7. バッド入った(佐原視点)
完全に、やらかした。遥さんが出ていった玄関で、俺はスマホにかじりついていた。
遥さんにメッセージを送る。既読がつかない。
謝罪文を書いて送る。既読がつかない。
電話をかける。出ない。
頭が真っ白だ。俺のせいだ。
俺のせいで遥さんを傷つけた……。
もう俺だけでは抱えきれない。誰かを頼るべきだ。おじさんしかいない。おじさんとのトーク画面を開いた。
迷って、もうどうしようもなくなって、電話をかける。
『けいくん、どうしたの』
驚いた声のおじさんに「遥さんと喧嘩した……」と情けなく白状した。おじさんはたっぷり黙り込んだ後、俺の自宅(もちろん同棲している家)近くのファミレスを指定した。
『一旦話そうか』
俺はすぐファミレスへ行って、おじさんを待った。おじさんは「やあ」と優雅に手を振るけど、俺はそれどころじゃない。
「別れるって言われても仕方ないことした」
「とりあえず、注文しようか」
おじさんは淡々とQRコードをスキャンして、ドリンクバーとサラダを頼んだ。俺は「どうしよう」と頭を抱えて突っ伏すことしかできない。
「じゃあけいくん、荷物の番をお願いね」
おじさんはひとり席を立って、ドリンクバーに行ったみたいだ。俺はスマホの画面をじっと見つめる。親指があてもなく動いて、遥さんへ謝るメッセージを打ちたがる。
だけどそれは逆効果だ。理性では分かっている。分かっているのに……。
「はい、炭酸水」
おじさんが戻ってきて、俺の前にコップを置いた。俺はそれに直接口をつけて、ちびちびと飲む。
「で、どんなことしでかしたの」
「嫉妬して拗ねた……」
「ぼ、ボクの甥~!」
おじさんは頭を抱えている。俺は洗いざらい白状した。
遥さんが、野木遥のファンと公言している新人作家のアカウントをフォローしたこと。そいつと遥さんが分かりあったらどうしようと不安になったこと。その不安と嫉妬を態度に出して、遥さんへ強引に迫ってしまったこと。
おじさんは逐一「それでどうしたの」「部屋にこもってどうしたの」「えっそんなこと言っちゃったの」と俺を詰めてくる。当たり前だ。俺はなんてことをしでかしたんだ……。
「わ、別れたくない……」
「まあそんなに悲観しないで」
「でも俺みたいな危険人物を遥さんの側に置きたくない」
「ま~た思考が極端になっちゃって」
おじさんの茶化すみたいな相槌に、俺もだんだん頭が冷えてくる。
「今の俺ってもしかして、めちゃくちゃ見苦しい?」
「うん」
おじさんのあっけらかんとした返事に、俺は頭を抱えた。
「お、俺は……こんな人間じゃなかったはずなのに……」
「いや、片鱗は前からあったよ。大丈夫」
「何も大丈夫じゃないじゃん」
食って掛かると「まあまあ」とおじさんはオレンジジュースをストローで飲んだ。
「とにかく今は、頭を冷やしなさい。もう帰って寝た方がいい」
「で、でも……謝らないと」
「謝って許してもらうつもり?」
ぎくり、と身体が強張った。おじさんは呆れた顔でこちらを見ている。
「あのねえ、けいくん。それは野木先生の優しさに付け込んでいるだけだよ」
「そ、そんなつもりは」
ない、が、言われるとその通りだ。おじさんはじっとりと俺をにらんだ。
「今回、けいくんは野木先生を傷つけた。謝ることは許してと頼むことじゃない。申し訳なかったと認める以上の意味はないんだよ」
頬を強烈に殴るみたいな正論だ。俺はしばらく茫然として、「じゃあどうすれば……」と途方に暮れてしまった。
おじさんはため息をついて、「やれやれ」と首を横に振った。
「少なくとも、今日はもう寝なさい。それから少なくとも、今晩中の連絡はしないように」
「はい」
茫然とスマホを握りしめた。テーブルにサラダが運ばれてくる。
おじさんはもりもり野菜を食べながら「若いねえ」と俺を茶化した。
「まあいい機会だから、ここは野木先生に甘えて、いっぱい反省しなさい」
「もうダメかも……」
俺が傷つけた挙句、許してほしくて自分勝手にたくさん謝ってしまった。もう愛想を突かされたって仕方ない。
またぐるぐる考え込んでいると「似てきたね」とおじさんが言った。
「内省して自己完結しがちで、自分が悪いって結論になって気を遣いすぎる。野木先生にそっくりだ」
「似なくていいだろそんなん」
「そうだね。だから、けいくんが野木先生を引っ張り上げてあげなさい」
その言葉にはっとした。おじさんはむしゃむしゃ野菜を食べながら、「きみたちはまだ若いからねえ」と朗らかに言った。
「大丈夫。やり直せるよ」
おじさんの励ましに、俺は頭をさげた。
ファミレスはおじさんのおごりになった。
俺はひとりで家に帰って、ひとりで眠った。朝になると多少頭が落ち着いて冷静になってくる。
でもやっぱり遥さんの声が聞きたい。その衝動を我慢できずに、電話をかけてしまった。五回コール音が鳴ったあたりで諦めて切った。
よかった、と思った。ここで遥さんの声を聞いていたら、きっと取り返しのつかないことになっていた。
ひとまず、いつも通りに出勤して働いた。
退勤して、ひとりの家に帰る。しばらく迷って、メッセージを送った。「頭冷やします」とだけ送ると、すぐに既読がついた。
遥さんは、三泊四日で帰ってくるらしい。期限が決まった。
やっと呼吸ができるようになる。俺はどっと力が抜けて、机に突っ伏した。
会いたい。許してほしい。抱きしめて、全部受け入れてほしい。
でもそれって遥さんのためになるのか? 俺の依存心を許してもらって、それでどうする?
ぐるぐる考えながら、俺はじっと自分の指先をにらんだ。




