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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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74/86

七

七-七

 乙姫は自害(じがい)や延命(えんめい)、海底に引き返(かえ)せる丸薬(がんやく)といった、薬が入っているとは言(い)っていないと答えた。

 薬は自分の勝手な想像(そうぞう)だったが、まさか煙が噴出(ふんしゅつ)しようとは。

「それは煙(けむり)ではなく、小さな水(みず)の粒(つぶ)です。地上でいう濃(こ)い霧(きり)のようなもので、太郎様を包(つつ)んでいます。太郎様と私(わたし)達(たち)がお話しできるのは、この霧(きり)の中(なか)だけなのです。」

「それで煙(けむ)とうないんか。ふつうに息もできるじゃ。」

「はい。人間の体質に戻(もど)った太郎様でも、霧(きり)の中(なか)では息ができますから。」

「じゃが煙(けむり)、いや水の霧(きり)が出る前に手箱を開けたことが、何(なん)で分かった。」

 乙姫は、自分が地上に帰った後の行動(こうどう)を見ていたが、話だけはできなかったと、申(もう)し訳(わけ)なさそうに言った。


「オラ、このまま霧(きり)の中(なか)で死(し)ぬんか。」

「あなたは海底で五十年(ごじゅうねん)も生きられましたので、地上に帰ってご寿命(じゅみょう)が来たのです。お帰りになられた後、皆(みな)が太郎様のご助命(じょめい)を申(もう)し出(で)て、私もお助(たす)けしようと手(て)を尽(つ)くしました。しかし、こればかりは私(わたし)達(たち)では、どうすることもできない宿命(しゅくめい)なのです。」

「いやじゃ、いやじゃ。オラは海に入って五日(いつか)、帰って二日(ふつか)しか生きとらん。それにゼクスの願(ねが)いを、まだ誰(だれ)にも話しとらんし、地上ですることがいっぱい見つかった。命が惜(お)しいんではない。何もできんまま死(し)ぬのが、悔(くや)しいんじゃ。助けてくれ、このとおりじゃ。」

 海水にまみれた砂(すな)に、両手を突(つ)いて訴(うった)える。しかし不気味(ぶきみ)な霧(きり)は消えそうになく、情勢(じょうせい)が変わる気配(けはい)もない。

 いくら頼(たの)んでも無駄(むだ)な叫(さけ)びか……。それは乙姫も分かっているらしく、少し沈黙(ちんもく)の時が流(なが)れた。

「太郎様は、もう五十歳(ごじゅっさい)を越えました。座(すわ)っているのも、辛(つら)くなっていませんか。」

 そう言われると、今すぐ横(よこ)になりたいほど辛(つら)い。周囲が何も見えないので、心細(こころぼそ)さも加速(かそく)する。


「太郎様が鯛(たい)の計画を見抜(みぬ)いたのは、正直(しょうじき)申し上げて驚(おどろ)きました。でも、ご招待(しょうたい)に応じてくださったおかげで、私(わたし)達(たち)は絶滅(ぜつめつ)から免(まぬが)れることができました。」

 私(わたし)達(たち)とは、海底で人間に見えていたのは、鯛(たい)だったということになる。つまり乙姫も、加奈も、一太夫も二太夫も、農民も侍も、全部が鯛(たい)だったのだ。

 海底で五十年も眠(ねむ)らされ、夢の中で鯛(たい)を人間と思って相手(あいて)にしていたとは……背筋(せすじ)が凍(こお)る。

「いいえ、夢の中ではありません。私(わたし)達(たち)は太郎様と同じ人間(にんげん)に化身して、お相手(あいて)いたしました。龍宮(りゅうぐう)や農園(のうえん)は、タコのトポスさんが設計(せっけい)して、実際(じっさい)に建築(けんちく)したのです。」

 地上を知らない魚やタコが、人間が住む建物(たてもの)を設計(せっけい)したり、建築(けんちく)できるはずがない。その前に、海底まで建築(けんちく)する材料(ざいりょう)をどこから、どう調達(ちょうたつ)するのか。子供でも笑(わら)い飛(と)ばす戯言(ざれごと)だ。


「建築(けんちく)したと簡単(かんたん)に言うたが、地上へ出たことのないタコや魚が、城(しろ)のような屋敷(やしき)や農園(のうえん)を、海から眺(なが)めただけで、作ったと言うのか。」

「太郎様が海底に来られて滞在(たいざい)される以上(いじょう)、十分におもてなしできる建物が必要(ひつよう)でした。日頃から情(じょう)報(ほう)協(きょう)力(りょく)をされているカモメが空から、イタチや土ネズミが地上から、また夜の暮(く)らしはフクロウが、風呂(ふろ)や厠(かわや)は青大将(あおだいしょう)が、お城や侍(さむらい)屋敷(やしき)、神社(じんじゃ)、農園(のうえん)の内部(ないぶ)まで詳細(しょうさい)に調(しら)べてくださいました。」

 そんな調査(ちょうさ)をしてたとは……そういえば龍(りゅう)が出てから、イタチやカモメを身の回(まわ)りでよく見るようになった。

「じゃが、イタチやカモメが調べても、海底までどうやって知らせるんじゃ。」

「彼らが見た景色や状況が、そのまま海底にいるアンコウのミンクに映像(えいぞう)として送られ、共有(きょうゆう)の情(じょう)報(ほう)として利用されるのです。」


「これもゼクスの技術(ぎじゅつ)か。」

「そう思っていただいて結構(けっこう)ですが、ミンクは強(つよ)い霊感(れいかん)をもっている魚です。これで人間の日常(にちじょう)生活(せいかつ)や食べ物、着る物、欲求(よっきゅう)や興味(きょうみ)を、把握(はあく)できるようになりました。」

「それでも鯛が人間に化(ば)けるなぞ、誰が信じるか。地上に住む人間を魚(さかな)が知るよしもないじゃろ。もし化(ば)けることができたって、見たらすぐ分かるじゃ。」

「おっしゃるとおりです。太郎様に見破(みやぶ)られない人間に化身(けしん)するには、ずいぶん苦労(くろう)しました。」

「オラが釣った鯛(たい)も、人間に化(ば)けることができたんか。」

「いいえ、鯛(たい)は化身(けしん)できません。リュウビの術(じゅつ)です。」

 ばかばかしい話だ。魚やタコにそんな能力(のうりょく)があるはずがない。信じろと言っても無理(むり)に決まっている。やっぱり眠(ねむ)らされて、夢(ゆめ)を見せられていたのだ。


「そうか、鯛(たい)は父(と)っちゃんやオラを憎(にく)んでおった。そんで二回(にかい)も龍(りゅう)に襲(おそ)わせて父っちゃんを食い殺(ころ)し、オラの時は失敗(しっぱい)したで、ショウを使って海に誘(さそ)い込んだ。そうじゃな。」

 だが帰って、龍(りゅう)の置物で真相(しんそう)の糸口(いとぐち)をつかみ、丘に上がって問(と)い正しても返答(へんとう)はなかった。

「ご不信(ふしん)と、お怒(いか)りはごもっともです。なぜ龍(りゅう)が太郎様を襲(おそ)ったのか、なぜ海底(かいて)にご招待(しょうたい)したのか、そして、なぜ海底に明(あか)るい国があって、太郎様と同じ人間(にんげん)が暮(く)らしていたのかを、お話しいたしましょう。水の粒(つぶ)の中は海の中と同じで、時を伸(の)ばせます。」

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