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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
66/86

十一

六-十一

 小雨(こさめ)はいつしか上がり、空が(あか)るくなって、丘の上に(かぶ)っていた(きり)()れつつある。

無駄(むだ)じゃろうが、()うてみるかい。お人違(ひとちが)いなら、さっさと消えることじゃ。」

 つぶやきながら西方(せいほう)に向かって(ある)く。あわてて(うし)ろに付くと、二人(ふたり)の子供も面白(おもしろ)がって付いて来る。

 丘の(のぼ)(ぐち)に差しかかり、(みき)一抱(ひとかか)えほどある(くり)の木が目に入った。

 来る時は動転(どうてん)して見落(みお)としていたが、半年前に音根(おとね)と植えた場所(ばしょ)に。


 海に入って五日(いつか)しか()っていないのに……。もしも(くり)の木があの苗木(なえき)なら、何十(なんじゅう)(ねん)()ぎて帰ったことになる。だとしたら家や人が()わっていても、仕方(しかた)ないだろう。

 この不可解(ふかかい)事実(じじつ)のつじつまが合い、弥恵(やえ)の言う音根(おとね)(ばあ)さんであっても、当然(とうぜん)のことだ。

「おう、立派(りっぱ)(くり)の木がある。さぞ(うま)い栗が(みの)るじゃろうな。」

 子供達に()(ぬし)を聞こうと()り返ると、弥恵(やえ)から思わぬ返事(へんじ)(かえ)った。

「この(くり)はなあ。ずっと前じゃが、これから行く音根(おとね)さんが世話(せわ)しとったと()いた。元気(げんき)(ころ)は、毎日(まいにち)ここに来ておったそうな。」


 頭の中に激震(げきしん)が走った。あの(くり)の木は音根(おとね)の母親を埋葬(まいそう)した翌日(よくじつ)供養(くよう)のために二人で()えた苗木(なえき)(ちが)いない。

 それにしても海に入って帰ると、何十(なんじゅう)(ねん)()っているなんて、どういう運命(うんめい)悪戯(いたずら)か。(くり)の木に気付(きづ)かされた目で、もう一度(いちど)(あた)りの景色(けしき)を見てみる。

 丘の上り口には、身長(しんちょう)ほどの石垣(いしがき)()まれているし、(はま)小石(こいし)()ざり、海に入る(まえ)のサラサラした(すな)ではない。

 相当(そうとう)な年月が()ぎていることを、変化(へんか)の少ない自然(しぜん)物語(ものがた)っている。時の(なが)れが地上と海底で、こんなにも大きいとは……。


 ショウが言った「地上(ちじょう)(ひど)い仕打ちをする。」とはこのことか。乙姫もゼクスでさえも、これには触れなかったのに。

 はやる心で帰って来たのに、母や(いもうと)、村の(しゅう)が遠い昔の人になっているなんて……。

 身体(からだ)の中を、一陣(いちじん)の冷たい風が()()ける。(さみ)しさと(むな)しさが腹から込み上げ、()(おく)とノドが(あつ)くなる。

 皆の反対(はんたい)を押し()って海に入ったことを、今さらではあるが(くや)んだ。

 長い時を()て帰ったのなら、音根(おとね)()いている。もうオラのことなど、とうに(わす)れているだろう。だが会って(たし)かめたいことが、山ほどある。音根(おとね)本人(ほんにん)なら、唯一(ゆいいつ)(たの)みなのだ。


 浜の(ちゅう)(おう)付近(ふきん)に来た時、二人の子供が「(かめ)はここへ上がった。」と指さしたが、弥恵(やえ)はうなずいただけで、関心(かんしん)を示さなかった。

 まだ自分のことを、(つた)(ばなし)利用(りよう)して金品(きんぴん)を要求する不届(ふとど)き物と、(うたが)っているらしい。子供は丘を()け上って姿(すがた)を消した。

「あの(いえ)じゃ。もう身体(からだ)(よわ)って()たきりじゃが、気は丈夫(じょうぶ)じゃ。」

 弥恵(やえ)(ゆび)さす方向に、あの時より数少(すく)なくなったが、松の防風(ぼうふう)(りん)(つら)なっている。

 その向う側に、茅葺(かやぶ)屋根(やね)の家がある。近所の家々と(くら)べても、ひと(まわ)り大きな(つく)りだ。

---あの家に、音根(おとね)が住んどるんか。

 期待(きたい)不安(ふあん)で胸が(ふる)える。


「ごめんよ、次郎(じろう)さん。(めずら)しいお(きゃく)()れて来たぞ。」

 弥恵(やえ)の声で、次郎(じろう)と思われる中年(ちゅうねん)の男が出て来た。弥恵(やえ)と何やらヒソヒソ話した(あと)、中へ入るよう手招(てまね)きする。

 薄暗(うすぐら)玄関(げんかん)から、さまざまな農具(のうぐ)を立て()けてある土間(どま)を通り、(はな)れの座敷(ざしき)案内(あんない)された。

 日当たりのよい部屋(へや)に入ると、白髪(しらが)老婆(ろうば)が布団で()ていた。

「太郎さんが会いたいと言う、音根(おとね)(ばあ)さんじゃ。今は()とるで、起きるまで()ってくだされ。」

 老婆(ろうば)目覚(めざ)めるまで、しばらく(となり)の部屋で()つことになった。いい()らしをしているし、家人(かじん)(あつか)いもよさそうだ。

 出された(ちゃ)をすすりながら、一刻(いっこく)も早く目覚(めざ)めて()しいと、あせる心を(おさ)えながら待つ。


 (にわ)でスズメのさえずりが()こえる。見るとエサをついばむ(おや)スズメに()じって、数羽(すうわ)の子スズメが地を(ころ)がるように(たわむ)れている。

 音根(おとね)(おか)(はま)を走り(まわ)った、(おさな)(ころ)(おも)い出が脳裏(のうり)をよぎる。

 自分(じぶん)にとっては(じゅう)(すう)年前(ねんまえ)(なつ)かしい想い出だが、音根にはもっと(とお)大昔(おおむかし)の話になるだろう。それでもいい、音根(おとね)本人(ほんにん)であってくれれば。

 ()り返しのつかない運命(うんめい)に、また身震(みぶる)いする。

「目が()めましたで、こちらへ。」

 次郎(じろう)に案内され、老婆(ろうば)枕元(まくらもと)に座った。どんな展開(てんかい)になるのか……鼓動(こどう)(はげ)しく(むね)(たた)く。


(だれ)じゃな。」

 老婆(ろうば)薄目(うすめ)でこちらを見る。(たび)若者(わかもの)姿(すがた)が目に入ったのだろう、小さく()みを見せて、しわがれた(こえ)でたずねてきた。

(たび)のお人か。私にご(よう)か。」

 目も耳も(たし)かだと聞いたが、()()った時はあまりにも長い。(おお)海亀(うみがめ)に乗って出発(しゅっぱつ)した時と、同じ衣装(いしょう)で帰ったが、老婆(ろうば)(おぼ)えていない様子(ようす)だ。

---やっぱり駄目(だめ)じゃ。

 目の前の老婆(ろうば)音根(おとね)という確証(かくしょう)はないし、たとえ本人(ほんにん)であっても覚えていないだろう。(あたま)の中が()(しろ)になり、()まいさえ(おぼ)える。

 唯一(ゆいいつ)(のぞ)みが音を立てて、はかなく(くず)れていく。

 ()()いしばって(なみだ)をこらえていると、布団(ふとん)の中から(ほそ)右手(みぎて)が、ぎこちなく()びてきた。


「もしや、太郎(たろう)さん。」

 (おどろ)いた……なんて、そんなものじゃない。(まぶ)しい(ひかり)正面(しょうめん)から浴びた以上の、強い衝撃(しょうげき)()けた。

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