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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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35/86

二

四-二

 上がり口の両脇(りょうわき)に、きれいな衣裳(いしょう)の十五(じゅうご)歳(さい)前後(ぜんご)の男女(だんじょ)が十人ずつ、壁を背に正座(せいざ)して両手(りょうて)を付き、自分を迎(むか)えている。

 ショウの言ったとおり、まさしく人間がいた。これを現実(げんじつ)として受け入れていいのか……。その人間は、表(おもて)島(じま)でも見たことのない、豪華(ごうか)な衣装(いしょう)だ。

 そして余(あま)りの歓迎(かんげい)ぶりに、身が固(かた)まる。

---ど、どうすりゃええんじゃ。どこへ行きゃ……。

 すると奥から薄茶(うすちゃ)の羽織(はおり)・袴(はかま)姿(すがた)で、後頭(こうとう)部(ぶ)に小さな髷(まげ)を結(ゆ)った、小柄(こがら)な老人が近付(ちかづ)いてきた。前に立ち、一度(いちど)深(ふか)く頭を下げると、にっこり笑いながら中へ入るよう右手で促(うなが)した。


「ようこそ太郎殿、拙者(せっしゃ)は一太夫(いちたゆう)と申しまする。そなたの案内(あんない)役にございます。ささ、どうぞ中へ。」

「……。」

 導(みちび)きに従(したが)って上がり口へ向かい、草履(ぞうり)を脱(ぬ)ごうとすると、一太夫(いちだゆう)はそれを制(せい)した。

「ここは海の中ですから、そなたの草履(ぞうり)は汚(よご)れておりません。そのままお上(あ)がりくだされ。どうぞ、遠慮(えんりょ)はいりませぬ。」

 後(うし)ろ手に組(く)んだ一太夫(いちだゆう)に付いて、両側で平伏(へいふく)する子供(こども)達(たち)の間を、背を丸(まる)めて通り抜(ぬ)ける。

 その少し奥(おく)にも、立派な衣装(いしょう)の侍(さむらい)が、廊(ろう)の両側に十人ずつ正座(せいざ)し、前に差し掛(か)かると平伏(へいふく)する。

---まったく、大仰(おうぎょう)過ぎやせんか。


 こんな過大(かだい)な迎えを受ける身分(みぶん)ではなく、そういった経験(けいけん)もない。目だけで辺りを見回(みまわ)しながら歩く。

 長い廊(ろう)には窓(まど)も行灯(あんどん)もないのに、めっぽう明るい。それは白い壁(かべ)や赤い柱(はしら)、彫刻(ちょうこく)を施(ほどこ)した高い天井(てんじょう)そのものが光を放(はな)っているのだと、すぐに解(げ)した。

「あ、あ、い、一太夫(いちだゆう)さんじゃったな。オラ、こんな立派(りっぱ)な御殿(ごてん)に来たことがないで、頭が妙(みょう)になっとる。」

 ここに来て、初めて発(はっ)した言葉(ことば)がこれである。

「太郎殿は客人(きゃくじん)ですから、そう硬(かた)くならずに、楽(たの)しんでくだされ。」

 半分ほど振(ふ)り向いた一太夫(いちだゆう)の声に、少し心が和(やわ)らいだ。足許(あしもと)に目をやると、廊(ろう)は七色(なないろ)に変化しながら輝(かがや)いている。


「この廊(ろう)もきれいじゃ。」

「貝殻(かいがら)を砕(くだ)いて敷(し)き詰(つ)めておりまする。お気に召(め)されたとは、嬉(うれ)しい限(かぎ)りです。」

「いやはや、このような屋敷(やしき)を造(つく)った乙姫様(おとひめさま)は、大層(たいそう)な石高(こくだか)のお方(かた)じゃろう。」

「石高(こくだか)とか、そんなものはこの国にはございません。乙姫様(おとひめさま)は龍(りゅう)がいなくなったので、大切なお方をお迎(むか)えするために、建(た)て変えられたと聞いております。」

 今度は振(ふ)り向きもせず、手を後ろに組んだまま廊(ろう)を進む。

「今まで、どんなお方が迎(むか)えられたんじゃ。」

「さあて、拙者(せっしゃ)は太郎殿の案内を仰(おお)せ遣(つか)ったが、他(ほか)は知りませぬ。」


 廊(ろう)の中ほどまで歩くと侍(さむらい)が四人、壁を背にして一列(いちれつ)に立っている。その向(む)かいに赤い大きな扉がある。

 一太夫(いちだゆう)が振(ふ)り返って微笑(ほほえ)み高(たか)さ三間、幅(はば)二間はある、大きな扉の前に立って背を伸(の)ばした。

 縁取(ふちど)りは黄金(おうごん)で、全面(ぜんめん)にきめ細かな市松(いちまつ)模様(もよう)の彫刻(ちょうこく)が散(ち)りばめてある。これが部屋の扉とは。

「この国には、さぞ腕(うで)のええ彫(ほ)り師(し)がおるんじゃろうな。」

 だが返事(へんじ)はない。差江(さえ)の城とは比べ物にならない拵(こしらえ)えに、美術(びじゅつ)品を眺(なが)める心地(ここち)で感嘆(かんたん)していると、一太夫(いちだゆう)が扉に手を触(ふ)れ、音もなく左右(さゆう)に開いた。


「太郎殿をお迎(むか)えする、接見(せっけん)の間でございます。お入りになって、ごゆるりとお寛(くつろ)ぎくだされ。」

 一太夫に付いて入ると、四丈(約十二m)角はあろう広間(ひろま)だ。真(ま)っ白の壁に真紅(しんく)の丸い柱が、同じ間隔(かんかく)で埋(う)め込まれ、その間には華頭形(かとうけい)で朱塗(しゅぬ)りの障子(しょうじ)窓が。

 高い天井は輝(かがや)く金箔(きんぱく)で、床(ゆか)には太い金糸(きんし)や赤糸(せきし)で織(お)り込んだ、色鮮(いろあざ)やかな敷物(しきもの)が全面に敷(し)き詰(つ)められている。

 広間(ひろま)の奥に白木(しらき)の壇(だん)があり、その正面(しょうめん)に案内(あんない)された。茫然(ぼうぜん)と立っていると一太夫が座(ざ)布団(ぶとん)を差し出し、座るように促(うなが)して扉から出ていった。


 誰もいない広間(ひろま)に一人(ひとり)で座っていると、いい知れない不安(ふあん)が襲(おそ)う。海底という未知(みち)の世界(せかい)、贅(ぜい)を極(きわ)めた屋敷。そればかりか、音が全(まった)くしないことも不安(ふあん)をあおる。

「ここに来る前から覚悟(かくご)はできとる。何が出ても驚(おどろ)かんぞ。」

 自分を奮(ふる)い立たせようと、必死(ひっし)に暗示(あんじ)をかける。だが不安(ふあん)は、それに負(ま)けじと強く迫(せま)る。

「そうじゃ、お母(かあ)が包(つつ)んでくれた梅(うめ)と、音根の握(にぎ)り飯(めし)があった。」

 気を紛(まぎ)らわせるにはちょうどいい。首に巻(ま)いていた風呂敷(ふろしき)を膝(ひざ)の上で解(と)く。

「梅(うめ)は海の中にないじゃろうと、手土産(てみやげ)に持ってきたが、こりゃ恥(は)ずかしゅうて出せんな。」

 母には悪(わる)いと思いながら風呂敷(ふろしき)を広げると、五十(ごじゅっ)個(こ)ばかりの梅の実(み)は、黒く干(ひ)からびて縮(ちぢ)み、種(たね)にこびり付いている。


 音根にもらった五個の握(にぎ)り飯(めし)も、小さく固(かた)まって形なく炭化(たんか)し、ポロポロ崩(くず)れる筍(たけのこ)の皮(かわ)に付いていた。

 海の中なので、地上(ちじょう)と同じ状態(じょうたい)を保(たも)てなかったと思うが、まるで五年(ごねん)も十年(じゅうねん)も前から持っていたような変質(へんしつ)ぶりに驚(おどろ)いた。

「まだ何日(なんにち)も過(す)ぎとらんのに、海の中ではこんなに痛(いた)むもんか。」

 そういえば海に入って、この屋敷(やしき)に着くまで何十(なんじゅう)日、いやそれ以上の長い間(あいだ)、ショウの甲羅(こうら)に乗っていた気がしたが、劇的(げきてき)な環境(かんきょう)の違いに翻弄(ほんろう)された錯角(さっかく)と思っていた。


「まさか。オラの思い過(す)ごしじゃ。海の底に来て、やっぱり頭が妙(みょう)になっとる。」

 仕方(しかた)がないので、小さくなった梅(うめ)と握(にぎ)り飯(めし)を、風呂敷(ふろしき)ごと丸めて懐(ふところ)深くに仕舞(しま)った。

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