第49話 イルンスール
元の家族たちと別れの挨拶をしている娘を眺めながら新たに加わった騎士に話しかけた。
「良かったのか、ヘルマン。祖国を捨てる事になるぞ」
「構いませんエドヴァルド様。ただ父祖に従い盲目的に騎士を目指していましたが、主君に忠誠を尽くしきる事ができず、さりとて幼子を攫い弱者を護る誓いも全うできず騎士としては失格です。ですが、このような私でも許しを与えてくれた彼女に仕えたく思います。あの聖女の奇跡を見て盲を開きました」
それほどのものかな。
かつては多数の神官が癒しの奇跡を行使できたというではないか。
魔術師の大規模儀式魔術の方がよほど奇跡に思えるが。
「まあ君がそういってくれるなら、有り難い。私は選帝侯や長官達の要請で娘とするイルン嬢を守ると誓ったが、立場上常に側にいられるわけでもない。代りに君に騎士として仕えて欲しい。それとも神職になるのが君の希望だったかな?」
やや意地悪く問う。
「はっ、できれば私もイルン様のように信仰に身を捧げたくは存じますが老師からも護衛が必要だといわれましてさもありなんと」
真面目くさって答えた。どうも本気で神職に転向しかねない所だったようだ。
「そうか・・・、では護衛を頼む。ただこれから年ごろになる娘だけに女性の護衛も欲しい所だがもし信用が出来て腕の立つ女性がいたら紹介してくれ」
「はっ、ただ当面はレベッカ殿がいるので問題ありますまい。できれば年が近く腕利きで信用ができるものがいれば幸いですが、それは難しいでしょう」
さすがにそんなに都合のいい女性がいるわけもない、か。
北方民族には女系一族も多く、戦乙女として訓練を受けるものもいるが前線にはまず出ないというし、それなりに年齢のいったものなら王妃の離宮の警護役にいるが信用はできない。
女性の場合、マナを扱う才能があれば騎士ではなく魔術師を目指してしまうしな。
娘となるイルン嬢には北方に友人がいるそうで、もう会えなくなると別れの手紙を出していたが、そちらから優秀な女戦士でも紹介してくれんものかな。
「そのレベッカだが、あの出血でよく生きていたな」
「はっ、老師も見誤ったとおっしゃっておられました。以前はどこかの領地で武芸大会に乱入して優勝し拳聖とも呼ばれたことがあるそうです。私も彼女が万全の状態で相手をしていたら危うい所だったでしょう」
「それほどのものか?」
「はい、全速力で馬を飛ばし続けて我らに追いつき、騎士達を跳ねのけ、聖女を救い出しました。しかも従士達を何人も倒し疲れ切った状態で私と戦い、僅差で私の剣が先に彼女を捉えました」
ふむ。
それほどの剛のものだからこそ、老師も見誤り、癒しも間に合ったということか。
「従卒たちは残念だったな」
「致し方ありません。彼らは簡単に聖女への誓いを破りました。騎士たるもの神にも女性にも一度立てた誓いを破るものではありません。主への誓いよりも優先されます」
それが東方騎士というものだからな。
何も殺さなくても、と反対したが、老師はそれならば王国や帝国からの事情聴取が来る前に誓いを守るかどうか試すといい、仕方なく同意した。
偽装の魔術装具で帝国の法務官に化けた老師に彼らはあっさり口を割り、口外しないと誓わせた事をしゃべった。
唯一黙秘を続けたヘルマンだけが残り、他の人間を処刑させて忠誠を確認した。
生き残りの従卒達の中には他の騎士だけではなく、ヘルマン自身の親族である従卒もいた。
自分が癒した直後に、全員処刑させられて神の奇跡を台無しにしたと知られれば、私は一生あの娘に軽蔑されてしまいそうだ。
「今後は名をアルミニウスと改めるのだったか?」
「はい、エドヴァルド様。私は聖女様の護衛騎士ですが、バルアレス王国ではどうなりますでしょうか」
「名目上は私の騎士として俸給を出そう。彼女は自分がお給料を出すといっていたが、さすがにな。ところで聖女と呼ぶのはよせ、老師からもいわれただろう」
信仰が篤すぎるのも問題だな。
彼女が過去の奇跡を再現できるとしても、私のようにそれほどのものか、と思う人間もいればヘルマンのように天啓に出会ったように豹変する人間もいる。
当面は出来るだけ目立たせたくないというのが老師の意向で選帝侯にも詳細は話さなかったようだ。
東方圏の最南端でどちらかといえば後進国の田舎国である我が国なら、あまり目立たないし、また染料ギルドがちょっかい出そうとしても帝国騎士の保護下に入った以上手を出してくる事はあるまい。
彼らは伝授された知識を利用したわけではなく、父も娘を利用したりはしていなかった。律儀な事に父は一切娘の資産を崩したりはしていなかった。
彼は完璧に公務をこなし領民の信頼も厚く、自由都市連盟も信用に太鼓判を押した。
老師は選帝侯に今回の事件をこう説明した。
自分と同じように趣味で研究開発に没頭していただけで悪意はどこにもないこと、市民生活が向上するよう知識を安価で公開したこと、既に西方が利権を持っている技術を質を向上させ、より安価にした上で市場破壊させないよう販売権も預け、他の技術者達よりも少ない報酬しか受け取っていないこと。
東方には義理を欠いたかもしれないが、東方が独占している技術には手を出していないこと、そもそも参入さえ許されない環境であることを選帝侯には納得させた。
だが実際には老師はわずかに魔術の手ほどきをしただけで、今回の事件とは何の関係もない。あの娘は自力で成し遂げたらしい。老師がいうには彼女の故郷の人間が教えたらしいが、まだ詳細は聞いていない。
そこが問題だ。
もともと私が巡回任務中に立ち寄った領主の館で奇異な娘をみて老師に相談したのが発端となる。
彼女は皇族と皇帝の宮廷内でしか使われていない古式儀礼と言語を巧みに操った。
或いは古い歴史を持つどこかの王国でも使われているかもしれないが、歴史だけは長い事に誇りを持つ我が国でも使われていない。
儀礼だけならば見様見真似で宮廷に勤めている使用人から流れ、社交界でふざけて使う人間もあり得る。
知っている人間は多少はいる。
しかし言語については教えられなければああも見事に発音することはない。
我々帝国騎士や宮廷魔術師は宮廷に勤める事もあるので特別に教授されているが、そうなると教えたのは誰か、と老師に相談した。
私は任務中の為ここを離れて帝都に戻り、軍務終了の報告を行い、当面の休暇と祖国への奉仕を命じられ、帝国から預かった旅の仲間と別れた。
遍歴の騎士アルヴェラグス殿だけはまだ私に仕えたいといって付いてきた、奇特な御仁だ。
私が再びここへ戻ってくる間に老師が現地入りし調査を開始したが、その間使い魔からあった連絡では教えたのはオイゲン達ではない、という事だった。
各地に点在している皇族の関係者か、旧い国家の人間か今は分からないがもう正体などどうでもよい、むしろ隠して守ってやれと老師は私に言った。
どうしても彼女が故郷に帰りたいのなら、彼女が自分の身を守れるようになったのなら、その時は彼女の願いを叶え送ってやるように、それが老師の最後の依頼だ。
老師自身は帝都で彼女の故郷の情報を探してやるのだとか。
私に身の守り方を教え、王位争いから遠ざけ、私の子供達を今まで守り通してくれた老師の願いなら叶えなければなるまい。
私は生後すぐに帝国騎士の任務の為に故国を出てろくに会いもしなかった子供達がいるが、彼らと数年ぶりに会う・・・うまくやっていけるだろうか。あの娘もまだどんな子なのかろくに知らない。
オイゲンとそんな雑談をすると、彼はでは、これをとオイゲンから手紙を渡された。
娘が母と抱き合い、最後の別れを終えてこちらに歩いてくる。
片手には子供には不似合いなほどの大きな帽子を持っている。
片目の周辺を隠す為だろう。
私は戦傷で醜い傷を負ったもの達を見てきたし、私にとっては気になる問題ではないが、彼女は社交界で苦労するだろうな。
「もう、いいのか?」
「はい、エドヴァルド様。お待たせして申し訳ございません」
深々と詫びる。
「構わない、これからは君の父親となる。許してくれるか?」
「・・・はい、お父様」
とお呼びすればいいですか?と不安げに尋ねてくる。
「ああ、よろしく頼む。・・・それと君の名だが、選帝侯が用意したフッガー商会を通じて東方の諸ギルドに登録することになる。そうなると少しばかり元の名ではやりにくいかもしれん。これからは王族の姫となることだし、少し名を改めたい」
「・・・イザスネストアス老師からも聞きました。ではこれからは私の事はこうお呼びください」
険のある顔を和らげ花が咲いたような笑顔を浮かべて彼女は新しい名を告げた。
イルンスール、と。




