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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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50/86

四

五-四

「おう太郎殿では。奴(やつ)らはこの血を嗅(か)ぎ付けて降(お)りて来ます。ワシがここで食い止めますので、そのクワを貸(か)してください。太郎殿は早く非難(ひなん)を。」

 助けに来て、逆(ぎゃく)に避難(ひなん)を勧(すす)められている。

 サメに腕(うで)を千切(ちぎ)られているのに、何と気丈(きじょう)な男だろうと感心(かんしん)した。

「あんたこそ、すぐ手当てをせにゃいかん。命(いのち)が危(あぶ)ないじゃ。」

 男は血が噴(ふ)き出す右肩に目をやると、にっこりして左手(ひだりて)を差し出し、クワを要求(ようきゅう)する。

「左手(ひだりて)だけでも、このクワがあれば防げます。」

「あんた、こんな大ケガして痛(いと)うないんか。」

「え、痛(いた)いって何のことでしょう。さあ早く非難(ひなん)を。」


 中年の男はクワを奪(うば)うように取り上げ、上空を見回(みまわ)して警戒(けいかい)体勢(たいせい)をとった。

「あんたも一緒に非難(ひなん)じゃ。ここにおったら危(あぶ)ない、さあ行こう。」

 男の背中を押(お)して、加奈の家に誘導(ゆうどう)しながら、この男の「痛(いた)いとは何のことか。」といった言葉が気になった。痛みを感じないほど、興奮(こうふん)している風でもないが。

「サメに右腕(みぎうで)を千切(ちぎ)られとるのに……。普通なら七転(しちてん)八倒(ばっとう)して苦しむはずじゃが。」

 加奈に疑問(ぎもん)を投げると、加奈も一太夫も少し首を傾(かし)げただけで、何も答えない。


 いよいよサメの総(そう)攻撃(こうげき)が始まるらしい。加奈の家は壊(こわ)される危険(きけん)があるため、一太夫が半丁(はんちょう)ほど先の地下道(ちかどう)へ避難(ひなん)しようと提案(ていあん)した。

 護衛(ごえい)の兵(ひょう)藤(どう)が、長い槍(やり)を手に家を出る。四人が地下道(ちかどう)へ走れるよう、先回(さきまわ)りして警護(けいご)すると言う。

「総(そう)攻撃(こうげき)って。」

「三十頭、いやそれ以上のサメが、一斉(いっせい)に襲撃(しゅうげき)してきます。あそこには恐らく、二百(にひゃく)頭(とう)はいるでしょうな。もしも行く道で攻撃(こうげき)を受けても、兵藤が護(まも)ってくれます。」


 上空では、さらに下へ降(お)りた黒い群(む)れが、ゆっくり旋回(せんかい)している。果たして総(そう)攻撃(こうげき)の前に、地下道(ちかどう)の入口へ着けるのか。

「急ぎましょうぞ。」

 一太夫の先導(せんどう)で、傷ついた男を加(くわ)えた四人が、ハクビ畑に向かって走る。走り始めるとすぐ、頭上(ずじょう)でシューという不気味(ぶきみ)な音がし、二頭(にとう)のサメが四人に向かって急(きゅう)降下(こうか)してきた。

「斜(なな)め後(うし)ろから来ましたぞ、散(ち)りなされ。」

 四人がバラバラに離(はな)れたため、サメは的(まと)を見失(みうしな)って上(じょう)昇(しょう)した。助かったと思ったのも束(つか)の間(ま)、今度は前方(ぜんぽう)と後方(こうほう)から同時に、二頭(にとう)ずつが降下して来た。挟(はさ)み討(う)ちだ。


 もうだめだ……。観念(かんねん)した時、中年の男が左手でクワを振(ふ)り上げ、前方から来るサメに向(む)かった。

 四頭(よんとう)のサメは、血の臭(におい)いがする男に襲(おそ)い掛(か)かり、尾(お)びれを上下に振(ふ)りながら乱暴(らんぼう)に男を食い千切(ちぎ)る。

「グワッ。」

 男の短(みじか)いうめき声(ごえ)とともに、無残(むざん)な血煙(けつえん)が空中(くうちゅう)に広がり、肉片(にくへん)が周辺(しゅうへん)に散(ち)った。

 サメは血の臭(にお)いに興奮(こうふん)して共食(ともぐ)いを始めている。あの男は、我々の身代(みが)わりになったのだ。

「すまない。」

 心の中で手を合わせ、サメが共食(ともぐ)いしている間に、ハクビ畑の手前(てまえ)まで走る。


「加奈殿、横(よこ)から。」

 一太夫が叫んだと同時(どうじ)に、加奈が何かにつまずいて転倒(てんとう)し、腹(はら)ばいになった。サメは加奈のすぐ上を通り過(す)ぎ、上(じょう)昇(しょう)した。まさしく間(かん)一髪(いっぱつ)だ。

 続いてサメが三頭(さんとう)、正面(しょうめん)斜(なな)め上から猛烈(もうれつ)な速度(そくど)で向かって来る。思わず頭を抱(かか)えて、地面に小さくうずくまった。するとこのサメも、すぐ上を通り過ぎるではないか。

「分かったじゃ、サメは地面(じめん)スレスレまでは降(お)りて来ん。腹が地面(じめん)に当たるのを嫌(きら)うようじゃな。」

「あの速(はや)さですから。地面に触(ふ)れると、腹が裂(さ)けるのでしょう。加奈殿のように地面(じめん)に伏(ふ)せればよいのですな。」


「あれは、転(ころ)んだんじゃ。」

 偶然(ぐうぜん)ではあるが、サメからの防御(ぼうぎょ)をひとつ発見(はっけん)した。これで地下道(ちかどう)まで行ける。

 あちこちで、めまぐるしいサメの降下(こうか)と上(じょう)昇(しょう)が見え、農園(のうえん)にいる人達が、次々に襲(おそ)われている様子(ようす)だ。さらに塀(へい)にも体当(たいあ)たりし、家を破壊(はかい)している。とうとう総攻撃(そうこうげき)が始まった。

 頭上(ずじょう)でシューという音が聞(き)こえ、後方(こうほう)と横から数頭(すうとう)が急(きゅう)降下(こうか)してきた。三人が並んで地面(じめん)に伏(ふ)せると、案の定、地面(じめん)から三尺(さんじゃく)ほど上で上(じょう)昇(しょう)する。


「おーい、サメが来たら地面(じめん)に腹(はら)ばいになって、伏(ふ)せるんじゃあ。」

 遠くの人々に、大声(おおごえ)で知らせる。果たして聞(き)こえただろうか。

 全身(ぜんしん)を耳(みみ)にして、身を伏(ふ)せる体勢(たいせい)を取りながら走(はし)る途中、兵(ひょう)藤(どう)の長い槍(やり)が落ちていた。

「これは兵(ひょう)藤(どう)の槍(やり)じゃ。サメに殺られたか。」

「ここで我々を待っていて、襲(おそ)われたのでしょう。穂先(ほさき)に血(ち)のりが付いていますから、戦(たたか)っていますね。」


 身代(みが)わりになってくれた二人(ふたり)の、冥福(めいふく)を祈(いの)りながら走る。地下道の入口に着き、加奈が扉(とびら)を開けて三人が飛(と)び込んだ。

 無事(ぶじ)に避難(ひなん)はできたが、このままではサメの襲撃(しゅうげき)が激(はげ)しくなるばかりだろう。

「ゼクスがいない今、防(ふせ)ぐ手立(てだ)てがございません。」

 一太夫が頭(あたま)を抱(かか)えて考(かんが)え込むものの、そう簡単(かんたん)に対策(たいさく)は思いつかない。

「乙姫様は無事(ぶじ)じゃろうか。」

「拝塔におりますので、大丈夫(だいじょうぶ)かと。」

 いくら知恵(ちえ)のあるサメでも、屋敷や拝塔(はいとう)の中までは入らない。いや賢(かしこ)いからこそ、人間が作った建物(たてもの)への侵入(しんにゅう)が、危険(きけん)であることを知っている。

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