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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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49/86

三

五-三

「乙姫様ですか。今日は拝塔に入られて、お祈(いの)りをします。」

「そうか。相談(そうだん)相手(あいて)が死んで、気の毒(どく)じゃ。」

 この国は地面から光が噴出(ふんしゅつ)して足元(あしもと)は明るいが、空は真(ま)っ暗(くら)だ。何を見ているのだろうと上空を眺(なが)めてみるが、キラキラ輝(かが)く魚の群(む)れ以外、星も雲(くも)も何もない。

 一太夫は、それでも上空(じょうくう)をチラチラ見やりながら、今後(こんご)の乙姫についてつぶやく。

「太郎殿が乙姫様の相談(そうだん)相手(あいて)になってくだされば、きっとお喜(よろこ)びになられる。これからの国を治(おさ)めてゆくには、太郎殿が必要(ひつよう)ではないかと。」

「オラは漁(りょう)しか能(のう)がないで、ゼクスの代(か)わりにはなれん。」


 軽口(かるぐち)だと思って、受け流した。一太夫もそれ以上、話を続(つづ)けなかった。

 前方(ぜんぽう)から灰色(はいいろ)の着物に赤い前掛(まえか)け姿で、手にクワを二本(にほん)持った加奈が歩いてくる。

「おう加奈さん。今日はハクビ畑(ばたけ)か。」

「いえ、一緒(いっしょ)に農園めぐりですよ。タッピが実っていますので、掘(ほ)りましょう。その場(ば)で食べられます。」

 それでクワを二本(にほん)持ってきたのか。音根と丘(おか)の畑(はたけ)で大根(だいこん)を掘(ほ)った時、作物(さくもつ)の収穫(しゅうかく)が想像(そうぞう)以上(いじょう)に心を満(み)たした。今度は加奈と一緒なので心が躍(おど)る。


「タッピとは、どういう作物(さくもつ)じゃ。」

「赤い根がとっても柔(やわ)らかくて、美味(おい)しい海藻(かいそう)です。あれがそうです。」

 加奈が指(ゆび)さす畑には、赤い根が地面(じめん)からせり出した海藻(かいそう)が見える。今日は農園に誰もいないと思っていたが、意外(いがい)にも大勢(おおぜい)の人が出て働いていた。加奈と目ぼしいタッピを探(さが)す。

「あの人達は、祈祷(きとう)せんのか。」

 一太夫にたずねると農夫たちは、すでに祈祷(きとう)を終えて出ているのだと言う。

 加奈が示(しめ)したタッピの周(まわ)りをクワで掘(ほ)ると、そこから多くの光が噴出(ふんしゅつ)して眩(まぶ)しい。どんどん掘(ほ)り下げると、赤い根が抜(ぬ)き取れるほどになった。


「もう手で抜(ぬ)けそうじゃ。」

 加奈が見にきた。

「まあ、大きなタッピですこと。下の方を持って真上(まうえ)に引けば抜けます。真上(まうえ)ですよ。」

 根元(ねもと)を両手で掴(つか)み、ゆっくり真上(まうえ)に引き上げると、タッピは抵抗(ていこう)なく抜(ぬ)けてゆく。

「こりゃ長いな。」

 背丈(せたけ)以上(いじょう)ある長さだ。タッピを頭上(ずじょう)まで抜(ぬ)き上げた勢(いきおい)いで上を見ると、上空(じょうくう)に何やら動く黒い物体(ぶったい)が目に入った。

 先ほどは何もなかったが、真(ま)っ暗(くら)な空でうごめく物体(ぶったい)は不気味(ぶきみ)だ。

「何じゃ、あれは。」

 上空(じょうくう)を見ていると、一太夫と兵藤(ひょうどう)が駆(か)けて来た。加奈もこわばった表情(ひょうじょう)だ。


 ここへ来る途中(とちゅう)、一太夫が上空(じょうくう)をうかがっていたのは、その異変(いへん)に気付いていたのだろう。

「太郎殿、急(いそ)いで屋敷に……。いや加奈殿の家が近いので、まずそちらに入りましょう。」

「何が起こっとる。」

 一太夫は返事(へんじ)もせず、手招(てまね)きしながら加奈の家へ向かう。

「何(なん)で慌(あわ)てとるんじゃ。」

 一太夫を追いながら加奈に聞くと、黙(だま)って空を指さす。先ほど見た不審(ふしん)な黒い物体(ぶったい)が、よく話に出てきた深海(しんかい)ザメと理解(りかい)するのに、時は必要(ひつよう)なかった。

「あれが来たんか。」

「そのようです。」

 四人が加奈の家に飛び込んだ。扉(とびら)を少し開けて上空(じょうくう)を見ると、黒い物体(ぶったい)が輪(わ)を描(えが)くように回っている。深海(しんかい)ザメは下方(かほう)に集まっているようで、かなりの数(かず)だ。


「奴らに、ゼクスの葬儀(そうぎ)を見られたようです。久しく攻撃(こうげき)がなかったので油断(ゆだん)しました。」

 そう言えば、拝塔の前庭で国民そろって葬儀(そうぎ)し、農園まで台(だい)に乗せて運んだ。深海(しんかい)ザメに、ゼクスの死(し)を教(おし)えたようなものだ。

 この海峡(かいきょう)の深海ザメは、首領(しゅりょう)のジャクによって統制(とうせい)されていると聞いた。

 ジャクは頭の切(き)れるサメで、警戒(けいかい)の裏を衝(つ)かれて甚大(じんだい)な被害(ひがい)を被(こうむ)ってきたそうだ。ゼクス亡(な)き今、もう紫(むらさき)色(いろ)の光線(こうせん)で応戦(おうせん)されないことを知っている。

「ジャクは、もう我々を襲(おそ)っても大丈夫と、判断(はんだん)したのでしょう。困(こま)った事態(じたい)になりました。」


 一太夫が頭を抱(かか)えて座り込む。すると一頭(いっとう)のサメが、農園の中央(ちゅうおう)付近(ふきん)へ降下(こうか)した。

「来た、あそこに誰かいるのだ。」

 海藻(かいそう)が大きく揺(ゆ)らぐ。サメは赤黒(あかぐろ)い煙のようなものを引きながら、上(じょう)昇(しょう)した。

 海藻(かいそう)に隠(かく)れていた誰かを襲(おそ)ったようだ。その場所から、ゆっくり血煙(けつえん)が湧(わ)き上がった。ここは海底なので血は海中(かいちゅう)に漂(ただよ)う。

「誰かやられた。」

 ハクビ畑の向こう側(がわ)でも、別の一頭(いっとう)が降下して血煙(けつえん)が湧(わ)き上がった。ここから近い。

「大変じゃ、助けに行く。」


 壁(かべ)に立て掛(か)けたクワを持って飛(と)び出(だ)そうとすると、一太夫が両手を広げて制(せい)する。

「何のために。」

「何のためって……。畑にいる人が殺(や)られとるんじゃ、助けんと。」

「襲(おそ)われた者は、もう駄目(だめ)です。それより太郎殿は、ご自身を守(まも)ることを考えてくだされ。」

「いや、指をくわえて見捨(みす)てることはできん。」

 制止(せいし)を振り切り、上空(じょうくう)をうかがいながら外に出た。

「不可解(ふかかい)なことを。」

 一太夫の呆(あき)れた声を背(せ)で聞きながら、一人でも助けたい衝動(しょうどう)に駆(か)られる。


 襲ってくる気配(けはい)がないことを確認(かくにん)すると、先ほど血が湧(わ)き上った場所へ、身を低(ひく)くして向かった。

 前方(ぜんぽう)から、右腕を千切(ちぎ)られた中年の男が、肩から血を噴(ふ)き出しながら歩いて来る。

「わあ、ひどいケガじゃ、すぐ手当(てあ)てを。」

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