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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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52/86

六

五-六

 気付(きづ)いたことに安堵(あんど)し、考えた作戦(さくせん)を二人に耳打ちする。

 作戦(さくせん)はこうだ。三人が離(はな)れていれば、ジャクは誰(だれ)か一人を狙(ねら)う。攻撃された者は、まっすぐ後ろに下がる。他の二人はジャクの後部(こうぶ)に回り、尾びれにクワを打ち込んで前進(ぜんしん)を止める。

 さらに道に立てている支柱を、数多(かずおお)く抜いて打ち込み、尾びれの固定(こてい)を強くする。

 槍や支柱で固定(こてい)されたサメは、退(しりぞ)くことも進(すす)むことも出来ず、いずれ呼吸(こきゅう)困難(こんなん)になって死(し)ぬ。

 これは演習(えんしゅう)のない決死(けっし)の作戦(さくせん)で、失敗(しっぱい)すれば全員(ぜんいん)がジャクの餌食(えじき)になる、一か八かの賭(か)けだ。


 迷(まよ)っている場合ではないので決行(けっこう)する。少しずつ離れて一太夫が右に、自分は左へ。加奈はその場で槍(やり)を回(まわ)しながら構(かま)える。

 ジャクの尾びれが大きく波打(なみう)った。鋭(するど)く海水(かいすい)を蹴(け)って、槍(やり)をクルクル回している加奈に向かった。農園の作物(さくもつ)が、ジャクを避(さ)けるように大きく揺(ゆ)らぎ、砂と小石(こいし)が光を放(はな)って宙(ちゅう)に舞(ま)う。

「来たぞ、加奈さん真(ま)っ直(す)ぐ下がれ。一太夫さんとオラは、尾びれに。」

 ジャクの攻撃(こうげき)は、上からの降下(こうか)に比べると、かなり遅い。下がった加奈に向かって、二人の間(あいだ)を巨大(きょだい)な黒い塊(かたまり)が通過(つうか)する。

 渦巻(うずま)く水圧(すいあつ)にあおられながらも、二人がジャクを挟(はさ)んで近付(ちかづ)く。


---ゼクス、護(まも)ってくれぇ。

 弱気(よわき)になってはいけない、成功(せいこう)だけを考えよう。気持(きも)ちを奮(ふる)い立たせて、クワを頭上(ずじょう)に振(ふ)りかぶった。

 目の前を通る尾びれの付(つ)け根(ね)を狙(ねら)い、全(ぜん)体重(たいじゅう)をかけてクワを打ち込(こ)む。クワは思いのほか容易(ようい)に貫(つらぬ)いて、深く地面(じめん)に刺(さ)さった。反対側(はんたいがわ)からも、一太夫(いちだゆう)のクワが打ち込(こ)まれた。

 前進を封(ふう)じられたジャクは驚(おどろ)いて身(み)をよじる。光を含んだ多量(たりょう)の砂が、再(ふたた)び舞(ま)い上がる。

 返(かえ)す体勢(たいせい)で道の支柱を抜(ぬ)き、倒(たお)れこむ勢(いきお)いで尾びれに挿(さ)し込む。一太夫(いちだゆう)も続けざまに挿(さ)す。加奈(かな)も回り込んで槍(やり)や支柱(しちゅう)を挿(さ)す。


 クワ二本と十五本の支柱(しちゅう)が、ジャクの尾びれを固定(こてい)した。竹(たけ)矢来(やらい)さながらに、方々(ほうぼう)の角度(かくど)から深く挿(さ)し込んだ支柱は、容易(ようい)に抜けそうもない。

「もうええじゃろ。さあ逃(に)げよう。」

 作戦(さくせん)は上々だ。三人は一目散(いちもくさん)にその場を離(はな)れた。地下道(ちかどう)の入口でジャクを見ると、尾びれを固定(こてい)された状態(じょうたい)で、もんどり打って激(はげ)しく暴(あば)れている。

 光る砂(すな)がもうもうと立ち込め、その場所(ばしょ)がひときわ明(あか)るい。

「あれが抜(ぬ)けんかったら、奴(やつ)は死ぬ。」


 サメを見やりながら、後(うし)ろ向(む)きに地下道(ちかどう)へ入った。

 壁(かべ)に寄り掛(か)かり、フーッと息を吐(は)く。すると膝(ひざ)がブルブルと震(ふる)え始(はじ)めた。助かったのだ、頭(あたま)の良いジャクから逃(に)げ切れたのだ。しびれるような安堵(あんど)感(かん)が全身を走る。


「太郎殿、もう駄目(だめ)だとあきらめましたが、お陰(かげ)様(さま)で助かりました。」

 一太夫が深々と頭を下げると、加奈も神妙(しんみょう)な顔つきで頭を下げる。

 皆(みな)の無事(ぶじ)が嬉(うれ)しかった。まだ膝(ひざ)の震(ふる)えは止まりそうにないが……。

「あんな時に、よく作戦(さくせん)を考え付(つ)きましたね。私なんかジャクに睨(にら)まれて、意識(いしき)が遠(とお)くなっていたのに。人間(にんげん)、いや太郎(たろう)さんって凄(すご)い。」

 加奈は作戦(さくせん)に感心(かんしん)している。いつも龍(りゅう)の出現を想定(そうてい)しながら漁をしていたので、とっさの作戦(さくせん)につながったのだ。

 壁(かべ)に寄り掛(か)かり、フーッと息を吐(は)く。すると再(ふたた)び膝(ひざ)がブルブルと震(ふる)え始(はじ)めた。

 助かったのだ、頭(あたま)の良いジャクから逃(に)げ切れたのだ。しびれるような安堵(あんど)感(かん)が全身を走る。


 少し落ち着(つ)くと、ふくらはぎと右手(みぎて)がズキズキ痛(いた)む。あの応戦(おうせん)でケガをしたようだ。二人を見ると、加奈の左手(ひだりて)から血が湧(わ)き出し、一太夫は首筋(くびすじ)と額(ひたい)の、大きな傷(きず)から出血している。

「こりゃ、三人ともひどいケガじゃ。加奈さん痛(いた)いじゃろう。」

「え、何ですか。」

「手から血が出とる。一太夫さんも首に。」

 加奈は肘(ひじ)の傷(きず)から流れる血を、右手で拭(ぬぐ)い取った。

「わ、乱暴(らんぼう)なことするんじゃない。見ちょる方も痛(いた)いじゃ。」

 加奈は言葉(ことば)の意味に気付(きづ)いたようで、険(けわ)しい顔になった。

「痛(いた)いです。」


 岩(いわ)の鏡(かがみ)の前で監視(かんし)していたマイスが、呆(あき)れた声で呟(つぶや)いた。

「こうなることは想定外(そうていがい)でしたから、痛(いた)みの感覚(かんかく)までは、皆(みな)に備(そな)えませんでした。森や草原で暮(く)らす地上の動物(どうぶつ)には、致命傷(ちめいしょう)を防(ふせ)ぐために必要(ひつよう)な感覚(かんかく)ですが、うかつでした。」

 魚は何(なに)もない海中(かいちゅう)を泳(およ)ぐので、傷(きず)つく機会(きかい)が少ない。また大きな魚に食べられる宿命(しゅくめい)をもって生まれるため、本能(ほんのう)的(てき)に痛(いた)みの感覚(かんかく)を備(そな)えていないのだ。

 加奈も一太夫も人間(にんげん)知識(ちしき)の学習(がくしゅう)で、痛(いた)みの意味(いみ)は学(まな)んでいた。

 だが実際(じっさい)に傷付(きずつ)き、指摘(してき)されて実感(じっかん)が伴(ともな)わず、どう表現(ひょうげん)してよいのか戸惑(とまど)った。


 サメの襲撃(しゅうげき)で、右手を食(く)い千切(ちぎ)られた中年の男も、太郎が手当(てあて)てを促(うなが)すと「痛(いた)いとは何のことでしょう。」と言って平気(へいき)な顔だった。

「太郎は、気付(きづ)くでしょうか。」

 心配(しんぱい)そうなマイスを見て、隣(となり)で監視(かんし)していたリュウビは笑(わら)った。

「大丈夫(だいじょうぶ)です。二人が上手(うま)く対処(たいしょ)するでしょうから。」

「太郎殿も痛(いた)いでしょう。早く手当てを済(す)ませて帰(かえ)りましょう。」

 互(たが)いに傷口(きずぐち)を布で縛(しば)り合い、地下道を歩いて屋敷(やしき)に向かう。

「ジャクはどうなったじゃろう。」

「この上くらいで、暴(あば)れておりますな。」

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