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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
84/86

八-五

「リュウビ様、太郎がショウさんの甲羅(こうら)に乗って、いま海に入りました。(さそ)い込みは成功(せいこう)しました。」

 ヒラメの長老(ちょうろう)シオンが、喜色(きしょく)満面(まんめん)に叫んだ。岩の鏡の前は、多数(たすう)(あつ)まった魚達で(ざわ)めいている。

「太郎が海に入りましたか……さあ実行(じっこう)開始(かいし)ですよ。皆さん、手抜(てぬ)かりがないか、各自(かくじ)の持ち場を(さい)確認(かくにん)してください。」

 リュウビは、鏡を(まぶ)しそうに見つめる。シオンと相方(あいかた)であるヒラメのマイス、アンコウのミンク、カニのシンカ、タコのトポスも感慨(かんがい)(ぶか)気に映像(えいぞう)を見つめている。

 いよいよ太郎の到着(とうちゃく)を待つだけだ。太郎については外見(がいけん)性格(せいかく)把握(はあく)しているが、本物(ほんもの)の人間に()うのは初めてなので、予期(よき)しない食い(ちが)いが生じるかもしれない。リュウビも緊張(きんちょう)(かく)さない。


「私のお話はこれで全部(ぜんぶ)です。(つつ)(かく)さず、お話いたしました。」

 鯛漁を阻止(そし)するために、海底で会議(かいぎ)まで行っていた。深い(きず)を負ったリュウビは(おど)しや威嚇(いかく)では解決しないと、別の提案(ていあん)(さかな)(たち)に求めた。

 会議(かいぎ)(かさ)ねるうち、カニのシンカが「太郎が裏島(うらしま)からいなくなるのが最良。」と提案した。それを()けたショウが海底(かいてい)に招く(あん)発表(はっぴょう)し、リュウビの同意(どうい)を得たのである。

(たい)漁師(りょうし)のオラ一人(ひとり)(さそ)い込むために、海底に建物(たてもの)農園(のうえん)を作って豊作(ほうさく)(さい)(もよお)したり、オラをもてなすために(さかな)人間(にんげん)()けたりしたのか。」

 まったく(おそ)れ入った話だ。


(りく)()んでいる動物や植物は、よく存じていますが、三百(さんびゃく)年前(ねんまえ)にこの地に()み付いた人間だけは、(りく)の動物と(ちが)い、着物で身体(からだ)の多くを(つつ)(かく)しているため、その理由(りゆう)身体(からだ)の中がどうなっているのか分からず、(なや)みました。太郎様をお(まね)きするにあたり、着物の中の状態(じょうたい)を知らねばと、(つみ)のない人間をいさめるという、卑劣(ひれつ)手段(しゅだん)に出ざるを()なかったのです。」

 乙姫は無実(むじつ)の人間を(ころ)したことまで()()け、その声は(ふる)えていた。

磯八(いそはち)に聞いたじゃ。表島のお(しろ)花見(はなみ)で、踊子(おどりこ)が乗った船が(しず)んだ。あの事件じゃな。あれは船底(ふなぞこ)(つく)りに手抜(てぬ)かりがあったと、十三人の職人(しょくにん)死罪(しざい)になったんじゃぞ。オラを(さそ)い込むための、リュウビの仕業(しわざ)じゃったとは……。」


 (さかな)は人間に(つら)られて、食べられるものだと思っていた。その(さかな)が目的のために、(りく)の人間を(ころ)すなんて……考えられないことが、現実(げんじつ)()こっていたとは。

 他に手段(しゅだん)がなかったとはいえリュウビが人間を(ころ)したことを、乙姫は(かな)しんでいる。()めるのはやめよう。

 乙姫が人間の祖先(そせん)と言ったゼクスや、ジャクを首領(しゅりょう)とした深海(しんかい)ザメも、オラを(ため)すための作り物だったのか。

「ゼクスも深海(しんかい)ザメも本物(ほんもの)です。ゼクスが遠い(ほし)から来たことも、海底(かいてい)に来たことも本当です。太郎様とお話し中に()にましたが、あれは偶然(ぐうぜん)で私も(おどろ)きました。

 深海ザメは魚族の天敵(てんてき)で、襲撃(しゅうげき)があるたびにゼクスが撃退(げきたい)してくれました。」

 ゼクスが人間の祖先(そせん)だったことには安堵(あんど)した。乙姫はウソをついていない。


「分かった、もうひとつ聞きたい。何のために、(りゅう)置物(おきもの)手箱(てばこ)に入れた。」

 赤い手箱に、龍の置物(おきもの)さえ入っていなかったら……。子亀(こがめ)を助け、招待(しょうたい)された海底での五日間(いつかかん)は、この上ない(おも)い出になるはずだった。

 たとえ海底の五日間(いつかかん)が、地上に帰ると五十年(ごじゅうねん)()であっても、地上と海底との(とき)のズレとして受け()めたのに……。なぜダマして(さそ)い込んだことを、あえて()かす必要があったのか。

「海底での太郎様は様々な誘惑(ゆうわく)(くっ)せず、()がったことや(かく)(ごと)をしない強い心根(こころね)の強い、立派(りっぱ)なお(かた)でした。そんな太郎様に、ご招待(しょうたい)した真意(しんい)(かく)し続けるのが、心苦(こころぐる)しかったのです。」

()らん方が良かったじゃ。お前らがリュウビの家来(けらい)で、オラをダマして海に(さそ)い込んだなんて、ずっと()らん方が良かった。」

 (くや)しい気持ちを(おさ)えてつぶやくと、乙姫ではなく(べつ)(こえ)がした。


「ショウです。私達はリュウビという魚の家来(けらい)ではありません。(じつ)を申しますと、乙姫(おとひめ)(さま)もリュウビ(さま)化身(けしん)した姿(すがた)なのです。」

(なん)じゃとぉ。乙姫(おとひめ)が父ちゃんを()った、(にく)(かたき)じゃったんかぁ。」

 父を生きたまま()み込み、五年後(ごねんご)にオラと音根(おとね)(おそ)った龍も乙姫も、全部リュウビが()けた姿(すがた)だったとは……。

 父の(かたき)五日間(いつかかん)、いや五十年(ごじゅうねん)(かん)を過ごし恋心(こいごころ)まで(いだ)いたなんて。

 あまりにも冷酷(れいこく)な運命(運命)に、果てしない無情感(むじょうかん)が全身を()(めぐ)り、心が(ふる)える。

 だが乙姫から、思いがけない言葉が(かえ)ってきた。

「お父様は、()(ころ)しておりません。()()むと見せて、西の国の大楠寺(おおくすじ)転送(てんそう)いたしました。お父様はその寺で修行(しゅぎょう)され、生まれ故郷(こきょう)に帰って裏島寺(うらしまでら)建立(こんりゅう)されました。」


 次郎が話していた、(たび)(そう)が父っちゃんだと言う。そう言えば(たび)(そう)は、この浦浜(うらはま)の地名を裏島(うらしま)だと言い()ったとも聞いた。父っちゃんは(そう)になって帰り、村の(しゅう)に尽くし、あの裏島寺(うらしまでら)()てたのだ。

 どうやって西の国へ送ったのか知るよしもないが、(はら)(そこ)から父っちゃんが無事(ぶじ)だった(うれ)しさが、()み上げる。

 もう(たす)かりたいとは考えまい。命乞(いのちご)いもしない。ここで死んでも、人間と自然・動物との正しい関係を、磯八(いそはち)が語り()いでくれるだろう。

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