第26話 ある村の女神官
わたくしが父に連れられこの村を離れたのは15年前、まだ物心がつく前のこと。
預けられた祖父がいる中央の都にほど近い島の寺院で修業を積み15の年で父のいる都の神殿で神官が果たすべき祭祀行為を学びました。
18で一人前の大人として認められ父に高価な群青色の神官服を贈られました。
東方の神官服としては代表的な色合いです。
そして祖父の遺言によりわたくしは故郷の村に神官として戻ることになったのです。
故郷の村ではわたくしの幼いころを知るものからは歓迎されましたが、こちらは誰一人覚えておりません。放置され荒れていた神殿を清め、神像に長年の怠慢を懺悔していると事故に遭ったという男が担ぎ込まれてきました。脚の骨が飛び出しています、なんともむごいありさまです。
わたくしの治癒を依頼してきましたが、わたくしは医者ではありませんし、物語のように神の祝福を授かって奇跡みたいな力がふるえるわけでもありません。
町の医者へ行くよう指示しましたが、そんな金は無いとおっしゃいます。
ではせめて痛みが和らぐよう慈悲を神に祈りましょう。
彼の心の助けとなるように担ぎ込んできた男たちにもそう伝えましたが、悪態を吐いて出ていってしまいました。
わたくしの役割は神官として祭祀儀礼をおこなう事、治療行為や布教は役割ではないのです。神聖な場所で神々に悪態をつくものたちがいたとしても、わたくしはそれを咎めることはありません。
祖父やそれよりも古い時代に随分と大きな宗教を巡る争いがあったそうで、それ以前から民衆は神殿に大分搾取されていたそうですから信仰心が彼らに残っていなくても当然です。
無垢な子供達でも神話にまったく興味のない御時世なのです。
神々は彼らに何も与えませんし、奪われたのみと考えているのです。
奪ったのは神々ではなく現世の人間ですが、理解しないでしょう。
神々が人間に何かを説くことも与えることも奪うこともありません。神話から何かを感じたものがあるならば、それぞれが思うようにすればよいのです。
後日、怪我をしたものは領主、正確には代官が派遣したお医者様が無償で治療し数か月後には元通り歩けるようになると聞いて驚きました。
世の中、そんな無私無欲な方もいらっしゃるのですね。
訪問する者もなく、祭祀行為を求める者もいないここではやることがありませんので、お会いしてみることにしました。
医療系ギルド共通の白衣を着ていらっしゃいますが、中央の都にいるような剣闘士・・・というか拳闘士のような方です。豊かな胸が女性であることを強調していますが、顔立ちは中性的な印象の方です。
レベッカ先生とおっしゃる方も暇を持て余しているそうなので、わたくしに医術を教えてくださることになりました。
町の医者の職分を侵すことに事になるので代官の指示がない限り、わざわざ治療に赴くことはないそうです。無償で治療したことに驚いたことを伝えたら、正確には代官様が払っているので、町医者の害にはならないそうですね。
代官様はきっちりした方なので、仕事の無いわたくしにも祭祀行為は公務としてお給料を払っています、喜捨として記帳しておきましょう。
暇を持て余して次の機会には何かの助けになるかもと学んだ事でしたが、結果的にあの哀れな幼子が助かったのです。
あの神々に悪態をついた男たちと巡り合わせの神々に感謝しましょう。
先生はわたくしを褒めてくださいましたが、先生と代官様の手助けが無ければあの子は傷が癒える前に力尽きていた事でしょう。
どうもわたくしには人徳というものが欠けているようで、村の子供達は一向に懐きませんし、あの子も暴れさせてしまいました。言葉は通じていないはずでしたが、いろいろ語りかけている内に何か琴線に触れてしまうものがあったのでしょうか。
結局、いつの間にか話せるようになっていたあの子、イルンとわたくしは二人で話し込みました。彼女が受けてきた扱いを聞いて思いましたが、神話の通り神々はこの世界を去ってしまったようですね。存在しているのなら何方かがお救いくださったでしょう。
彼女は故郷に帰りたいとそっと漏らしていましたが、本当でしょうか。危険な事ばかりで良い思い出はないようです、そういってみると実際の所故郷のお姉さん達に何も言えずに別れてしまったことだけが心残りのようでした。
残念ながらわたくしには何の助けもできません。世の中の危険がわかるようになるまでそっと心にしまっておくように、と忠告しました。
会話だけでなく文字を教えて自力で読み書きできるようになればと思い、手持ちの本を与える事にしました。
幸い中央から持ってきた聖典もありますので字を教えて読み聞かせて行くと素晴らしい吸収力で、彼女にものを教えるのが楽しくなってきてしまいました。
そしてただ一人神に感謝と祈りを捧げていたわたくしに初めての同志が出来たのです。
いろんな国の言葉を覚えれば故郷の手がかりを探す役に立てるでしょう。
しかし、それはすぐに後悔に変わりました。
彼女はいつも神に祈りを捧げていたのではありませんでした。
覚えたての言葉でありとあらゆる表現で常に懺悔してばかりだったのです。
自分は悪い子だから罰を受けたんだ、と自分のせいでたくさん人が巻き添えになって不幸になった、と。自分が失敗したから村の子供達は半分死んでしまい、常に優しかった姉に悪態をつき、同じ境遇の子供達を見捨てて一人で逃げて、助けてくれた優しいおじさんも殺されてしまった。あの子から出てくる言葉は後悔、懺悔、嘆きばかりです。
汚くて、卑しくて、醜い、頭の悪い子だと幼いころからずっと言われ続てきてしまったようでわたくしの言葉に耳を貸しません。余りにも痛々しい慟哭が続きます、どれもこれもあの子に責任はありません。
良い子になろうと強迫観念のように朝早くから夜遅くまで勉強しようとする彼女は止めるために、読み聞かせをしていた昔話の中で彼女は特に悪い子は地獄の鬼女に鍋の窯で煮られてしまう話に恐怖を感じていたので、良い子こそ早寝早起きするものだ、懺悔ばかりでなくレベッカ先生やヨハンナに感謝しなさい、たくさん寝て早く大きくならないと恩を返せませんよと説得しました。
それに無理をしすぎてよくめまいを起こして気絶するように眠ってしまいます。昼間ならともかく夜中にこっそり蝋燭の炎を読みながら眠ってしまっては火事になりかねません。情からも理屈からも必死に説得するとどうにか納得してくれたようです。
良い子になろうとし過ぎる事には困ったものですが、わたくしは口下手でいつも間違えてしまいます。彼女は人肌に接するのが好きなようで、抱きしめてあやすと素直に甘えてくれます。何も話さずに伝わるようで、わたくしが彼女と接していてほっとする瞬間です。
こんな子に暴力を振るえる人間達が信じられません、ヨハンと少年たちの行いを聞いた時は前から考えていた通りもいでしまおうかと思いましたね。
あの時、彼女の食事を用意して戻り、彼女の思考がまた悪い方向へ転ばないよう添い寝をしてあやしていたらひとこと漏らしました。
「ヨハンは悪い子だから地獄の釜で煮られちゃうんだね、かわいそう・・・・・・」




