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森の娘と最後の騎士  作者: OWL
第一章 森の獣
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第28話 復活

レベッカ先生の動きを真似て両手を左右にピンと伸ばして空に向け、手の平をあわせて深呼吸してからそのまま胸の前に下す。


「よし、そこまで!」


レベッカ先生の終了の号令に側ではらはらしていたハンネがほっと息をつく。

心配しすぎだよ、もう。


「大分動きが滑らかになってきたぞ、このまま本格的に鍛えてみるか?」

「いえ、そこまではいいです。満足に体を動かせるようになればそれで十分です」


そう、わたしの体はあちこち古傷の後遺症が残っていて動きがぎこちなくて大変だった。

先生のおかげで外傷はすっかり回復したけれど、神経や骨に問題があったのか動きがぎこちなかった。

脳へのダメージはどうにもならず時々脈絡なく意識が飛びそうになることもある。

そんなわたしなのでハンネが必要以上に体を動かすのは阻止しようとするのだ。


「そうですよ、絶対ダメです。似合いませんし、先生の鍛錬の相手なんてしたら体がばらばらに砕かれてしまいそうです!」


私邸の裏庭で五の姉様の健康体操を思い出しながら体を動かしていたら、レベッカ先生がそれをみて武術の型を教えてくれるようになって、いまに至る。


わたしの主治医であるこのレベッカ先生のことは最初は大嫌いだった。

おっきくておっかないし、恥ずかしいところをたくさんみられたし、いじわるだったし、そのくせわたしの体を治してくれて恩が山ほどあって頭が上がらない。やりづらくて仕方なかった。

しかしながら、瀕死のわたしを助けてくれたアンナマリーさんが、彼女こそが真の命の恩人だと、多少の悪ふざけくらい許しておあげなさい、と何度も説得してきたので不承不承ながら評価を再考することにしたのだ。

そもそもレベッカ先生がアンナマリーさんに医術を教えていなければ、わたしはレベッカ先生が治療しにくる前に死んでしまっていただろうし、アンナマリーさんも医術を無償で教わっていたという、わたし以外にもいろんな人を無償で救い続けてきたのだ。

まさに天の使いです、とアンナマリーさんがいっていた。

たしかにその通りだ、とわたしも納得したのだった。

レベッカ先生に触れられているとお姉様達にしてもらっていたような温かい力の流れを感じる。折れた骨や深い傷が残る体の奥になおりかけの傷口がじゅくじゅくとするような・・・確かに癒えていくのを実感するのだ。


そのレベッカ先生おススメの武術だけれど、ひとまず無理に体を動かそうとするより、ゆっくり型の動きをなぞることをお勧めされたのだった。将来は護身術を教えてやろうなんていってるけど、うーん。できるかなあ。


ハンネは反対していたけれど、放置したら一生体の動きに歪さが残るかもしれないとレベッカ先生に脅されて、体を動かす為にズボンやシャツを用意してくれた。

そして7歳を過ぎた女性が人前ですることではない、と私邸の裏庭で始めたのだった。

さすがに薄手のシャツだし、人通りのあるところでやるには少し恥ずかしいし。

まあ、ほんとに7歳かどうかはわからないんだけどさ。

たぶんもっと上だよね、ただ色々あったので体がちっこいのだ。

最近は大分大きくなったほうだと思う。


ここはお屋敷や壁や植木に遮られて人目につかないので、染料の開発もここでしている。

ここの主である父オイゲン・カウフマンからは聞いた話では王侯貴族はより鮮やかな色を競って求めるが染色ギルドは精製方法を秘匿して利益を独占している、という。

参入しようとするものがいても開発は難航し、また王侯貴族と近い関係にある為、成功してもすぐ潰されてしまうのだとか。特定の海域でしか養殖できず大規模に行われていることなので隠されずに公開されている話ではもっとも高価な染料は特殊な貝の分泌液を一着染めるのに数万匹も使うのだとか。


そりゃ高くなるね。


昔巫女様が着ていたような鮮やかな紅い衣はかなり高いんだろうなあ。

母さんが縫製してくれた7歳用の服の為に碧色の染料も作ってみた。

ヨハンナさん・・・というと哀しむので母さんと呼ばなければならないのだけれども、なかなか母親のイメージ像と結びつかないので苦慮している。

縁取りに新芽の刺繍がすごく爽やかな服になってわたしも自慢できる衣装になった。

売ろうとすると面倒なことになるらしいけど、家で着るだけなので母さんが喜んでくれるならもっといろいろ開発してみよう。姉様達が教えてくれた方法では樹液や畑の害虫から作れるからそんなたいした値段になるとは思えないけど。


「ではお嬢様、浴室に参りましょう。汗を流して服を変えないとお風邪を召してしまいます」


いつも通りハンネに服を脱がされて、体を洗ってもらいながら世間話をする。

若葉祭の事を話題にすると、ハンネは節目の儀式では神官長から有り難いお説教を頂いただけで、わたしが貰ったような祝福は受け取ったことがないんだって。

やっぱりアンナマリーさんは普通の人じゃないのだ、あのひとは聖女に違いない。

あの状態の私を救い上げてくれたのだ。

あ、エルマーくんとそのお父さんの鍛冶屋さんもいたっけ。

知らないまま長い時間が過ぎてしまってお礼をいう機会を逃してしまっていた。

ヨハン兄さんの友達らしいから父さんの出入り禁止令解いて貰わないと。


亜麻色の髪をした年上のお姉さん、侍女をしてくれているハンネさんはいつも甲斐甲斐しくわたしのお世話をしてくれる。わたしなんかの世話をさせるのは申し訳ないし、自分で出来ると一度言ってみたけれど、これが彼女の仕事で好きでしていることなのだそうだ。

ハンネが侍女として仕事をしたいのなら仕方ない。


エーゲリーエ姉は言った。

ひとはみんなそれぞれの役割、仕事があり、その役割を演技しているのだ、と。

そしてこうもいった。

子供が愛を与えられるのも仕事のひとつだと、姉が妹を可愛がるのは当然なので大人しく受け入れろ、と。


エーゲリーエ姉はそれまで末の妹だったからね。

これでもう皆にいじられなくて済むとか最初の頃はいってたけど、結局最後までいじられてたなあ・・・あ、いけない。思い出したら涙出そう。


なんだかわたしすっかり気弱になっちゃったよ・・・。


あの船長にどんなに殴られても、心は折れなかったけどその結果引き起こされた今の状態には堪えた。左目はよく見えないし、ずっと頭痛がして、少し疲れると眩暈がして時々気絶しちゃってるし、両膝はまだ骨の破片が残っている気がして全然力入らないし、重たいもの持ったら両手が脱臼しちゃうし親切なこのお屋敷の皆のお手伝いも出来やしない。

いまのわたしは能無しだ。

山小屋にいた時なら自分の面倒くらい自分で見られたのに・・・。


最初の一年過ぎるまでは結構いい回復具合だったけど、最近は全然回復しない。

もうこれ以上体が良くなることはないのかもしれない。


うう‥・、あの船長め。ちくしょう、ちくしょう・・・。


ああ、これもいけない。汚い言葉使ったら二の姉様におしりぺんぺんされちゃう。

はぁ・・・しょんぼり。


聖女アンナマリーも好意は有難く受け取るべきといっていたから、受け取るのが正しいのだろう。ハンネのやりたいようにやらせることにしている。

でも、うう、くすぐったい。


そしてハンネが突然涙ぐんでいる・・・、わけがわからない。


最近は少なくなったと思ったけれど、以前からハンネはわたしを着替えさせている時に、突然涙を流し始めることがあった、わたしに同情してくれているらしい優しいお姉さん。

とりあえず、わたしが泣いているときは優しく涙を拭いてくれるのでわたしもお返しをしなければならないのでタオルで拭いてあげる。


それはさておきわたしのもこもこぱんつを持ったまま固まっているので、とりあえず早く服を着せて欲しい。

寒い。


もこもこさんと体をぴっちり覆う白タイツがないと熱を出して寝込みやすいのだ。

体を綺麗にしてからあったかくした後は朝食を取り昨年の冬から来るようになった家庭教師に礼儀作法を習う。

こういうのって地域、文化ごとに違うようで二の姉様から習ったものとは違っていた。

一から覚えなおしだ、残念。

鐘が鳴ると担当が切り替わって音楽教師が来る、うう苦手な時間だ。

これも教養なのだそうだ。


お仕事の手伝いで肉体労働は出来ないので、お勉強に専念しよう。


次の鐘でお昼休みとなる。


オイゲン父さんは公務でいないことも多いけれど、私邸に家族全員集まってお食事とお茶の時間。


「そういえば去年会った遊牧民のお嬢さんとは文を交わし合っているのでしょう?最近はどうしてるの?」


母さんからギィエッヒンゲンであった子のことを聞かれる。

わたしよりひとつ上で北方の遊牧民ですごく色白な子だった。

お互いこのあたりに不慣れな所な為、似たようなシンパシーを感じて妙に話があった。


「ナジェスタ達は今年も秋が深まるころになるとまた南下してきてあのあたりで越冬するらしいです。今年はお土産を持ってきてくれるそうです」

「あら、じゃあ何かお返しを用意しておきましょうか。そうね。一緒に刺繍でも編んでみましょうか、教えてあげるから一緒に頑張りましょう」


あちらの風習もまだよく知らないので、贈ってもあまり迷惑にならないと思われる小物をつくることになった。うっ、また苦手なものが。でも頑張ろう。

前に四の姉様に習ったこともあるし、忘れてしまったらお姉様たちにも申し訳ない。

いつかは二の姉様が来ていたような服とか巫女様が来ていたような舞の衣装を作ってみたいし。


午後の鐘が鳴ってからはハンネと一緒に馬車に乗ってアンナマリーさんの神殿へ行って写本作業を続ける。毎日ではないので、行かない時は染料や薬品の調合をレベッカ先生と試したりする。お姉様達から教えて頂いた知識を忘れないうちに再現できるようにしたい。手に入る原料は違うけれども、似た成分がないかいろいろ試しているのだ。三の姉様の事を胸が痛むけれど、・・・あぁもし再会できたらお詫びしなきゃ・・・・・・。


「お嬢様・・・」


ああ、いけない。またハンネを心配させてしまった。アンナマリーさんにも前に周りを心配させないようにって注意されていたのに。

優しいハンネはぽとりぽとり涙を落として作業を止めていたわたしの涙を拭ってくれていた。


ん、考えないようにしよう。


気を取り直して、ちゃんと読んで意味を考えながら写本しないと、時々意味不明な文章がある。古い記録なので仕方ないらしい。

レベッカ先生は希少な薬学書の場合、実際に作ったら毒物になっていたとか、意図的な記述なのでそれが正しい場合もあるとかないとか。


週末になると、教師たちもお休みなのでレベッカ先生と森や草原で薬草の採取作業。

いくつかは持ち帰って母さんの菜園に追加する。コレクションが増えるので母さんも喜んでくれる。


採ってきたものは実際に成分や効能は自分で口にして調合してみる。ハンネは危ないので止めてくださいと言ってきたけれども、レベッカ先生は大昔の薬聖もそうやって確かめて薬学書をしたためたので間違っていないと擁護してくれる。


「ですよね、お姉様もそうやってましたし、他のお姉様の料理に香草と一緒に混ぜたりしてました。昔何度か失敗して一家全滅の危機が訪れたそうですが、そのおかげで皆結果的には健康になったそうですし」

「お前、料理するの禁止」

「わたしは混ぜませんよっ。でも薬効成分があって料理が美味しくなるものは構いませんよね?」

「駄目」


以降、レベッカ先生立ち合いじゃないと調合させてくれないことになった。

むむむ。

ハンネは厨房に近づかせてくれない。


「ハンネ、わたし結構料理は得意なんです。保存食の仕込みだってできます」


蛙だってそこらへんに生えてるものだって美味しく調理できる。

わたし庶民料理は得意だよ!


「お嬢様はそんなことをしなくてもいいのです、料理人の仕事を取ってはいけません」


むむむ、他人の仕事を取るのはよくないね・・・。

このお屋敷に保護されてから3年目の夏はこんな感じで穏やかな日々だった。

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2022/2/1
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