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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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65/86

十

六-十

「え、家が違(ちが)うじゃ。勘次の家も変わっとる。」

 驚(おどろ)いて周囲(しゅうい)を見回(みまわ)した。対岸(たいがん)にある表(おもて)島(じま)の城は霧雨(きりさめ)に霞(かす)んで見え、下町もうっすら確認(かくにん)できる。

 多賀屋(たがや)升克(まさかつ)のいる北島(きたじま)もある。日頃(ひごろ)から漁場(ぎょば)にしている、つばくろ岩(いわ)もある。

「ここは裏島(うらしま)じゃ。間違(まちが)いないが、何で家が変(か)わっとる。」


 立っていても、答(こた)えを見つける術(すべ)はない。とにかく誰(だれ)かに話を聞こうと、わが家があったはずの民家(みんか)へ不安定(ふあんてい)な足取(あしど)りで、歩を進(すす)める。

 ふと丘(おか)を見ると、上がり口(ぐち)で見かけない子供(こども)が二人、こちらを見ている。年(とし)は十歳(じゅっさい)くらいか。着ているものは上等(じょうとう)そうなので、何かの用事(ようじ)で表(おもて)島(じま)から来ている子だろう。

「ちょっとええか。オラは太郎という者じゃが、少したずねたい。」

 その言葉が終(お)わらないうちに、素早(すばや)く草むらに姿(すがた)を隠(かく)してしまった。幼(おさな)いので、追いかけても何も聞(き)けないと、民家(みんか)の方に向(む)かう。


 夕飯(ゆうはん)の支度(したく)だろうか、軒下(のきした)から淡(あわ)い煙(けむり)が出る家の前に立った。中をうかがっていると、小窓(こまど)から見覚(みおぼ)えのない婦人(ふじん)が顔を出し、小窓(こまど)の戸をピシャリと閉(し)めた。

「あ、ちょっと。話を聞きたいんじゃが。」

 だが返答(へんとう)はない。見回(みまわ)すと知らない民家(みんか)が三軒(さんげん)並んでいる。他(ほか)の家をのぞいても、相手(あいて)にしてくれる気配(けはい)がない。さっきの子供といい、何かが変(へん)だ。

「オラ太郎という者じゃ。誰(だれ)ぞ、おらんかのう。話を聞(き)きたいんじゃ。」


 誰(だれ)にともなく大声で叫(さけ)んでいると、先ほどの婦人(ふじん)が小窓から顔を覗(のぞ)かせ、不機嫌(ふきげん)そうに言い放(はな)った。

「しつこい男(おとこ)はんじゃな。もう飯(めし)も金子(きんす)もないけぇ、あきらめて消えな。」

 婦人(ふじん)が何を言っているのか、さっぱり解(げ)せない。

「飯(めし)や金子(きんす)をくれとは言うとらん。話が聞(き)きたいだけじゃ。オラの名は太郎で、ここに住んどったが、帰ったら家がないんじゃ。何か知(し)っとったら、教(おし)えてくれんか。」

 この様子(ようす)を見かねたのだろう、隣(となり)の家から白髪(しらが)の混(ま)じった婦人が現(あら)われ、道端(みちばた)の石に腰(こし)を掛(か)け、手招(てまね)きをしている。

 救(すく)われた心境(しんきょう)で婦人(ふじん)に近付き、深(ふか)く頭を下げて前に正座(せいざ)した。

「おばさん、オラの名は太郎という。五日(いつか)ぶりに帰ってきたら、オラの家(いえ)がないんじゃ。」


 婦人(ふじん)は食(く)い入るような目で、こちらの仕草(しぐさ)を見ていたが、すぐ優(やさ)しい目付(めつ)きになった。

「旅(たび)の人よ、あんたは芝居(しばい)の役者(やくしゃ)じゃろ。色白(いろじろ)で身なりがいいので分かる。ワシは芝居(しばい)が好(す)きでのう。」

 どうやら救(すく)いを求める素振(そぶ)りや声を、演技(えんぎ)と勘違(かんちが)いして出(で)てきたようだ。

「オラは鯛(たい)を釣っとる漁師(りょうし)じゃけ、顔は真(ま)っ黒(くろ)に日焼(ひや)けしとるはずじゃ。」

 五日(いつか)前(まえ)までは連日(れんじつ)漁(りょう)をし、差江(さえ)や北島(きたじま)で鯛を売り歩いていた。婦人(ふじん)の言う色白(いろじろ)な筈(はず)がない。


「あんたは化粧(けしょう)っ気がないのに、この浜(はま)の女(おんな)より色が白い。その秘訣(ひけつ)を教(おしえ)えてくれんかのう。」

 言いながら、丸い手鏡(てかがみ)を差し出した。その手鏡(てかがみ)に映(うつ)った自分の顔色(かおいろ)は、長く床(とこ)に臥(ふ)せていた病人(びょうにん)のようではないか。

 わずか五日間(いつかかん)、海底で暮(く)らしただけなのに、日焼(ひや)けがすっかり消(きえ)えているとは……。

 ぎこちなく婦人(ふじん)に手鏡(てかがみ)を返(かえ)しながら、この場をつくろう言葉を探(さが)す。

「ああ、しばらくお天道(てんとう)様(さま)が届(とど)かん所(ところ)に行っとったもんで。」


 婦人(ふじん)はそれ以上のことは聞(き)かず、黙って手鏡(てかがみ)を懐(ふところ)におさめた。婦人は弥恵(やえ)といい四十歳らしい。

 弥恵(やえ)の話では遠(とお)い昔、この地に太郎という龍(りゅう)を倒(たお)した英雄(えいゆう)がいたそうだ。

 だが大きな海亀(うみがめ)に乗って海に入ったまま、帰(かえ)って来ないという伝(つた)え話(ばなし)があると話した。

 その伝え話を利用(りよう)して「ワシが太郎じゃ、帰ってきたぞ。」と、英雄(えいゆう)気取(きど)りで武勇伝(ぶゆうでん)を語り、食べ物や金品(きんぴん)を要求(ようきゅう)する物乞(ものご)いが、よく現(あらわ)れるらしい。


「てっきり、あんたも役者(やくしゃ)崩(くず)れの物乞(ものご)いかと思うた。じゃが衣裳(いしょう)は古(ふる)びておるが立派(りっぱ)じゃし、行儀(ぎょうぎ)も備(そな)わっとる。」

 そこへ、丘(おか)にいた二人の子供(こども)が来た。

「さっき、この人ね。大きな海亀(うみがめ)に乗(の)って、あの辺(へん)の海から出(で)て来た。」

 指(ゆび)さしながら弥恵(やえ)に説明(せつめい)するが、弥恵(やえ)は手を口(くち)の前で左右に振(ふ)りながら、笑い飛(と)ばした。

「伝(つた)え話(ばなし)を信じる子供も、おるでな。」

 弥恵(やえ)の言う伝え話は、海に入った五日前(いつかまえ)の話に似ている。だが、そんな話はどうでもいい。


「おばさん聞いてくれ。オラの母っちゃんはおりん、妹(いもうと)は梓(あずさ)というて、この東方(とうほう)に住んどるんじゃ。一緒(いっしょ)に鯛釣(たいつ)りしとる勘次(かんじ)は知らんか。西方(せいほう)の万作(まんさく)という男は知(し)らんか。」

 矢継(やつぎ)ぎ早(ばや)に聞くが、弥恵(やえ)はことごとく首を横(よこ)に振(ふ)る。十八(じゅうはっ)歳(さい)でこの地に嫁(とつ)いで来たが、そういう名(な)の人は初(はじ)めからいないと答(こた)える。

「音根(おとね)と言う娘(むすめ)が、丘(おか)の登り口(ぐち)に住(す)んどるが……知らんか。」

 弥恵(やえ)は驚いた顔付(かおつ)きになって、目を見開(みひら)いた。

「音根(おとね)さんという名の人(ひと)はおるぞ。西方(せいほう)に住んどるが、婆(ばあ)さんじゃ。」

 音根(おとね)という名前(なまえ)が、こんな小さな村に何人(なんにん)もいることはない。病気(びょうき)か何かで、顔が老人(ろうじん)のようになったのだろうか。


「人違(ひとちが)いでも、婆(ばあ)さんでもええ。音根(おとね)という人に会(あ)わせてくれ。」

 何(なに)か分かるかもしれないと、思わず弥恵(やえ)の着物の襟(えり)をつかんですがった。

「苦(くる)しい。ええい、その手を離(はな)さんか。」

 弥恵(やえ)が襟(えり)の手を振(ふ)りほどいて立ち、着物を整(ととの)えながらスタスタと西方(せいほう)へ歩(ある)く。

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