八
七-八
「今度はこの浜で、五十年もおるんか。それは絶対にいやじゃ。」
「いいえ、二時(約二十五分)です。お話しする時を五倍に伸ばすだけです。」
「わかった。じゃがオラが憎い漁師のうえに、倒した龍の仇じゃ。海の中で、いつでもオラを殺せたはずじゃのに、何で生かして帰したのかも話してくれ。」
「承知しました。それも含めて、音根さんとの航行中に龍と戦った時から、お話しいたします。」
「海底は太古に隕石が落下してできた丸い窪地で、砂も岩も隕石の不思議な作用で光を発し、地上と同じくらい明るいのです。」
「それで光が下から噴き出して、明るかったんじゃな。」
そこは直径が二里(約八km)ある砂の平原で、所々に大小の岩が重なり合い、海藻や海木が群生する森もあって、魚達の快適な礁になっていると言う。
「海藻の森は、海底へ行く途中に、ショウさんの甲羅に乗って見た。物凄い景色じゃった。」
大小の魚が無数に群れを成し、キラキラと輝きながら交差したり離れたりしていた。まさに色とりどりの魚が演じる、万華鏡の世界だった。
平原の片隅に、ひときわ大きな岩がそびえ、その下に一頭の龍が横たわっている。その周りには鯛やヒラメ、タコなどが群れて騒がしい。
その龍のアゴの下に、一本の槍が刺り、タコが抜き取る作業中だ。耳の横には弾丸が貫通した傷もあり、アンコウが治療している。
じっと横たわっている龍は、眼を時々開いて鯛や大海亀と会話している。
「この槍の穂が抜けるまで、まだ少しのご辛抱が必要です、リュウビ様。」
「ああ、面倒をかけます。」
「リュウ様ビって、オラを二回も襲うた龍の名前か。死んでなかったんじゃな。」
「そうです。傷ついた龍としてお聞きください。ここからは、海底でのお話になります。」
リュウビは、この地に落下した隕石の影響で不死の身となり、時を経て化身や透視など多数の術を身に付けた魚達の主である。
五百年ほど前、猿に似た二足歩行の奇怪な動物が、海峡の地上で暮らし始め、どんどん増殖した。
その動物は地上の動物・植物から、川の魚まで食する著しい雑食で、広く恐れられる存在になっている。
それが人間で、最近は舟という乗り物で海まで操り出し、海の魚まで狙うようになってきた。
人間による魚族の乱獲を阻止するため、リュウビは龍や大イカに化身して、過去に何度も漁師を驚かせたり、こらしめたりしてきた。以前は姿を見るだけで恐れ、多くが漁を断念したが、最近は様々な道具や武器を手にし、抵抗まで始めている。
太郎を襲った二度目は、槍と鉄砲で深い傷を負わされた。さらに追い打ちを掛けて、海底に爆雷を投げ込まれ、ますます手に負えなくなってきた。いずれは海の中まで潜り、攻撃を仕掛けるだろう。
「もう私の化身では、人間の漁を抑えることが困難になっています。でも、このまま野放しにしていると、鯛族どころか全ての魚族の未来はないでしょう。」
リュウビの側近でショウという大海亀は、地上を観察する役目を受け持ち、その中で、裏島に住む太郎という若い漁師がいて、しつように暁鯛を獲り続けているため、鯛の未来を不安に思っていた。
この海域を回遊している暁鯛は、紅がかった黄金の輝きを放ち、人間はこの鯛を吉兆魚として珍重している。
「太郎は出漁だけであき足らず、鯛釣り塾というものを開いて鯛漁師を育て、もっと漁獲量を増やそうと考えています。これは何としても阻止しなければなりません。」
「そうですね。優秀な鯛漁師が多く育ったら、鯛にとっては大問題です。」
空からの偵察隊、カモメのジョイから受けた最新情報では、塾の準備は着々と進んでいるという。
「一回目で太郎を見逃したのが、私の失策だったのです。」
リュウビのため息に、側近であるヒラメの長老シオンが、やんわりと否定した。
「いいえ、あの時のリュウビ様は正しかったのです。龍に直面した幼い少年は、漁師になる道を閉ざすだけでなく、他の漁師にも海の恐怖を伝えます。リュウビ様でなくても見逃すでしょう。」
太郎が至近距離で見た龍の恐怖を、他の漁師に話せば多くの漁師が漁を断念すると考え、気を失った太郎と舟を浜まで戻した。しかし子供だった太郎の話は、誰も信じなかった。
そこで十日後、湾の中央に姿を見せたので、裏島の人々は龍の存在を認めた。だが漁を断念しても一時的で、復活する者が多かったため、二回目は太郎自身を襲った。
二度目は音根という女が同乗していたので、音根を使って龍の恐怖を流布させる計画だったが、意外にも臆病と思っていた太郎に抵抗され、深い傷を負ったのだ。
太郎が差江から鯛百尾の注文を受けた時も、海を大荒れにして出漁を妨害したが、まんまと出し抜かれた。人間は道具だけでなく知恵もあり、巧みに予想を裏切るようになっている。




