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5. 喧嘩勃発

 お腹が減って集中力が切れる。気まぐれにスマホを開くと、通知が来ていた。圭人くんからのメッセージだった。十二時頃から十三時頃にかけて、送信と取り消しを繰り返している。


 仕事中はスマホを触らなくなったなんて随分更生したなぁ、なんて現実逃避した。

 だって書いている内容が全部、「どうして壁谷さんをフォローしたのか」という疑問と、不安ばかりだったからだ。


 最後に残されたメッセージを見るに、僕が珍しく漫画家仲間をフォローしたことが不安らしい。

 そんなことを言われても困る。僕にだって仕事の付き合いはあるし、基本的に知り合いからフォローされたらフォローを返す方針で行くことは圭人くんだって知っているはずだ。

 いや、壁谷さんとは面識ないんだけど……。


 ひとまず「大丈夫だよ」とだけ返信する。既読はつかない。

 僕もなんとなく落ち着かなくて、気分がそわそわした。

 圭人くんが作り置きしておいてくれた鶏肉のトマト煮と海藻サラダで腹ごしらえをしつつ、そんなに僕はまずいことをしたのだろうかとSNSをパソコンで開く。

 DMの通知が来ていた。驚いて開くと、壁谷さんからだった。


 僕の過去作への感想と、僕にずっと憧れていたことを改行なしのびっちりした長文で伝えられた。特に好きなのは僕のデビュー作らしい。どうやら僕の熱烈なファンのようだ。

 照れるな……。とはいえ、照れている場合でもない。

 僕は簡単にお礼の言葉だけ伝えて、ブラウザを閉じた。

 とにかく嫌な予感がする。どうか当たらないでほしい。


 玄関ドアが開くがちゃりという音がした。飛んでいくと、いつもより随分とくたびれた圭人くんが立っていた。


「おかえりなさい」


 僕が声をかけると「ただいま」といういつもより力のない声が返ってくる。

 圭人くんは靴を脱いで家の中に上がると、壁によりかかって僕をじっとりにらんだ。その目つきには覚えがある。

 僕と両想いになる前の圭人くんは、時々こういう目をしていた。


「……どうして、壁谷さんをフォローしたんですか」


 いきなりの本題に、僕は身体がすくんだ。


「フォ、フォローっていうか……フォローバックだよ。僕のことをフォローしてる知り合いは大体フォロバするって、圭人くんも知ってるじゃん」

「遥さんは壁谷さんと知り合いじゃないら。フォロバする理由なんかないじゃん」


 言い合いになってしまった。どうしよう。とはいえ僕も引っ込みがつかなくて、おろおろと言い返すしかない。


「で、でも、同じ雑誌でデビューした後輩だよ。関わりがないわけじゃない」

「でも面識はない」

「う、うん。そうだね」

「ほら。知り合いじゃないじゃん」

「でも壁谷さん、僕のファンだったよ……」


 ぴくり、と圭人くんの眉間にしわが寄る。


「それがどうしたんです?」


 まずい。圭人くんの何かよくないところに触れた感触がある。


「つ、つまり、その」


 僕がしどろもどろになっている間に、圭人くんはゆらりと僕の方へと歩いてきた。腕を伸ばして、僕を壁際へと追い詰めて囲う。


「遥さんは、ファンだったら、誰にでも優しくして特別扱いするんですか?」

「違うよ。あくまで壁谷さんは僕の後輩だからフォローしたんだって」

「でもただの後輩だったらフォローしなかったんだら?」


 逆光で圭人くんの顔が怖い。僕が息をのんで背中をぴったり壁へつけると、圭人くんは長く息を吐きだした。


「……すみません。頭冷やしてきます」


 そう言って、足早に自分の部屋へと引っ込んでいった。

 僕は茫然と立ち尽くした。


 あれは何だ。あんなに怒った圭人くんは見たことがない。

 僕はおずおずと圭人くんの部屋の前に立って、ドアをノックした。


「圭人くん……?」

「入ってこないでください」


 ぴしゃりと拒絶される。僕は一瞬怯んだけど、すぐにむかむかと怒りが湧いてきた。

 なんだその態度は。僕は同じようなことがあったとき、素直に甘えたのに。そうかそうか、圭人くんはそういう態度を取るんだな。


「……なに。浮気でも疑ったの」


 途端にドアの向こうでとんでもない物音が立った。


「図星?」

「ずっ……!」

「分かった。図星なんだね」


 僕は腕組みをして、ドアの向こうの圭人くんに言い放った。


「圭人くんなんかもう知らない。しばらくひとりで頭冷やしてよ」

「ひとりでって」


 どたどたと音がして、圭人くんが顔を出した。僕はその雨に濡れた子犬みたいな顔をじっとりにらんで、ふんとそっぽを向く。


「僕、しばらくホテルで缶詰めするから」

「えっ」

「じゃあね。三日くらいはあっちにこもる」


 作業用のタブレットとスマホ、クロッキー帳とペン、各端末の充電器、着替え。それから財布があればなんとかなる。僕は自分の部屋に戻ってリュックを引っ張り出して、荷物を詰めていった。

 圭人くんは僕の後についてきて、情けなくおろおろしていた。


「は、遥さん。俺そんなつもりじゃ」

「圭人くんはそんなつもりじゃなくても、僕はそのつもりだから」


 むかつく。僕の気持ちを疑って勝手にいろいろ決めつけて、嫉妬するのまではいい。僕もしてしまったことだから。

 だけど僕へ素直に気持ちを打ち明けてくれなかったこと……つまり僕を信頼してくれなかったことが、とにかくむかつく。

 自分でも、この気持ちを上手く消化できない。それに圭人くんの側にいたら、むかつきは解決するどころか、どんどん増えるだけだ。


「じゃあね」


 僕が玄関ドアを閉めると「遥さん」と家の中から悲壮な声がした。ちくりと胸が痛んだけど、知るもんか。

 夜の街に踏み出すと、じわりと目元が熱くなった。


「うう……」


 喧嘩してしまった。家出してしまった。

 これで圭人くんが僕に愛想を尽かしたらどうしよう。僕が我慢して、圭人くんをなだめられたらよかったんだろうか。

 でもそれをしたら、僕の気持ちはどうなる。我慢して、溜め込んで、爆発したら……それこそどうにもならない。

 だからこれは、僕たちの関係を守るために必要なことだ。


 僕は年甲斐もなく涙ぐみながら、家の近くのビジネスホテルへ飛び込んで、三泊四日で部屋をとった。

 それまでは、絶対に帰らない。圭人くんだけじゃなくて、僕も頭を冷やす必要がある。

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