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五-五
「サメが来んように農園全体を屋根で覆ったらええ。お天道様は下から照らしとるし。あんだけ立派な屋敷が建てられるなら、農園に屋根くらい張るのは、手もないじゃろう。」
一太夫はポンと手を打ち、その案を賞賛した。
「それはいい考えです。早いうちに乙姫様の承諾を戴いて、工事を始めましょう。これでこの国は安泰ですな。」
思い付きなのに、一太夫は大げさに感心している。あと二日で地上へ帰るので、適当に褒めているのだろう。
加奈が地下道の入口から顔を出し、外の様子を確認している。サメの攻撃は執拗に続き、上空で群れる黒い影は、さらに増えている。ゼクスのいない無防備なこの地を、一気に攻めようとしている。
「何とか出来んか。そのうち拝塔や屋敷まで壊されそうじゃ。」
漁でサメの襲撃を受けたことはないが、父に対策を教わっていたので、多少の知識はある。サメは視力が弱く、泳ぎを止めると呼吸ができなくなると聞いた。
「一太夫さん、あのサメの視力は弱いか。」
「暗い深海で暮らしていますから、ほとんど見えないでしょう。」
古くから、相手の弱点を衝くという兵法がある。サメの弱い視力を利用する方法がひらめいた。
「槍をいっぱい集めてくれんか、それを道の両側に挿しておく。視力の弱い奴らに槍は見えんじゃろうから、降りてきたらグサリ。どうじゃ。」
「いい方法です。でもこの国には戦さがないので、槍は多くありません。でもハクビの支柱なら沢山あります。長さは七尺ほどで、細いですが曲がりにくく、先はとがっています。槍よりも、都合がいいのでは。」
いつ来たのか、地下道に三十人ほどの農夫が集まっていて、一太夫の号令で数十本の長い槍と、ハクビの支柱が数百本集まった。
すでに準備していたかのような手際のよさに驚いたが、これでサメの攻撃を防げる。
皆が槍と支柱を抱え、農園に飛び出した。襲ってくるサメをかわしながら、道の両側に二間ずつ離して挿していく。
加奈も農夫も加わって、懸命の作業が行われた。
やがて農園の中央を貫く道に、鋭い尖っ先を上に向けた、高さ三尺の細い支柱が二列並んだ。
「大丈夫かのう。」
その時、頭上にシューという音が聞こえ、数頭のサメが前後左右から降下してきた。皆が一斉に、二本並んだ支柱の間で身を伏せる。
バシュ、バシュ……鈍い音がして支柱がきしむ。支柱の先に目をやると、サメの血らしい濁りが、太い筋になって漂っている。
「やった、成功じゃ。」
上空では腹を割かれたサメが、仲間に攻撃を受けているようで、激しい揉み合いが見える。
「サメは目が見えないので、血の臭いを嗅げば仲間でも、何でも襲います。これは役に立ちますな。」
一太夫は、全部の道の両側にハクビの支柱を立てるよう、農夫に指示した。
「さあ、タッピを掘りに行きましょう。」
難が回避できたので、もう安心と一太夫がクワを担いで、タッピ畑へ歩こうとしたが、加奈が止めた。
「サメが退散するまで、様子を見ましょう。」
「そうですな。ひとまず地下道に入りましょうか。」
三人が支柱の間を、大手を振って地下道へ戻る。
するとピク畑の方から、ひときわ大きなサメが地面を這うように、ゆっくり近付いてくるのが見えた。
上方から攻撃していたサメの、二倍はあろう図体で、身震いするほどの殺気が伝わる。
「うわわ、あれがサメの親分か。」
地面を這うように近付くので、立てた槍や支柱は役に立たない。
しかも、手にしているのは二本のクワだけで、地下道まで一丁半はある。走っても逃げ切れない距離だ。
「どうしよう……。」
張り詰めた緊張が辺り一帯に漂う。
加奈が道に立てた槍を一本抜き、自分と一太夫はクワを持って空しく身構える。
ここでジャクが襲って来れば、一撃で決着が付くことは明らかだ。射程圏内に入れば、一気に襲う算段か。
ジャクは五丈(約十五m)ほど先まで接近して来た。黒い身体のあちこちに無数の傷跡が見え、幾多の戦いを勝ち抜いてきた様子が垣間見える。
まともに戦って、到底かなう相手ではない。
「ジャクは、もう上からの攻撃ができないと判断したのでしょう。賢いとは聞いておったのですが、知恵もありますな。」
一太夫の声が震え、加奈の顔も蒼白だ。いよいよ射程に入ったのか、ジャクが頭部を低くして攻撃の姿勢をとった。
絶体絶命とはこのことだ。言いしれない恐怖と緊張が走り、額や首筋から冷たい汗が噴き出す。
---ああ、ここで終わりか。
諦めに似た心境になったとき、サメは泳ぎを止めると、呼吸が苦しくなることを思い出した。
また深海ザメは、尾びれが海底に触れないよう水平に付いていると、一太夫から聞いている。
ジャクの尾を見ると水平だ、これでの対策がひらめいた。
「うまく行くかもしれん。」
うつろな目で、立ったまま固まっている一太夫と加奈の肩を揺り、気付かせようとするが反応しない。
「早う起きてくれー。助かるかもしれんのじゃ。」
すると、二人は同時にハッと気付いて何やらつぶやいた。
「リュウビ様。」




