになったのです。
最近森から帰り裏手の勝手口をくぐる時、城壁上で真っ黒な鳥のコローネが喧嘩しているのを見かけるのですが時々負けたのかぽとりと落ちてくるのです。姫様が弔ってやろうとするので皆で穴を掘って埋めて、近くの研究棟のお風呂で綺麗にしてから帰ります。
母の実家のアルシア王国が白いツバクロを国鳥としていて、コローネが天敵なせいでしょうか、私はツバクロに親しみを感じていますので、ガーガーうるさいコローネにそんな情けをかける必要はないと思うのですがね。
魔術師達が姫様の求めに応じるまま改造したので、元から高度な技術が使われていましたが、さらに使いやすくなりました。
ちょっと魔力を高めて手をかざすだけで、暖かいお湯がさんさんと降り注ぐのです。
研究棟の菜園の手入れを任されている事もあり、一人で使ってもよいとお許しまで頂きました。
基本的には姫様と一緒ですがね。
今日もぐわしぐわしと頭を洗ってやります。
「それにしても艶のある髪で羨ましいです、絹というのですか?この前黒く染めた黒絹の衣の様に滑らかで光沢まであるかのようです」
「そう?貴女も随分と髪のくせがなくなってきて、おさまりがよくなったようだけど」
姫様からお抱え商人から献上された整髪料や櫛を下賜されたので、私も最近みなりが整ってきました。
「ええ、おかげさまで。ところで今日手入れしていた菜園の野菜類ですけど、随分実が大きくなっていましたね。葉物も立派な葉になってそこらの数倍の大きさですよ。王都にいた頃から研究なさっていたそうですけど、市販はされないのですか?」
「私は自分が美味しい物を食べられればそれでよいのです。市販する気はありません、物になりそうならフッガー商会がそのうち検討するでしょう」
・・・これですよ、相変わらず自己中心的な性格に変わりはありません。
「でしたら実家の農場で育ててみてもよいですか?収穫量が年々下がっていて恥ずかしながらこのままでは借金が返せなくて」
「それほど大変なら構いませんが、土壌改良も必要ですから初期投資が必要ですよ」
がっかりです。それは無理ですね。
「商会が近隣に実験農場を求めていましたから、どうしてもというなら商会から援助してもらってはどうですか。その代わり実は冷害に弱かったり、変な害虫を呼び込んで大飢饉になるかもしれませんが」
「どうせ、もう一家離散する運命でしたから是非ご紹介ください」
姫様の紹介なら法外な契約で毟り取られる事もないでしょう。
そろそろ収穫の時期なので来年までには手配をつけておきたい所です。
姫様と入浴が終わった後は先に出て着替えの準備をします。
着替えを手伝っているとやたらと静電気でパチパチします。そんな季節ではないのですが、侍女達の話では姫様の服はどうも静電気を溜め込みやすい材質らしいですね、・・・うーん、そうでしたかね?
それにしても成長速度がますます上がって来たので服が合いません。
ずん胴だった腰もくびれがついて、食事量が増えて歩く距離が伸びたせいか太ももなかなか立派ななってきました。お胸はまだまだお子様ですがね。ん、だ、大丈夫さすがにまだ負けません。
「この服も手直しするにも限界ですね。今度から靴下止めで吊って調整しましょう。下着ももう駄目ですね。成長が落ち着くまで少し大きめにして紐で調整しましょうか」
「これを作ってもらうのに長年手間をかけて頂いたのですが・・・」
「せっかく良い糸がたくさん手に入る様になったのですからまた新しく作ってもらえばいいですよ」
あの白蜘蛛はたくさん繭を溜め込んでいたので、いくら作っても余りがでます。
おかげで私やハンネさんも衣装を作って頂きました。
繭状になったものは粘着性も無くなっていて、加工しやすく、魔術装具の素材としても一級品だそうです。珍しく姫様自身が研究棟の術者と職人から習って糸を紡いで機を織り始めました。
そして姫様は神殿の壁画に興味があるようで、今日も今日とて森の神殿通いです。
「何か気になる事がありましたか?」
私は興味なかったのですが、ハンネさんは姫様の様子が気になるようです。
「いえ、それほど世間一般に出回っている話と変わりはありませんでしたね、何か違いがあれば面白いかと思ったのですが」
世界樹を管理していた風の大神ガーウディームのところに金剛の大神イラートゥスが攻め込み、戦いのさなか世界樹をその剣で傷つけ、盟友を救いに来た軍神にして火の大神オーティウムは勢いあまって世界樹を燃やしてしまい、慌てて水の女神ドゥローレメが火を消そうとするも適わず、眷属の獣や人間と神の間に生まれた英雄たちがさらに戦いを激しくし大地母神ノリッティンジェンシェーレが仲裁に入り戦いが沈静化した時には既にどこからともなく現れた神喰らいの獣たちによって多くの神々が喰われて手が付けられなくなってしまい、最後に女神達が犠牲となって封印したという神話の流れが壁画にありました。
「何だか面白くなさそうですね」
「まあ最近読んでいる各地の民間伝承の方が面白い話は多いですね。せっかくこのような古い神殿ですから新事実発見とかあればと期待したのですが所々崩れてしまっていますしあまり状態は良くありませんでした」
ハンネさん達の会話を聞いて意外に思いました、あんなに毎日お祈りを欠かせないのだからもっと敬虔なのかと思っていましたが。
「神話は神話ですよ、と昔よくアンナマリーさんがいってしました。神話から何か思うところがあればそれに従うもよし。私達は感じるがまま、そうせずにはいられないから祈るのです。物語は物語、また別のお話です」
この神殿に満ちる清浄な空気、暖かい日差し、柔らかな風、美しい泉を見て思うところはありませんか、と姫様に問われました。
朽ち果てて、樹々に浸食され天井も一部しかなく、むしろ樹々が支えになっているかのような神殿の遺跡ですが、空気は澱む事なく、厳かで確かに神秘的な所です。
こんな所ばかりなら少しは私も考えが違っていたかもしれませんね。
姫様は時々あらぬ所を見て祈っているようですが、私にはそこに何かあるようには見えません。大昔はいろんな神様が人間に恩恵を授けていたそうですが、私の知る限り今は特に恩恵など得られませんし、神官たちも祭事の時以外は副業で忙しくあんまり真面目に祈っているようには見えません。そんなわけで私も真面目に考えたことはありませんでした。
姫様は私の答えに失望することもなく、少し肩をすくめて朗らかに笑い自分で服を脱いで泉で身を清めていらっしゃいます。
まだ1年と経っていませんが、段々素が見えてきましたね。
ま、悪い方ではないようです。
ハンネさんは神殿の片づけ、アルミニウス様は姫様に頼まれて付近で薬草や樹液の採集中。ここは白蜘蛛が守っているので危険はありませんし、最初はおそばを離れる事を嫌がったアルミニウス様も白蜘蛛がどうせ神殿には近づけてくれませんので結局森の入り口の辺りで待機するか外縁部で採集して待つしかありません。
私は泉を上がってくる姫様にタオルを手渡そうとした時に、私の肩越しに何かをみておっしゃいました。
「あら、お父様?お父様も水浴びですか?」
え、と後ろを振り向くとエドヴァルド様がいらっしゃってます。
間近でお会いしたエッセネ地方の主にしばらく固まっていた私ですが、ふと我に返りました。
「ちょ、ちょっと何見ていらっしゃるんですか!?」
間に立って手を広げて隠そうとしたのに、このお姫様と来たら警戒心が無さすぎます。ひょいと私の体を避けてまた視線の前に出てきてしまいました。
「お父様も入られますか?」
「だ、駄目ですってば。エドヴァルド様もいつまで見てるんです!!」
エドヴァルド様は「あぁ、済まない」といって城へ戻っていかれましたが幻滅です!完全にじっと見ていましたよ。
姫様は最近目つきは変わりませんが目の周りの怖い所はすっかり癒えて綺麗になり、蛹から蝶に変わったかのように美しくなられました。時々ハンネさんと談笑している時に表情が崩れると、目つきも穏やかになり本来の性格が見えてくるようです。
普段実子達としか家族の交流をしていないエドヴァルド様が久しぶりに見て驚いたのはわかりますが、驚きすぎです。
姫様も姫様です、もう小さい子供とはいえません。
救い主だったというお父様相手とはいえ、丸見えの体を隠そうともしないのは警戒心が無さすぎます。
そろそろ教育が必要です。
母のいない姫様にはその方面の教育者がいないのが困りどころです。
泉で沐浴している所を目撃された昔話のシーリーン姫のお話でもしてあげましょうか。
東方のお話は悲劇ばっかりで嫌なんですけどねえ。




