アレ
日常の恐怖というからには、あの話もしなくてはなるまい。
確か、あれはドライヤーを使おうと思った時だったと思う。
というか、そうでなくてはドライヤーに触ろうするわけもなく。
その頃、我が家で使っているドライヤーは、巾着袋のように紐を引っ張ると口がすぼまる布タイプの袋に入っていた。
その紐を、洗面所のタオルを引っかけるやつの端っこに結んでぶら下げていたわけだ。
その時も何気なく、布袋のすぼまった口を広げてドライヤーを取り出そうとしたわけ。
そこで自分はとてつもなく恐ろしい体験をした。
袋を開けた途端、黒いものがこちらへと勢いよく飛び出してきたのだから!
俺は悲鳴を情けなくも上げた。
だって、それはとてつもなく存在してはならないモノだったから。
誰が想像できる? そんなところに居るなど。飛び出してくるなど!!
黒いアレ。下手すると、幽霊以上に恐ろしいこともあるアレだ。
虫嫌いじゃなくても恐ろしいし、虫嫌いである自分には更に恐ろしい。
ケガレの塊だ。もはや呪物に等しい。
だが幸いにも、お祓いはできないが、生きているなら自分にも滅することができる。
ふざけるなよ! ドライヤーを触りたくなくなってしまった。
むしろ黒いやつを呪い〇したいまである。
虫を見つけたら、必ず滅ぼせという家訓がある。自分が作った。絶対に〇す。
あんなものを見たら、安眠なんて出来ないし、安心して暮らすことができない。
だからケガレを見たら、逃がさないようにしている。
苦手だし怖いが、駆除しない限り、そこは聖域足りえない。
自分で駆逐できるだけ、幽霊よりはマシかもしれないが……
また別の時、洗面台と壁の狭い隙間(1cm未満)から髪の毛らしきものがちょろっと一本出ていた。
洗面台ならば髪の毛があってもおかしくないが……そこに髪の毛って違和感がある。
普通にしてたら、そんな場所に髪の毛は落ちて(へばり付いて)たりしないはず。
いや、まさか、でも……あんな不自然な場所、髪の毛にしてはおかしい……だとすると……触……覚……?
真っ先に浮かんだのは幽霊……ではなく、例のケガレの方だ。
ゾゾゾッと体に悪寒と緊張が走って、臨戦態勢になる。
確かに、風呂に入ってる時にすりガラスの向こうに人影がいないかとか、シャワーを浴びて目を閉じてる時に上から女の長い髪が垂れ下がってきてたり、女の顔がこちらの顔を覗き込んでいたりする姿を想像して目を開けるのが少し怖い時がある。
トイレの蓋を開けたら、女の生首が浮かんでないよな?と思ったりすることもある。
全部、怪談話から得た要らない情報だ。
だが幽霊自体を見たことがないのだから、幽霊の髪の毛!と思うよりも、やつの存在を疑う方がよほど現実的だろう。
ヤバイ、どうする、殺虫剤でも取りにいくか? でも……
髪の毛らしきものは相変わらずピクリとも動かない。
マズイ、場所的に動かれたら見失う可能性の方が高い。どうすればいい?
まず確認した方が……いや、しかし、こちらが動くことでもし相手に行動を与えるキッカケになってしまったら……
一分ほどはじっと観察……むしろ動けなかったという方が正しいだろうか。
相変わらず動きはない。
ずっとこうしてはいられないし、ここは覚悟を決めて確認するべきだ。
意を決して、そろりそろりと近づいて、だが視線は絶対にその場所からは外さずに。
壁の隙間が確認できる角度まで近づいて……
その瞬間、すべては杞憂だったことに緊張感は霧散した。
どっと体中から力が抜け、気怠さが体を包み込んだ。
ケガレではない。安心してほしい。別に幽霊でもなかった。そもそもこの目で見たことはないが。
ただの髪の毛、つまり抜け毛が一本、隙間から飛び出しているように壁に張り付いていただけだったからだ。
ふざけるなよ。無駄に緊張したわ。時間返せよ。
だが安心した。
そこには、わが身を危険に晒すものは存在しなかったわけだから。
またある日。
自室で寛いでいると、微かに、だが確実にカサカサ、という音が聞こえた。
なんだ? 明らかに不自然な音。
風起こるような環境の中にはいない。
では……まさか……?
断続的な音。確信する。間違いない、恐らくやつだ。
それはビニールに触れたとき特有の音。
そう、ゴミ箱から聞こえてくる。
勘弁して欲しい。
以前出現した時は部屋のドアを閉めて、緊張状態で一時間ほど耐久しつつ、息の根を止めるために辛抱強く戦ったことだってある。
逃げられるくらいなら、自分の身を危険に晒してでも滅ぼす。
だが相手は愚かというしかない。
絶対仕留めるマンの前に姿を……いや、音で自らの存在を知らしめるなど……自殺行為に他なるまい。
その時点で、やつの命運は決まった。
逃さん、貴様だけはっ!!!
お付き合い頂き、ありがとうございました。
これも恐怖には違いないので……そんなに怒らないで?
ちゃんとした話も書きますんで……ね?




