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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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67/86

十二

六-十二

 枕元(まくらもと)に座(すわ)っただけで、まだ面通(めんどお)りの挨拶(あいさつ)をしておらず、自分(じぶん)の名は名乗(なの)っていない。

 だが老婆(ろうば)の方から「太郎(たろう)さん。」と名前(なまえ)を呼(よ)んでくれたのだ。

 膝(ひざ)に届(とど)いた骨(ほね)ばった手を、両手(りょうて)で包(つつ)み込む。そのまま布団(ふとん)にずり寄(よ)って、胸(むね)に迎(むか)えた。この気持(きも)ちを伝(つた)える言葉(ことば)が見つからない。声さえも出(で)ない。


「太郎(たろう)さんが帰って来(き)たっちゃ。嬉(うれ)しい、懐(なつ)かしいっちゃ。あたい、こんな歳(とし)になってシワくちゃで、髪(かみ)まで抜(ぬ)けとるのに……太郎(たろう)さんは若(わか)いままで、ずるい。」

 しわがれてはいるが、まさしく音根(おとね)の声。胸(むね)から熱(あつ)いものが、何度(なんど)も何度(なんど)も込(こ)み上げて、目が滝(たき)のように涙(なみだ)を押(お)し出す。

 胸に当てた音根の手の甲を、熱いうれし涙が濡らしている。

「音根(おとね)、会(あ)いたかったぞー。ずうっと会(あ)いたかったじゃ。」

「あたいも。太郎(たろう)さんが帰って来(く)るのを、ずうっと待(ま)っとったんよ。会(あ)えると信(しん)じとったんよ。今まで生(い)きてきて良(よ)かったっちゃ。」


 音根(おとね)は若(わか)い頃のことを、鮮明(せんめい)に覚(おぼ)えていた。

 幼い時(とき)に二人でヒエ畑(ばたけ)を荒らし回ったことから、満月の夜に丘(おか)で夫婦(みょうと)になる約束(やくそく)をしたこと、裏島(うらしま)で鯛(たい)を売る店(みせ)を出す夢(ゆめ)、北島(きたじま)沖(おき)で二人を襲(おそ)った龍(りゅう)を倒(たお)したこと。

 さらに大きな海亀(うみがめ)に乗って旅立(たびだ)った後の、大きな地揺(じゆ)れと大波(おおなみ)に遭(あ)ったことなど、想い出を四半刻(しはんこく)(約三十分)近くも話(はな)し続(つづ)けた。

「そうじゃったなあ、それも覚(おぼ)えとったか。そうそう、そうじゃった。」


 あいづちを打(う)ちながら聞(き)き、震(ふる)える声を隠(かく)して笑顔(えがお)で、懸命(けんめい)に応(こた)えた。

 歳(とし)は重(かさ)ねても、大きな瞳(ひとみ)と色白の肌(はだ)、笑顔(えがお)と口調(くちょう)は二十歳(はたち)の音根(おとね)そのままだ。音根は話(はな)しながら起(お)き上がろうともがく。

 弥恵(やえ)と次郎(じろう)が、背中(せなか)を支えて起(お)こしたので、両(りょう)腕(うで)で包み込(こ)むように迎(むか)え、強(つよ)く抱(だ)き合った。

「会えて良かったですのう。さあさ、よう話(はなし)をして疲(つか)れたじゃろう。もう横(よこ)になって少しお休みなされ。太郎(たろう)さんはずーっとおるで、安心(あんしん)してな。」

 次郎(じろう)が涙(なみだ)声(ごえ)で話(はな)しながら、そっと寝(ね)かせる。弥恵(やえ)は両手で顔を覆(おお)い、泣(な)きむせんでいる。


 音根(おとね)は微笑(ほほえ)んだまま、自分を見(み)つめたまま、眠(ねむ)りに入った。次郎(じろう)に音根の歳を聞くと、七十(ななじゅっ)歳(さい)と言う。

---そうか、五十(ごじゅう)年(ねん)も海底にいて、帰ったのか。

「本物(ほんもの)の浦浜(うらはま)の……太郎(たろう)さんに会えるとは……あの話(はなし)は作り話(ばなし)……じゃと思うとったが。」

 弥恵(やえ)の感(かん)極(きわ)まった途切(とぎれ)れ途切(とぎれ)れの言葉に、顔中(かおじゅう)を涙(なみだ)で濡(ぬ)らした次郎(じろう)が、鼻(ばな)をすすりながら大(おお)きくうなずく。

「この浜は、浦浜(うらはま)というんか。」

「土地(とち)の名でな。浜(はま)だけではのうて、丘(おか)も全部が浦浜(うらはま)と言うんじゃ。」

 ここが裏島(うらしま)ではなく、浦浜(うらはま)という地名(ちめい)に変(か)わっていた。


「オラが住んどった頃(ころ)、この辺(へん)は裏島(うらしま)という名じゃった。」

「ええっ、裏島(うらしま)ですかー。そういえば……。」

 目を見開(みひら)いて驚いた次郎(じろう)は、腕を組んで山手(やまて)にある寺(てら)の話を始めた。

「子供の頃(ころ)じゃ、この浜に旅(たび)の僧(そう)が来た。僧(そう)は村の衆(しゅう)にタメになる話を聞(き)かせてくれたり、病(やま)いを治(なお)してくれたり、子供(こども)には読(よ)み書(か)きを教(おし)えてくれる、ありがたいお方じゃった。

 僧(そう)は、ここを裏島(うらしま)と言い張(は)って、山手(やまて)に寺(てら)を建てた時も裏島(うらしま)寺(でら)と名付(なづ)けた。太郎さんの住(す)んどった頃(ころ)を知っとる、僧(そう)じゃったんじゃ。」


 その僧(そう)は作周(さくしゅう)と名乗(なの)っていた。今は差江(さえ)の寺から来た、作佐(さくざ)という若(わか)い僧が寺(てら)を継(つ)いでいると言う。

 次郎(じろう)にも、あの時いた村の衆(しゅう)を一人ずつ聞いてはみたが、誰(だれ)も知(し)らなかった。生きているのは音根(おとね)だけだろうか。

「太郎さんが海に入ったと言う、五十年も前のこと。この地(ち)に大きな地揺(じゆ)れがあったそうな。地揺(じゆ)れで全部の家が壊(こわ)れてしまい、そのあとすぐ大波(おおなみ)が来て丘(おか)の中(なか)ほどまで駆(か)け上がり、引く波(なみ)で家も舟も、人も、海に流(なが)しよった。あの時の人は皆(みな)、大波(おおなみ)に呑(の)まれたと聞いちょる。」

 地揺(じゆれ)れと大波(おおなみ)で、村が壊滅(かいめつ)した。対岸(たいがん)の差江(さえ)も大波(おおなみ)を被(かぶ)って、甚大(じんだい)な被害(ひがい)が出たと言う。


 海に入った直後(ちょくご)の出来事(できごと)であれば、知った人がいないのは道理(どうり)である。

「母ちゃんも梓(あずさ)も、その大波(おおなみ)に流(なが)されて死んだんじゃろうか。」

 こればかりは確(たし)かめようがない。

 音根(おとね)はずっと自分の帰りを待っていたが、多賀屋(たがや)升克(まさかつ)の計(はか)らいで北島の漁師(りょうし)の家に嫁(とつ)いだ。地揺れに遭(あ)う前の年(とし)だったと、本人から聞いたと言う。

 被害(ひがい)が小さかった北島に住(す)んでいたため、無事(ぶじ)だったのだ。

 音根(おとね)は一男一女を授(さず)かったが、夫は若くして海難(かいなん)で死んだと言う。

 忌(い)まわしい地揺(じゆ)れから三年が経(た)ち、復興(ふっこう)に明け暮(く)れる浦浜(うらはま)へ戻(もど)って、以来この家で暮(く)らしていると言う。


 聞きながら海に発(た)つ前の晩、音根(おとね)の同意(どうい)を得(え)て、二人だけの祝言(しゅうげん)を挙(あ)げた。そのとき音根に託(たく)した我(わ)が子は、どうだったのか確認(かくにん)したくなった。

「音根が嫁(とつ)ぐ前まで、オラの帰りを待っとったと聞いたが、子連(こづ)れじゃったという話は聞(き)かなんだか。」

「そうは聞(き)かなんだ。」

 子供は生(う)まれなかったのだ、音根(おとね)の話にも出てこなかった。残念(ざんねん)だが仕方(しかた)がない。

「そんで、音根(おとね)が授(さず)かった一男一女の子供は、今どこにおる。」

「ワシが子供じゃよ。妹(いもうと)は差江の呉服(ごふく)商(しょう)に嫁(とつ)いだ。」

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