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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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82/86

三

八-三

「傷つきやすい陸上(りくじょう)で暮らしているのに体毛(たいもう)がないなんて……。それで着物を纏(まと)ってるのか。」

 マイスが全裸(ぜんら)の人間を眺(なが)めて、ひとり言のようにつぶやく。

「全身(ぜんしん)体毛(たいもう)フサフサの動物達と違(ちが)って、気味(きみ)の悪い姿ですね。だから着物で傷(きず)を防(ふせ)ぎ、体温(たいおん)調節(ちょうせつ)もしているのでしょう。よくこれで増殖(ぞうしょく)できますね、考えられない。」


 直立(ちょくりつ)二足歩行(にそくほこう)で無毛(むもう)という、風変(ふうがわ)りな動物の死体(したい)を前にしたマイスとミンクは、あきれている。そばで見ているリュウビも、興味(きょうみ)シンシンだ。

「人間がゼクスの子孫(しそん)と聞いていますが、それとなく理解(りかい)できますよ。」

「人間は成長(せいちょう)すると、雄(おす)と雌(めす)の差(さ)がはっきりします。雄(おす)は形の変化こそ少(すく)ないけど、全身が筋肉質(きんにくしつ)に、雌(めす)は胸(むね)や尻(しり)が際立(きわだ)って大きくなってきます。今まで見えなかった身体の外形(がいけい)だけは、一応(いちおう)ですが判明(はんめい)しました。」

「内部(ないぶ)や、器官(きかん)の機能(きのう)も調べられますか。」

「大丈夫です。心ならずも犠牲(ぎせい)になった命(いのち)のために、何としても解明(かいめい)を遂(と)げなければなりません。」


 リュウビの悲痛(ひつう)な声に、マイスが神妙(しんみょう)にうなずく。シオンは剥(は)ぎ取(と)った着物を、別(べつ)の場所で分析(ぶんせき)中(ちゅう)だ。

「着物ってまあ、思っていたより複雑(ふくざつ)。実物(じつぶつ)を見てなきゃ、とうてい作(つく)れませんよ。」

 年齢(ねんれい)の異(こと)なる七(なな)種類(しゅるい)の子供、二十代から五十代まで四(よん)種類(しゅるい)の大人、それぞれ雄雌(おすめす)の裸体(らたい)が次々に、鏡に映(うつ)し出された。

 リュウビは判明(はんめい)した人間の身体(からだ)形状(けいじょう)や機能(きのう)を分類(ぶんるい)し、顔の表(ひょう)情(じょう)や髪型(かみがた)に変化を付けながら、太郎のもてなし役を作(つく)り始(はじ)める。


 身辺(しんぺん)の世話(せわ)役(やく)に十人、踊子(おどりこ)や囃子(はやしこ)の子供達は合わせて五十人を揃(そろ)えた。これで太郎から見て、違和感(いわかん)なく海底の国が長く活動(かつどう)しているように見えるだろう。

 役(やく)に任命(にんめい)されたのは、主に鯛族(たいぞく)とヒラメ族(ぞく)だが、マンボウやタコ族(ぞく)、ハタ族(ぞく)も加わっている。

 任命(にんめい)された魚達は、人間の喜怒(きど)哀楽(あいらく)や欲望(よくぼう)、独特(どくとく)の生理(せいり)などを学(まな)びながら、会話術(かいわじゅつ)や対応法(たいおうほう)を身に付けているところだ。

 滞在(たいざい)中(ちゅう)の食事や酒は、アンコウ族(ぞく)がまかなう。すでに人間の一般的(いっぱんてき)な儀礼(ぎれい)、言葉(ことば)、生活(せいかつ)作法(さほう)については万全(ばんぜん)といっていい。


 岩の周囲は魚で賑(にぎ)わっている。

 踊子(おどりこ)隊(たい)に任命(にんめい)された一尾の鯛が、鏡(かがみ)の前(まえ)に進(すす)むと、あでやかな衣裳(いしょう)を着た十五(じゅうご)歳(さい)の女児(じょじ)が映し出された。

 すると鏡(かがみ)の前に立った鯛(たい)が鏡に映(うつ)った女児に化身(けしん)した。また一尾が鏡の前に出ると、別(べつ)の女児(じょじ)が映し出され、それに化身(かしん)した。

 魚が次々に鏡の前で姿を変(か)え、そびえる岩の周辺(しゅうへん)は、見る見る擬似(ぎじ)人間(にんげん)であふれていく。

 艶(あで)やかな着物や野良着(のらぎ)を着た五十(ごじゅう)尾(び)、いや五十人が思い思いに歩(ある)いたり、お互いを眺(なが)め合ったりしている。


 農夫(のうふ)、人夫(にんぷ)、従臣や侍など、大人も百人作られた。リュウビは擬似(ぎじ)人間(にんげん)たちを各部隊(かくぶたい)に分け、屋敷に入るよう指示(しじ)した。

 地面から噴(ふ)き出す光(ひかり)の中を二百(にひゃく)人(にん)の擬似(ぎじ)人間(にんげん)が、三丁ほど先(さき)にある屋敷に向かってゾロゾロと歩く。その頭上(ずじょう)では、化身(けしん)しなかった魚たちが舞(ま)い踊(おど)る。

 擬似(ぎじ)人間(にんげん)の行進(こうしん)だけを見ると、ここが海底とは思えない光景(こうけい)だ。

「人間って動(うご)きにくいね。どうしてこんな不便(ふべん)な、着物(きもの)を着ているのだろう。」

「二本足(にほんあし)だけで歩くのは大変(たいへん)だよ、泳(およ)いだらすぐなのに。」


 魚達は人間に化身(けしん)した途端(とたん)、口々に不満(ふまん)を言いながら歩くが、目的の重大(じゅうだい)さと、与(あた)えられた役割(やくわり)に、使命感(しめいかん)を抱(だ)き、これから展開(てんかい)される人間の一員(いちいん)になることを、楽しみにしている様子(ようす)だ。

「皆さん、二本足(にほんあし)で立って地面(じめん)を歩くのは不自由(ふじゆう)だと思いますが、それが人間という動物です。これから迎(むか)える太郎(たろう)にとって、それが当たり前です。もてなして帰(かえ)るまでは、その姿(すがた)でいなくてはなりません。十分に馴(な)れてください。」

 リュウビは人間に化身(けしん)した魚を先導(せんどう)しながら、さらに言葉を続けた。

「あなた方は、もう魚ではなく人間です。人間になり切らないと太郎に見破(みやぶ)られ、悲(かな)しい結果(けっか)を迎(むか)えるでしょう。心して臨(のぞ)んでください。これは私からのお願(ねが)いです。」


 擬似(ぎじ)人間(にんげん)がゾロゾロ屋敷に入り、各(かく)部隊(ぶたい)が部屋(へや)や中庭(なかにわ)、農園(のうえん)などに分かれて演習(えんしゅう)が始まった。

 完成(かんせい)した屋敷が、まばゆい輝(かがや)きを放(はな)っている。不意(ふい)の地揺(じゆ)れによって作り変えた広大(こうだい)な農園(のうえん)も、活(い)き活(い)きとした緑を繁(しげ)らせている。

 かくして太郎を、海底へ招(まね)く準備が整(ととの)った。さあ次はショウが太郎を、海底に誘(さそ)い込(こ)むだけになった。

 提案した招待(しょうたい)作戦(さくせん)が失敗(しっぱい)すれば、リュウビをはじめとするトポスや、大勢(おおぜい)の魚達(さかなたち)、地上の情報(じょうほう)係(がかり)の苦労を無(む)にすることになる。

 考えるほど大きくなる不安(ふあん)。失敗は絶対(ぜったい)に許されない、時もないので仲間の助言(じょげん)を聞きながら演習(えんしゅう)をしよう。


 カニのシンカは海底が明るくて、人間の住んでいる国(くに)があることを話し、興味(きょうみ)をかき立てればいいと言う。イタチのクンクは楽しい祭(まつ)りや行事(ぎょうじ)があれば、飲(の)み食(く)い・踊(おど)りに引きつけられると言う。

 海底に招待(しょうたい)すると聞けば、家族(かぞく)や周囲(しゅうい)は猛反対(もうはんたい)するだろう。とくに母親(ははおや)や妹、祝言(しゅうげん)前(まえ)の音根(おとね)は手ごわい。これには家族(かぞく)愛(あい)を持ち出し、優(やさ)しく接(せっ)して信用させる。

 さらに漁(りょう)仲間(なかま)の勘次(かんじ)、太郎が尊敬(そんけい)する万作(まんさく)や弥助(やすけ)が、招待(しょうたい)を後押(あとお)しする手立(てだ)てはないか探(さが)す。

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