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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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36/86

三

四-三

 白木(しらき)の壇(だん)の脇(わき)にある扉が開き、揃(そろ)いの赤い着物(きもの)を着た女児(じょじ)二十(にじゅう)人が、小走(こばし)りで現れた。

 続いて青い着物(きもの)を着た十(じゅう)人の男児(だんじ)が、太鼓(たいこ)や笛(ふえ)を手に並んで出てきた。全員(ぜんいん)が壇(だん)の前に整列(せいれつ)すると、後方(こうほう)から小柄(こがら)な老人(ろうじん)が近付き、前に座って笑(え)みを浮(う)かべる。

「拙者(せっしゃ)は二太夫(にだゆう)と申(もう)しまする。乙姫(おとひめ)様(さま)は豊作(ほうさく)祭(さい)の祀(まつり)りごとを終(お)え次第(しだい)、こちらに向かうと申しております。」

 あいさつと報告(ほうこく)を終えて一礼(いちれい)すると、自分の横に来て座った。

「お待ちいただく少しの間(あいだ)、この子(こ)達(たち)の舞(まい)いをご覧(らん)になりながら、お寛(くつろ)ぎくだされ。」


 一太夫とそっくりの顔立(かおだ)ちだが、服装(ふくそう)も髷(まげ)も違う。不思議(ふしぎ)そうにしていると、その心中(しんちゅう)を悟(さと)ったのか、二太夫(にだゆう)が耳元(みみもと)で囁(ささや)いた。

「一太夫と双子(ふたご)で、拙者(せっしゃ)は弟(おとうと)でござる。」

 二太夫(にだゆう)が小さく右手を挙(あ)げると、広間に笛(ふえ)や太鼓(たいこ)の澄(す)んだ音が響(ひび)き、赤い着物(きもの)の女児(じょじ)が壇(だん)に駆(か)け上がって、舞(ま)いを始めた。

 一分の乱(みだ)れもない身振(みぶ)り手振(てぶ)りは、見事(みごと)と言うしかない。この部屋に入った時の不安と、緊張(きんちょう)感(かん)がほぐれるのを感じながら見とれた。

 どれほどの時が過(す)ぎただろう、壇(だん)の脇(わき)にある扉が再(ふたた)び開いた。十人の侍(さむらい)達が、すり足で入ってきて、扉の前で二手(ふたて)に分かれ整列(せいれつ)する。


 入れ替(か)わりに踊(おど)り子やお囃子(はやし)の子供達が、扉の奥(おく)へ消えた。再び広間に静寂(せいじゃく)が漂(ただよ)う。

---次に何が起こる。

 扉を見つめる。もう何が起ころうとも防(ふせ)ぐ手立(てだ)てはないのだ。覚悟(かくご)せよ、太郎。

「お越(こ)しですぞ。」

 横の二太夫(にだゆう)が低(ひく)い声でつぶやいた時、扉から若い女が姿(すがた)を現わした。白い布(ぬの)をゆったりと身体(からだ)にまとい、頭には大きな冠(かんむり)がキラキラ輝(かがや)いている。

 両脇(ぎょうがわ)に随行(ずいこう)する四人の子供が、ユラユラと空間(くうかん)を漂(ただ)う白い布の端(はし)を手にしている。

 壇上(だんじょう)へ歩を進める女の姿を、息を呑(の)んで見つめた。二十(にじゅっ)歳(さい)くらいかと思われる若くて、美しい女が壇(だん)の中央(ちゅうおう)に座り、こちらに向かって小さく頭を下げた。

「乙姫様(おとひめさま)です。」


 小さな声でつぶやく二太夫(にだゆう)。ここから壇までは距離(きょり)があり、女の表(ひょう)情(じょう)までは十分(じゅうぶん)に見て取れないが、随行(ずいこう)する子供や警護(けいご)の侍(さむらい)を見れば、この女が乙姫(おとひめ)であることは容易(ようい)に察(さっ)しがついた。

「乙姫様(おとひめさま)が手招(てまね)きされています。前へ進みましょう。」

 二太夫(にだゆう)が袖(そで)を引っ張って、壇(だん)の近くまで導(みちび)く。

「ええのか。」

「勿論(もちろん)です。太郎殿をお招(まね)きしたのは乙姫様(おとひめさま)ですよ。ささ、遠慮(えんりょ)なさらずに。」

 二人は壇(だん)の方へ並(なら)んで歩き、二間ほど手前(てまえ)で座った。顔を上げると乙姫(おとひめ)は微笑(ほほえ)んでいた。


 純白(じゅんぱく)の衣裳(いしょう)に負けない、透(す)き通るような白い肌(はだ)、胸まで垂(た)らした長い黒髪(くろかみ)、切れ長で大きな黒い瞳(ひとみ)、小さな赤い唇(くちびる)の整(ととのった)った顔立(かおだ)ち。

 まるで天女(てんにょ)が舞(まい)い降(お)りたような美貌(びぼう)に圧倒(あっとう)されながら、ふと脳裏(のうり)をよぎるものがあった。

---音根。

 どう見ても別人(べつじん)だが、どことなく音根を感じ、胸が激(はげ)しく鼓動(こどう)する。

「太郎様、ようこそ龍宮(りゅうぐう)へ。私は乙(おと)と申します。あなた様にお会いできることを、心待(こころま)ちにしておりました。」

 何と、声も音根の雰囲気(ふんいき)がある。ここは心を落ち着(つ)かせ、敢(あ)えて口元を緩(ゆる)めた表情で、乙姫を直視(ちょくし)することにした。


「乙姫様に会えて、オラもうれしいじゃ。」

「太郎様はお一人で龍(りゅう)と戦(たたか)い、倒(たお)したと聞き及(およ)んでおりましたので、熊(くま)のような勇(いさ)ましい体躯(たいく)かと想像(そうぞう)しておりましたが。」

 目を細(ほそ)めて微笑(ほほえ)む乙姫に、気持ちをほぐされ緊張(きんちょう)が緩(ゆる)む。ここで熊(くま)という言葉を初めて聞いたので、それが何かを無性(むしょう)に知りたくなった。

「熊(くま)って誰じゃ。とても強(つよ)い侍か。」

「太郎様の世界(せかい)には、いないのですね。熊(くま)とは、あなた様の五倍(ごばい)も大きく、力の強い勇敢(ゆうかん)な動物(どうぶつ)です。この国におりますので機会(きかい)があれば、ご覧(らん)いただきましょう。」

「そんな大きい動物(どうぶつ)に襲(おそ)われたら、イチコロじゃな。」


 すると二太夫(にだゆう)がアゴを突(つ)き出し、皮肉(ひにく)まじりの口調(くちょう)で喋(しゃべ)る。

「熊(くま)は心根(こころね)のやさしい動物(どうぶつ)です。どこぞの理不尽(りふじん)で凶暴(きょうぼう)な族(ぞく)と違い、むやみに襲(おそ)ったり殺(ころ)したりしません。」

 二太夫の視線(しせん)は乙姫に、口述(こうじゅつ)はこちらに向いていた。

「どこぞの理不尽(りふじん)で凶暴(きょうぼう)な族(ぞく)って、オラのことか。」

 二太夫が慌(あわ)てて口を覆(おお)う。

「二太夫さん、言葉に気を付けなさい。太郎様のご機嫌(きげん)を損(そこ)ねる言動(げんどう)は、容赦(ようしゃ)できませんよ。」

 乙姫の一喝(いっかつ)で、二太夫は背を丸くして恐(おそ)れ入った。だが心に引っ掛(か)かる言葉と、表(ひょう)情(じょう)だった。


「宴(うたげ)の用意が整(ととの)ったようですので、隣(となり)の部屋に移りましょう。太郎殿は拙者(せっしゃ)と、こちらへ。」

「では宴(うたげ)の場で、お会いしましょう。」

 乙姫が立ち上がり、奥(おく)の扉に姿(すがた)を消した。それを確認(かくにん)して、二太夫が大きな赤い扉の方へ促(うなが)したので、後(うし)ろに付いた。

「先ほどはご無礼(ぶれい)いたした。お気に触(さわ)ったのなら謝(あやま)ります。」

「気にしとらん。オラもムキになって悪(わる)かった。」

 七(なな)色(いろ)に輝(かがや)く廊(ろう)へ出ると、十人の侍が腰を低くして五人(ごにん)ずつ両側(りょうがわ)に付いた。先頭(せんとう)には一太夫(いちだゆう)がいる。


「宴(うたげ)の部屋は、あちらでございます。」

 先導(せんどう)する一太夫(いちだゆう)の丸まった背の後(うし)ろを、侍に挟(はさ)まれて進む。歩くたびに廊(ろう)が足許(あしもと)で色彩(しきさい)を変(か)えるので、あたかも身体(からだ)が浮遊(ふゆう)している錯覚(さっかく)さえある。

 灯(あか)りがないのに屋敷(やしき)内(ない)全体(ぜんたい)が明るいので、夜は一体どうなるのかという疑問(ぎもん)が浮(う)かんだ。

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