五
八-五
「リュウビ様、太郎がショウさんの甲羅に乗って、いま海に入りました。誘い込みは成功しました。」
ヒラメの長老シオンが、喜色満面に叫んだ。岩の鏡の前は、多数集まった魚達で騒めいている。
「太郎が海に入りましたか……さあ実行開始ですよ。皆さん、手抜かりがないか、各自の持ち場を再確認してください。」
リュウビは、鏡を眩しそうに見つめる。シオンと相方であるヒラメのマイス、アンコウのミンク、カニのシンカ、タコのトポスも感慨深気に映像を見つめている。
いよいよ太郎の到着を待つだけだ。太郎については外見も性格も把握しているが、本物の人間に会うのは初めてなので、予期しない食い違いが生じるかもしれない。リュウビも緊張を隠さない。
「私のお話はこれで全部です。包み隠さず、お話いたしました。」
鯛漁を阻止するために、海底で会議まで行っていた。深い傷を負ったリュウビは脅しや威嚇では解決しないと、別の提案を魚達に求めた。
会議を重ねるうち、カニのシンカが「太郎が裏島からいなくなるのが最良。」と提案した。それを受けたショウが海底に招く案を発表し、リュウビの同意を得たのである。
「鯛漁師のオラ一人を誘い込むために、海底に建物や農園を作って豊作祭を催したり、オラをもてなすために魚が人間に化けたりしたのか。」
まったく恐れ入った話だ。
「陸に棲んでいる動物や植物は、よく存じていますが、三百年前にこの地に棲み付いた人間だけは、陸の動物と違い、着物で身体の多くを包み隠しているため、その理由も身体の中がどうなっているのか分からず、悩みました。太郎様をお招きするにあたり、着物の中の状態を知らねばと、罪のない人間をいさめるという、卑劣な手段に出ざるを得なかったのです。」
乙姫は無実の人間を殺したことまで打ち明け、その声は震えていた。
「磯八に聞いたじゃ。表島のお城の花見で、踊子が乗った船が沈んだ。あの事件じゃな。あれは船底の造りに手抜かりがあったと、十三人の職人が死罪になったんじゃぞ。オラを誘い込むための、リュウビの仕業じゃったとは……。」
魚は人間に釣られて、食べられるものだと思っていた。その魚が目的のために、陸の人間を殺すなんて……考えられないことが、現実に起こっていたとは。
他に手段がなかったとはいえリュウビが人間を殺したことを、乙姫は悲しんでいる。責めるのはやめよう。
乙姫が人間の祖先と言ったゼクスや、ジャクを首領とした深海ザメも、オラを試すための作り物だったのか。
「ゼクスも深海ザメも本物です。ゼクスが遠い星から来たことも、海底に来たことも本当です。太郎様とお話し中に死にましたが、あれは偶然で私も驚きました。
深海ザメは魚族の天敵で、襲撃があるたびにゼクスが撃退してくれました。」
ゼクスが人間の祖先だったことには安堵した。乙姫はウソをついていない。
「分かった、もうひとつ聞きたい。何のために、龍の置物を手箱に入れた。」
赤い手箱に、龍の置物さえ入っていなかったら……。子亀を助け、招待された海底での五日間は、この上ない想い出になるはずだった。
たとえ海底の五日間が、地上に帰ると五十年後であっても、地上と海底との時のズレとして受け止めたのに……。なぜダマして誘い込んだことを、あえて明かす必要があったのか。
「海底での太郎様は様々な誘惑に屈せず、曲がったことや隠し事をしない強い心根の強い、立派なお方でした。そんな太郎様に、ご招待した真意を隠し続けるのが、心苦しかったのです。」
「知らん方が良かったじゃ。お前らがリュウビの家来で、オラをダマして海に誘い込んだなんて、ずっと知らん方が良かった。」
悔しい気持ちを抑えてつぶやくと、乙姫ではなく別の声がした。
「ショウです。私達はリュウビという魚の家来ではありません。実を申しますと、乙姫様もリュウビ様が化身した姿なのです。」
「何じゃとぉ。乙姫が父ちゃんを食った、憎い仇じゃったんかぁ。」
父を生きたまま飲み込み、五年後にオラと音根を襲った龍も乙姫も、全部リュウビが化けた姿だったとは……。
父の仇と五日間、いや五十年間を過ごし恋心まで抱いたなんて。
あまりにも冷酷な運命(運命)に、果てしない無情感が全身を駆け巡り、心が震える。
だが乙姫から、思いがけない言葉が返ってきた。
「お父様は、食い殺しておりません。飲み込むと見せて、西の国の大楠寺に転送いたしました。お父様はその寺で修行され、生まれ故郷に帰って裏島寺を建立されました。」
次郎が話していた、旅の僧が父っちゃんだと言う。そう言えば旅の僧は、この浦浜の地名を裏島だと言い張ったとも聞いた。父っちゃんは僧になって帰り、村の衆に尽くし、あの裏島寺を建てたのだ。
どうやって西の国へ送ったのか知るよしもないが、腹の底から父っちゃんが無事だった嬉しさが、込み上げる。
もう助かりたいとは考えまい。命乞いもしない。ここで死んでも、人間と自然・動物との正しい関係を、磯八が語り継いでくれるだろう。




