4. すべて順調?
目を覚ますと、何かがやけるじゅうじゅうという音と、香ばしい香りがただよっていた。
リビングへ行くと、シャツにスラックス姿の圭人くんがエプロンをして台所に立っている。
「おはようございます」
まぶしい。僕は目を細めて「おはよう」と返事をした。
圭人くんはフライパンからウィンナーをお皿に盛った。そしてボウルに卵を割って少し牛乳を混ぜて、油を敷きなおしたフライパンへ注ぐ。
「今日はバターロールとスクランブルエッグとソーセージです」
「ホテルの朝ごはんみたいだ」
僕の言葉に、圭人くんは「だら?」と笑った。僕は冷蔵庫からアイスコーヒーのパックを出して、僕と圭人くんの分を注ぐ。
奇跡的なことに、僕たちの同棲生活はかなり(比較対象がないから、いまいち分からないけど)上手くいっていた。
同棲を始めた初夏から季節が変わって、秋になった。今のところ大きな喧嘩はしていない。
スランプからはなんとか脱して、原稿をいつも通り描けるようになった。心穏やかに毎日を過ごせている。
圭人くんの配膳を手伝って、二人で手を合わせた。
食事を始めると、圭人くんが今日の予定を話しはじめた。少しだけ申し訳なさそうな口調だ。
「今日はちょっと遅くなるかもしれません。そろそろ締め切りが近いので」
「そうだね。僕もそろそろ来月のネームを切らないと」
「遥さんみたいな優良進行作家だけならいいんですけどね……」
圭人くんがしみじみとした口調で言う。僕は苦笑いしながら、バターロールを千切った。
「そこは人それぞれだからね。圭人くん、無理だけはしないで」
「はい」
そして圭人くんは出勤していく。僕はその背中を見送って、洗濯機へと向かった。
タオル、寝間着にしているシャツと半ズボン、それから僕の普段着を放り込む。なんだかんだと二人分の衣類は結構量がある。
そこにジェルボールを一個放って、おまかせコースのスイッチを入れた。
ごうんごうんと音を立てて洗濯機が回りだす。僕は達成感に額を拭った。
僕は少しずつ家事を覚え始めた。まだ料理は火が危ないから(僕は立派な成人なのに)という理由でさせてもらえていないけど、洗濯くらいは任せてもらえるようになった。
おしゃれ着の洗濯なんかは圭人くんに任せているからよく分からないけど、僕も少しずつやれることが増えてきている。
四角い部屋に丸く掃除機をかけて、コロコロでカーペットに落ちた髪の毛を回収する。こうやって部屋を自分で綺麗にすると、実は自己肯定感が上がるんだと分かってきた。
しかもさっき、圭人くんが僕を優良進行作家だって言っていた。褒め言葉は嬉しいし、本人に褒めたつもりはないだろうことがますます嬉しい。
鼻歌混じりに作業机へ向かって、パソコンの電源を入れる。作画アプリを起動させて、液タブでも画面を開いた。
今日はちょっと余裕があるし、SNS用のイラストでも更新しよう。今連載中の作品の落書きをして、自分のアカウントで投稿した。
気まぐれに通知欄を見て、増えていくアイコンを眺める。これだけの人が僕の漫画のキャラクターを知っていて、投稿に「いいね」をしたと思うとちょっと不思議だ。
ふと、気になるアカウントがあった。イラストがアイコンになっていて、その絵柄に見覚えがある。
クリックすると、アカウント名が「壁谷稔」だった。
圭人くんが担当している新人作家だ。
よくない。そう思いつつ、そのホームに飛んで見に行ってしまう。
タイムラインを見る限り、僕の投稿をよくリポストしているみたいだ。あとは自分の作品の宣伝と、日常の投稿。
それに、なんとも言えない高揚感を覚えた。
僕の作品をリポストしているということは、僕のファンなのかもしれない。同じ漫画家……しかも若手が僕の作品を好きかもしれない。
結構、うれしい。もし僕の作品が好きなんだとしたら、作品の感想が聞いてみたい。
これまでむかむかと湧いてきていた対抗心が不思議なくらいに凪いでいく。
またホームに戻って改めてよく見ると、僕のことをフォローしているみたいだ。少し悩んで、フォローバックボタンを押す。
漫画家仲間をフォローしただけだ。別に大したことじゃない。
それにしても壁谷さん、僕のことをフォローして、僕の投稿をリポストもしてくれていたんだ。
僕のファンなら、こっちの気持ちもちょっと変わってくる。圭人くん関連で変に嫉妬してしまって、なんだか申し訳ない。
僕は安らかな気持ちになって、ブラウザを閉じた。よし、と腕を突き上げる。
どうせ僕にできることは、漫画を描くことくらいだ。だったら、それを精一杯やらなくちゃいけない。
ちょうど洗濯機が通知音を鳴らした。僕はいそいそと外に洗濯物を干して、部屋に戻ると机に向かった。
僕は集中して作画をはじめた。
それはもう集中した。
夜になってからスマホを開いてやっと、圭人くんから来ていたメッセージに気づくくらいには。




