第27話 ある村の女神官②
秋にイルンさんがカウフマン一家の一員となり、体の具合がよくなるに連れて行動範囲が拡大しハンネと共にわたくしのいる神殿まで来てくれるようになりました。
まだ膝が悪いようで、あまり館から離れられなかった彼女でしたが家の馬車と付き添いがあれば出歩く気になってきたようです。
外の世界を怖がって怯えているので、最初のうちは連れ出そうとしていたヨハンナさんも無理強いを避けていたので自分から来てくれてとても嬉しく思います。
とはいえ、せっかく彼女が来てくれても最近やることといえば、古くて読めなくなりつつある神殿の蔵書を書き写したり、昔の方が書き残した記録を読んで古代に思いをはせたりといった程度です。
印刷技術の発達で本の流通量は増えましたが、誰も読みに来る人間はいませんし印刷を発注するほどの量
は不要なので彼女たちにも手伝ってもらって写本してしまいましょう。
「アンナマリーさん、ここの記述が以前に聞いた話と違うような?わたしの解釈おかしい?」
さんざん古典まで読みふけっていた彼女でわからないのならわたくしでも難しいですね、古い文字は言葉が変遷して使われなくなったり意味が変わってしまったこともあるようです。
「そのあたりは無理のない解釈で意味が通るように理解できるまでひたすら読むしかないですね。誰か教師でもいればともかく、いないのですから」
先生もぼやいてたけど、どの分野でもそうなんだねえ、と彼女も少々呆れています。
個人的には仕方ないと思いますが、神学も解釈論争で争うようになってしまっては、神々のご加護が得られなくなったのは仕方ないでしょうね。
「お嬢様、永遠に何もかもを残しておくことはできませんよ。この前訪れたギィエッヒンゲンではいろいろと新しいものがあったでしょう?失ったものがあったとしても人は新しい物を生み出せますよ」
ハンネは良いことをいいますね。ただ神の代わりは生まれないでしょうけど。
前に聞いた話とは一週間の各曜日のことでした。
「天の二柱の主神と五大神で合わせて7曜として一週間をそれぞれ割り振って象徴しているのに、風の大神がいないよね?なんで木曜日なの?」
そもそもが天文学の問題で天体の位置が変化した為とかいう話を聞いたことがあるので神学と関係があるのかどうか。
神話では始まりの時代の巨人がすべての礎となって世界が誕生し、泥の中から生まれた太陽神と月の夫婦神、さらに風、火、土、金、水の五大神が生まれたという話ですが、それが日曜から始まって土曜で終わる一週間を現しているともいいます。しかしその場合だと木の日を風の日と入れ替えねばなりませんのでイルンさんの疑問がもっともです。樹木系統の神もいらっしゃいますが、五大元素の一角を象徴する風の大神ほど有力な神ではありません。
神話の終わりでは神々同士の争いの果てに突如禍々しい八つの目を持つ大きな神喰らいの獣が現れ、神々は次々とその腹に収められてしまいました。残った神々はなんとか獣を封じましたが、争いで荒廃した地上の管理を人間に任せ、自らは天界に帰られました。そこで始まりの時代は終わり、現世、人の時代が始まりました。
唯一、時の神だけ天界に帰らず現世に残って人間に魔術や知識を教えその後は見守っているとされています。かの神を慈悲深き最高神として称える神殿もあれば、終末教徒達のようにいずれ来る終わりの時代を告げる為に残ったのだ主張する派閥もあります。
有力な神々が象徴とする元素を一週間の各日に割り振るべきというなら時の神と契約の神が最有力でしょうね。信仰心を失ったものが多い現代でも純粋に崇拝しているものが多いですから。
「神話の時代から続いていてただの文化的習慣になっていることの起源など、今は答えが出そうにありませんね。いつか詳しいひとに会ったら聞いてみるといいでしょう」
「はーい」
休憩にお茶を入れようと竈へ向かうと、侍女のハンネがやってきました。
「ところでアンナマリーさん、その神官服そろそろ傷んできてしまったのではありませんか?大分色が褪せてきたようです」
「そうですが、これは一着しかないのですよ。親が持たせてくれたものですが、作りがしっかりしているので一生着れるでしょう。色落ちは仕方ありませんね」
ハンネに服の傷みを指摘されて少し恥ずかしい思いはありますが、あと10年も着れば年季が入って服にも貫禄が出るでしょう。
「良かったら染め直してみませんか?最近お嬢様が色々な染料を作れるようになったんです」
染料?群青色の染料はかなり高価だった筈ですが・・・
「大丈夫です、結構入手容易な材料で作れますから。旦那様に確認しましたが染色ギルドに目をつけられないよう製法は隠して、完成品も売ったりしなければいいのではないか、と」
「そうですか、ですがわたくしは結構です。神官としてはこの東方の多くで祀られている風神や樹木の神々を象徴する色を鮮明に纏っていたくはありますがね」
余りにも華美で高い物を纏うのも考え物です。
中央に居た時聞いた話では、最高級の紅色染料や紫色の染料は年間でも数着分しか生産できないのだとか。群青色はどのくらい高価か知りませんが、世の中に安価で広まったら、その時染め直しましょう。
「それにしてもどうして急にそんな話を?」
「次の春でお嬢様がいらしてから2年近く経つことになり7歳の誕生日を迎えます。若葉祭の準備は済ませましたが、うちうちのお祝い用の晴れ着も準備中なのです。碧色を基調とした感じで縫おうと奥様とお話していたのです。しかしなかなかお嬢様に気に入って頂けるものが納品されず・・・、いっそ染料をつくってしまおうと言い出されまして」
それで作ってしまったのですか、イルンのお姉さん達が教え込んだのでしょうが、多才な人たちですね。
この時点から作り始めて春に間に合うか心配でしたが、もともと亡くなった娘用に準備しておいた小物や刺繍を合わせてなんとかしたようです。
若葉祭ではイルンさんはわたくしの祝福が欲しいといって、町の大きな神殿ではなくこの村まで足を運んでくださいました。
この村には今年7歳になる子供がいなかったので、わたくしと彼女だけの儀式です。
この神殿は複数の神様を祀っています。
代官様の家であれば、商人たちの守護神であり鉱物や幸運なども司る白色金剛の大神イラートゥスに祝福を祈るべきかもしれませんが、イルンさんは大神の中では風神ガーウディームに親しみを覚えているようです。最近は拘りの無い家は若葉祭のお祝いはガーウディーム神殿に赴くので、ちょうどいいでしょう。かの神は眷属は植物、薬師の守護神が多いですからね、芽吹きを象徴する神でもあります。
ここは特定の神のみを祀った神殿ではありませんし、中央の大神殿のようにそれほど多くの神像はありませんが、神像の間には7曜の像ととりまく眷属の神像があります。
イルンさんに風の大神の神像の前で跪いて加護を祈るよう指示します。
では、こほん。
「風を司る大神ガーウディームよ。貴方の忠実なる子、イルンを護りたまえ。森の恵みを運ぶ東風の神スーントゥルーフよ。大神の祝福を届けたまえ」
町の大きな神殿の儀式と違ってせっかく一対一のお祝いなので、イルンさんに直接祝福を与えてくれるように祈ります。これくらい構いませんよね?
すると大神と眷属の神像が淡い碧の輝きに包まれ、光が渦巻いていきます。
「あ、あら?」
渦巻いた光が神像の間に満ち渡った後、それは徐々に小さくなっていきますが、収束した先はイルンさんの所でした。
イルンさんは動じずに神像に祝福を感謝します、と述べています。
わたくしが実際に儀式を仕切るのは初めてでしたが、集団相手では無く個人に儀式をするとこういうものかもしれませんね。
中央で修行していた時はもっと大勢にまとめて祝福していた分ここまではっきりしたご加護を見たことはありませんでした。練習では真剣味が足りないのか、神々にも練習で読み上げているだけだとわかってしまうのか祝福を与えられた事はありませんし。
子供のころだとよく感じられたご加護も最近はまったく感じません。
成人し世俗にまみれ、信仰ゆえというよりも神官として淡々と業務をこなしていくうちに神々のご加護は薄れていくのでしょうか。
イルンさんを外で待っているハンネと御者達の所へと連れて行くと、村のエルマー少年がいて世間話をしているようでした。少年は第一発見者で通報してくれたイルンさんの恩人の一人でもあります。
鍛冶屋の後を継ぐべく本格的に修行を開始したそうですね。
着飾ったイルンさんは幼いとはいえ明らかに上流階級のお嬢さんですから、あの時の少女とはわからなかったようです、あれから2年経ちますしあの状態から今の彼女は結び付かないのも無理はありませんが、お礼をいわれてもしどろもどろとは情けない。
「さあ、そんなところで話し込まないで皆さんもイルンさんに祝福を」
慌てて口々に皆祝福の口上を述べます。
少年はお祝いの定型文句も言えないようです、信仰心がなくても別に構いませんが教養がなくては将来困るでしょうに。
イルンさんはそのあとお屋敷へ帰られましたが、お披露目の為に今日は屋根の無い馬車で来た為混雑した町中を通過してる最中随分話題になったようですね。
ギィエッヒンゲンで買い求めたという衣装や鮮やかな大輪の赤い花の髪飾りはこの付近の子供に与えるのはあまりにも高価ですから。
彼女のよく手入れされた美しい髪は衣装にも負けておらずお互いを際立たせています。
さすがにあの御一家ですからよい目利きがついているようです。
顔の左半分はまだ怪我のあとが残っていますのでヨハンナさんが用意した大つばの帽子と飾りや化粧で自然に隠し、イルンさんも人前に顔を出すのを好まなかったのに今日はハンネに励まされてとても元気に顔を出していました。
前に少年達から石を投げつけられて、町の子とも交流を持たなくなってしまっていましたから町に行くのを避けていたのは仕方ありません。
代官ご一家がいつまでここに滞在して領主の代わりを務めるのかわかりませんが、町の住人達としこりが残ると彼女が今後暮らし難くなってしまいますので心配でした。
これでようやく彼女も代官様の子としてこの町の人間たちに受け入れられるでしょう。
イルンさんが元気になってきたこともあり、一安心です。




