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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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83/86

四

八-四

「リュウビ様、この屋敷は何という名前(なまえ)になさいましたか。」

 ショウは擬似(ぎじ)人間(にんげん)の演習(えんしゅう)、美しい屋敷を眺(なが)めながら、それとなく聞いた。太郎を招(まね)く時に、屋敷の名前がないでは困(こま)るからだ。

「実はまだなのです。ショウさんが名を付けてください。」

 手際(てぎわ)のよいリュウビが、完成(かんせい)した屋敷(やしき)に名前を付けていないとは……。

「そうですねえ、リュウビ様の名を入れて輝龍殿(きりゅうでん)がいいかな。さてさて手本(てほん)にした建物が差江(さえ)の城と、裏山(うらやま)の神宮(じんぐう)と聞きましたので、龍宮(りゅうぐう)城(じょう)はどうでしょうか。」

 だがリュウビは何の反応(はんのう)も示さない。名を付けるように言っておきながら、何を試(ため)しているのだろう。

「ミンクさんも、同じ名称(めいしょう)を勧(すす)めてくれました。でも龍(りゅう)という名が入ると太郎に警戒心(けいかいしん)が出るのではと、それが気掛(きが)かりです。」


 そういうことか。だが龍宮(りゅうぐう)城(じょう)という名は、勇壮(ゆうそう)に輝いている屋敷にぴったりだと思い、引き下がりたくないのだが。

「どうでしょう。この屋敷は龍(りゅう)からこの国を警護(けいご)する要塞(ようさい)であって、以前は防龍(ぼうりゅう)櫓(やぐら)と呼んでいたことにします。そして少し前に龍(りゅう)が東の海で死(し)んでいたため、呼び名を龍宮(りゅうぐう)城(じょう)に改(あらた)めたというのは……。」

 太郎は二度も龍に襲(おそ)われ、二度(にど)目(め)の格闘(かくとう)で死(し)んだと思っている。海底でも同じように龍が脅威(きょうい)だったが、太郎の活躍(かつやく)で死んだと話せば、相通(あいつう)じるものがあり信(しん)じやすい。

 龍のことは隠(かく)すよりも、逆(ぎゃく)に話題(わだい)にした方が得策(とくさく)だ。


「いい考えですね。でも城(しろ)という呼称(こしょう)にも抵抗(ていこう)があります。なぜなら城は人間が戦(いく)さの要塞(ようさい)として造(つく)った建物でしょう。」

 権力(けんりょく)争(あらそ)いや戦いを嫌(きら)う、リュウビらしい意見だ。

「じゃあ龍宮城ではなく龍宮(りゅうぐう)殿(でん)、いやもっと簡単にして、龍宮(りゅうぐう)ではどうでしょうか。」

「龍宮(りゅうぐう)。それに決めましょう。」

 名称が決まった龍宮(りゅうぐう)を仰(あお)ぎみると、思いのほか輝(かがや)きが増したように感(かん)じた。

「それでリュウビ様は、龍宮(りゅうぐう)の主(あるじ)として太郎を迎(むか)え、接待(せったい)されるのですね。さぞや風格(ふうかく)のあるお殿様(とのさま)に。」


「それは直前まで伏(ふ)せておこうと思ったのですが……。いいでしょう、お見せします。」

 そう言うと岩の前へショウを導(みちび)いて、鏡に像(ぞう)を映(うつ)した。

「えーっ、これは。」

 驚いた。それは濃(こ)い緑(みどり)の生地に赤や白、黄色の小花(こばな)柄(がら)を散りばめた着物姿(きものすがた)で、微笑(ほほえ)んでいる音根(おとね)の立ち姿(すがた)であった。

「あ、あれは。あの……。」

「そのとおり、音根(おとね)です。太郎を長い期間(きかん)、引き止めておくために、どこか音根の面影(おもかげ)を感じさせる女帝(じょてい)です。もちろん音根とは別人(べつじん)ですが、どことなく似(に)ている女(おんな)です。」

 トポスもミンクも、突出(とっしゅつ)したひらめきを持っているが、さすがリュウビは格別(かくべつ)だ。

「この作戦は皆さんの絶大(ぜつだい)な協(きょう)力(りょく)と、豊富(ほうふ)な情報(じょうほう)提供(ていきょう)によって判断(はんだん)に恵(めぐ)まれ結実(けつじつ)しました。目的はきっと達成(たっせい)するでしょう。」


 だが太郎を、どのくらい海底に引き止める考(かんが)えだろう。太郎を生かして鯛漁の阻止(そし)を果たすには、年老(としお)いて帰すくらいの長い期間(きかん)が必要(ひつよう)だ。

 太郎が招待(しょうたい)に応(おう)じたとしても、早く帰(かえ)すと約束(やくそく)して安心(あんしん)させなければ、恐(おそ)れて海に入らない。

それをどう納得(なっとく)させるのか、聞いておきたい。

「ショウさんは、それが気掛(いが)かりなのですね。」

 質問(しつもん)する前にリュウビが答(こた)えてきた。こちらの不安はお見通(みとお)しだ。

「人間は東の空から朝日(あさひ)が出て、次の朝日(あさひ)が出るまでの間を一日(いちにち)と数(かぞ)えています。

そして野山(のやま)に花が咲(さ)き始める周期(しゅうき)を一年(いちねん)として、六十(ろくじゅう)年(ねん)前後(ぜんご)が人間の平均(へいきん)的(てき)な一生です。」


 海底には、そういった時(とき)の流(なが)れがない。あるとすれば、潮(しお)の流(なが)れが変わる周期(しゅうき)が一日(いちにち)ということだ。それは人間(にんげん)界(かい)なら一年(いちねん)になる。

「そうです。時を当(あ)てはめれば、地上の一年(いちねん)が海底の一日(いちにち)です。太郎を人間の時でいう五日間(いつかかん)もてなしたら、五年(ごねん)滞在(たいざい)させておくことができます。」

「でも五年(ごねん)くらいでは、地上に帰った太郎は二十七(にじゅうしち)歳(さい)。さらに鯛漁に励(はげ)む若(わか)さでしょう。」

 そこでリュウビは、ミンクの気象(きしょう)操作(そうさ)術(じゅつ)とマイスの感覚(かんかく)術(じゅつ)を合わせ、滞在(たいざい)期間(きかん)が十倍(じゅうばい)に伸(の)びる手段を講(こう)じると言う。

「十倍(じゅうばい)ですか、太郎の感覚で五日もてなすと、五十年(ごじゅうねん)も引き止めておけるのですか。」


「太郎は二十二歳です。人間にとって七十二歳になった太郎は、長生(ながいき)きした老人(ろうじん)になっています。地上に何(なん)ら異変(いへん)がなくても、音根(おとね)や家族(かぞく)・知人(ちじん)の大半(たいはん)はその時代にいないでしょう。五日後(いつかご)と信じて帰った太郎は、鯛漁を続ける意義(いぎ)がありません。ですが地上に、恐(おそ)るべき異変(いへん)が起こったのです。」

「あの地揺(じゆれ)れですね。それでも五十年(ごじゅうねん)の間(あいだ)、引き止めるのですか。」

「はい。対岸(たいがん)にある多賀(たが)の町は、裏島(うらしま)や差江(さえ)と比べて被害(ひがい)が小さかったのです。」

「地揺(じゆれ)れと大波(おおなみ)でも、多賀屋(たがや)升克(まさかつ)は無事(ぶじ)だったのですね。」

「無事(ぶじ)でした。五年後では復興(ふっこう)目的(もくてき)もあって、鯛釣(たいつ)り塾(じゅく)は升克(まさかつ)が復活(ふっかつ)させるでしょう。この阻止(そし)も、私たちの重要(じゅうよう)な目的のひとつです。」

 そこまでリュウビは計算(けいさん)していたのだ。

「なるほど。五十年(ごじゅうねん)も引き止める理由(りゆう)が、よく分かりました。」

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