十
七-十
岩の鏡の前でトポスとミンクが、地上から送られる太郎の映像を眺めている。
「太郎を海の中に誘い込む方法とはね……。ショウさんは自信ありげだったな。でも人間の慣習や欲求を知らなきゃ、成功は難しいぞ。」
ミンクも疑心暗鬼だ。
「我々とは全く違う、質の悪い動物ですからねえ。」
トポスは太郎が誰と接し、どう行動するのかを観察し、ミンクはジョイやクンク、コロと頻繁に交信して太郎以外の人間が、どんな生活をしているのかを調べることにした。
集まった情報はアンコウのミンクと、ハタのマイスが整理し、リュウビに報告している。
「人間の習性が幾分見えてきました。招いた太郎を長く滞在させるには、立派な屋敷を建てなきゃなりません。もてなす役も必要です。」
リュウビはトポスに、太郎が気に入る屋敷を建造するよう指示を出した。さっそくトポスは作業仲間のタコとエイを集め、計画を伝えた。
「太郎はもちろんだが、リュウビ様も驚く、ものすごい屋敷を造ろうぜ。」
作業仲間が気勢を挙げた。
同時に人間の住処を、細かく調べるようミンクに頼んだ。ミンクはイタチのクンクと、新たな偵察員になったフクロウのジータに、差江の武家屋敷や城の外部・内部の映像を送るように指示した。
さまざまな角度から見た映像が、次々に鏡に映し出された。そこにいる人間達の表情や動きもに観察できる。見る見る膨大な情報が集まり、人間が好む屋敷や生活内容まで、把握できるまでになった。
「食べて飲んで踊って騒ぎ、金銀を奪い合うなんて。おかしな動物だなあ。」
凶暴なだけと思っていたトポスは、激しい物欲にあきれ返る。
しばらく設計で試行を繰り返していたトポスは、計画した屋敷を鏡に映した。それは差江の城と、その裏山中に建つ神宮を合体した四層だった。
鏡に映った屋敷を見たショウは、トポスの並外れた発想力に驚いたが、果たしてこんな美麗な建物が、海底に建つのかを疑った。
「何と大きくて、きれいなお屋敷じゃないですか。」
「そうだろうよ。内部はもっとすごいぞ。人間という動物は、金銀に目の色を変えて本性むき出しになるそうだ。リュウビ様の狙いもそこにあるので、かなり派手に工夫しているからな。」
トポスは内部も設計しながら、外部を作っていたのだ。ショウは恐れ入った気持ちで、鏡の中の屋敷をしばし眺めた。
「こんな色鮮やかな材料は、どこで調達するのですか。」
「全部この辺の物だぜ。屋根は緑藻を練り合わせ、壁は西にある白砂、窓や欄干は紅珊瑚。屋敷の廊には、砕いた貝殻を敷き詰める。まだ間取りの細かな設計は未定だがな。」
立派なものだ。この屋敷が完成したら、太郎は夢のような日々を過ごすに違いない。建物の構想は、リュウビも承諾している。
これからリュウビの術やゼクスの力を借りながら、完成を目指すと言う。
エイが運んで来た多量の資材は、一旦小さくして保管し、必要なときに戻して希望する形に加工するよう、ゼクスに依頼している。
突然、海底一帯に激しい振動が起こって、平原が大きく波打った。多くの砂が舞い上がり、暗い上空に吸い込まれてゆく。
「おぉ、地揺れだ。これは大きいぞ。」
トポスが叫んだ。過去に大きな地揺れがなかったのでマックも、エイ達も驚愕し、右往左往している。
「鏡と岩は大丈夫か。」
鏡の岩が崩れたら、この計画が大幅に遅れる。
「大丈夫、岩は変わりないです。」
様子を見に行ったタコの声が聞こえた。
二度、三度と続いた揺れは徐々に小さくなり、砂が沈んで平原が見通せるようになると、トポスが景色を見回して絶句する。
屋敷を築く予定の場所が、ぽっかり沈下しているではないか。
「うっ、これはいかん。計画変更だ。」
トポスは、シオンとミンクに地盤の調査を頼み、リュウビに変更を相談する。
しばらくして岩から北側の平原に、敷地が張れた。
「第一段階はうまくいったぜ、上から眺めてみるかい。」
トポスに促されたショウが、高方から全体を眺めて目を疑う。
どれほどの屋敷を建てようというのか、長辺が十丁(約一km)、短辺が五丁もある広大な敷地が縄張りされていたのだ。
その南の角におよそ二丁四方を確保した屋敷の基礎土台が作られている。屋敷は間取りもできている。
「あの揺れで、だいぶ計画が変わったのさ。屋敷の庭に農園を作る構想だったが、それは止めて屋敷以外を、全部農園にしたぜ。沈下した場所は埋めずに、地下道にするのさ。」
---よくもまあ。
「いつごろ完成するのでしょうか。」
「それほど遠くはない。現地で必要な材料を加工して、運ぶようにしているからな。」
屋敷が立派であるほど、太郎のもてなし役は完全な人間でないと困る。リュウビ様のことだ、もてなし役の準備は順調に進んでいるだろうと、住処へ向かう。
リュウビは首元の傷が完治し、体長が一丁あった龍から、元の鯛の姿に戻っていた。




