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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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85/86

六

八-六

 作佐(さくざ)に会わせてくれた次郎(じろう)にも感謝(かんしゃ)する。書き上がった書物(しょもつ)の内容(ないよう)は聞けなかったが、しっかり真相(しんそう)を見抜(みぬ)いていると信じる。

「太郎、ワシじゃ。聞こえるか。」

 突然、聞き覚えのあるガラガラ声がした。

「ま、万作(まんさく)はんじゃ。」

「太郎、お佐夜(さよ)さんが死んだ日を覚(おぼ)えとるか。村の衆(しゅう)がひと晩中(ばんじゅう)看病(かんびょう)し、明け方に泣(な)いて別れを惜(お)しんだことを。あん時ワシは死ぬ時(とき)こそ、生(い)き様(ざま)が結実(けつじつ)して表(ああわ)れると言うたじゃろう。ワシは地揺(じゆ)れと大波(おおなみ)で船の下敷(したじ)きになり、一人(ひとり)寂(さみ)しゅう死んだ。生(い)き様(ざま)が悪(わる)かったでな、ガハハハ。」


 オラも万作はんと同じように、この煙(けむり)のような霧(きり)に包まれて、一人(ひとり)寂(さみ)しく死のうとしている。

 曲(ま)がったことをせず、いつも前を見て生きてきたつもりの最期(さいご)がこれだ。二十二年の生(い)き様(ざま)は、こんなものだったのだ……。

「違(ちが)うぞ太郎。おヌシの後(うしろ)ろに次郎、磯八、作佐、そして村の衆(しゅう)も集まって、心配(しんぱい)そうに手を合わせとるぞ。そんだけじゃない、海の中では何千(なんぜん)何万(なんまん)の魚が、悲(かな)しんでおヌシとの別れを惜(お)しんどる。こんなに大勢(おおぜい)の仲間(なかま)に見送(みおく)られとるおヌシは、まっこと幸(しあわ)せもんじゃ。」

 こちらからは見えないが、一人(ひとり)寂(さみ)しく死ぬのでないと、万作(まんさく)は言った。

「帰るとき、周(まわ)りを取り巻いて泳(およ)いでいた魚達(さかなたち)もか。あれは、すっげえ綺麗(きれい)じゃったな。」


 すると今度(こんど)は乙姫の声。楽園(らくえん)や林の間で過(す)ごした時の、陽気(ようき)で快活(かいかつ)な声だ。

「あの魚達(さかなたち)が、太郎様をおもてなしした民(たみ)の、元の姿(すがた)です。」

 龍宮(りゅうぐう)を発(た)つ時に見送(みおく)りがなく、とても寂(さみ)しく悲(かな)しい思いをした。あの魚達(さかなたち)だったのなら、賑(にぎや)やかな見送りだ。別れのあいさつは、残念(ざんねん)ながらできなかったが……。

「あの中に加奈(かな)さんや、乙姫(おとひめ)さんも、おったんか。」

「もちろんですともー。太郎様の、すぐ横(よこ)を泳(およ)いでおりました。」

 桃色(ももいろ)に輝(かがや)く大きな鯛(たい)と真っ黒の魚(さかな)が、手の届きそうな近(ちか)くを並んで泳(およ)いでいた。あれが加奈(かな)と乙姫(おとひめ)だったのだ。

 思い返すと、嬉(うれ)しさと感動(かんどう)が重なって沸(わ)き上がり、涙(なみだ)が溢(あふ)れる。

 地上では村の衆(しゅう)に、海からは乙姫(おとひめ)やショウ、加奈(かな)、何万(なんまん)の魚にも見送られている。寂(さみ)しいはずがない。


「万作はん。死(し)ぬ時って、もだえ苦(くる)しむんか。」

 だが万作ではなく、乙姫の声が返ってきた。

「魚はその瞬間(しゅんかん)、快(こころよ)くなります。海底で五十年(ごじゅうねん)間(かん)も暮らした太郎様です。その時は快(こころよ)くなりますよう皆(みな)で念(ねん)じております。」

「苦(くる)しまんようにしてくれぇ。最期(さいご)の頼(たの)みじゃぁ。」

 手を額(ひたい)の前で合わせ、背(せ)を丸めて拝(おが)む。上げ潮(しお)の波が、繰り返し膝(ひざ)を叩(たた)く。

「太郎様を、お母(かあ)様や音根(おとね)様のお側(そば)に導(みちび)いて差し上(あ)げます。」


 太郎が浜の中央に座(すわ)って手箱(てばこ)を開けた時、すさまじい煙(けむり)が太郎を包み込(こ)んだ。離(はな)れた場所で様子(ようす)を窺(うかが)っていた次郎は、足がすくみ動(うご)けなかった。

 隣(となり)にいた磯八は、あの不気味(ぶきみ)な煙を払(はら)わねばと、村の衆に戸板(といた)を何枚(なんまい)か持ってくるよう頼(たの)んだ。だが近づいて三人がかりで扇(あお)いでも、煙はビクともしない。

「何とかしなければ。」

 別の方法を探(さが)していると、別(べつ)の三人の男が投げ網(あみ)を引きずってきた。

「風(かぜ)で煙は動かんようじゃ。これをかぶせて、皆(みな)で引(ひ)いて太郎さんを助(たす)け出そう。」

 いい手だ。少々荒(あら)っぽいが煙(けむり)全体(ぜんたい)に網を被(かぶ)せて、一斉(いっせい)に引けば太郎は引(ひ)き出(だ)せるはず。

 作佐(さくざ)も加わった五人が網(あみ)を抱えて煙(けむり)に近付(ちかづ)き、前の二人が網を広げて投(な)げようとした時、煙が海に吸(す)い込まれるように流(なが)れ込んで、波に消(き)えた。


 太郎が煙に包(つつ)まれてから消(き)えるまで、わずか三時(さんとき)(約三十五分)のことだったが、磯八(いそはち)にとっては半刻もの長さに感じた。

 作佐(さくざ)は煙が晴(は)れた場所に、太郎の姿(すがた)がないことに驚(おどろ)いて駆(か)け寄(よ)った。

「また海の中へ、連(つ)れて行(い)かれた。」

 磯八と次郎も来た。そこには黒い手箱(てばこ)と、太郎が着ていた着物(きもの)が波に洗(あら)われている。その下に散(ち)らばった白骨(はっこつ)が、砂を被(かぶ)りながら沈(しず)んでいる。

「ああっ、太郎さんが……。」

 太郎が白骨化(はっこつか)した現実(げんじつ)を目にし、三人は例(たと)え様(よう)のない虚無感(きょむかん)に打ちひしがれた。

「何で太郎さんが死(し)なにゃ、ならんのじゃ。一生(いっしょう)を滅茶(めちゃ)苦茶(くちゃ)にした海を恨(うら)まず、海の中で知った大事(だいじ)なことを、地上の人に伝(つた)えると決めたのに。何(なん)でじゃあ。」

 誰にともなく、怒(いか)りと悲しみの言葉(ことば)を吐(は)きながら、三人は波の下の白骨(はっこつ)を拾(ひろ)って手箱に詰(つ)める。


 いつしか村の衆(しゅう)も駆(か)け寄(よ)って、三人を取り巻(ま)いていた。

「太郎さんよ。ワシはそなたの志(し)を引き継(つ)いで、旅(たび)に出るぞ。そなたが伝(つた)えたかった海や、自然と人間の関(かか)わりを話して、諸国(しょこく)をまわるぞ。これはな、死んだ親父(おやじ)の意志(いし)でもあるんじゃ。安心して天国(てんごく)で、音根(おとね)さんと幸せに暮(く)らせ。できたら親父(おやじ)にも逢(お)うてくれ。」


 震(ふる)える声で手箱(てばこ)の骨に語(かた)りかける磯八(いそはち)に、作佐(さくざ)が目に涙を溜(た)めて同行(どうこう)したいと訴(うった)える。

「私もお供(とも)させてください。太郎様にお聞きした鯛の陰謀(いんぼう)はひとつの例で、差江(さえ)の川の件も無関係(むかんけい)ではありません。この大変(たいへん)な問題を他人事(ひとごと)ではなく一人ひとりが考えないと、人間の行く末は悲惨(ひさん)です。

太郎様にお聞きした書物(しょもつ)に、磯八(いそはち)さんの考えも足(た)して、世間の皆さんに読(よ)んでいただきます。私もお役(やく)に立(た)ちたい。」

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