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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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37/86

四

四-四

「この屋敷(やしき)の中は、夜になると暗(くろ)うなるんか。」

 隣(となり)の侍に問(と)いかけてみたが、何も答えない。別(べつ)の侍にも問うが、返答(へんとう)がない。

 そっと横目(よこめ)で顔を覗(のぞ)き見ると、どの顔にも表(ひょう)情(じょう)が感じられない。

---こいつらは死人(しにん)か、もしや人型(ひとがた)か。

 すると二太夫(にだゆう)が、後方から急(いそ)ぎ足で近付(ちかづ)いてきた。

「屋敷(やしき)は暗くなりませぬ。なぜなら、この壁(かべ)や柱(はしら)、天井(てんじょう)そのものが光っているからです。それと従属(じゅうぞく)の者は乙姫様の許可(きょか)なく、太郎殿とお話ができないのです。ご容赦(ようしゃ)くだされ。」

「何故(なぜ)じゃ。」


「それは先ほどの拙者(せっしゃ)のように、そなたがお気に召さぬことを口走(くちばし)ると、乙姫様が悲(かな)しむからです。」

 少し歩き、また大きな扉の前に立った。この扉には松(まつ)に佇(たたず)む鶴(つる)や、空を羽(は)ばたく数羽(すうわ)の鶴(つる)などを金、銀で彫刻した装飾(そうしょく)が配置(はいち)されている。

「見事な細工(さいく)じゃなあ。この屋敷(やしき)は全部(ぜんぶ)こんな調子か。」

 誰(だれ)一人それに答えないまま、大きな扉が音もなく左右(さゆう)に開いた。二太夫に軽く背中(せなか)を押されて中へ入ると、先の接見(せっけん)の間を二(ふた)部屋(へや)合わせたくらいの、大広間が目前(もくぜん)に広がった。

 大広間にも松(まつ)と鶴(つる)の絵や、彫刻(ちょうこく)が配備(はいび)されている。

 座敷(ざしき)には向かい合わせた食膳(しょくぜん)が、四列(よんれつ)並んであり、全部で百膳(ひゃくぜん)はある。


 あちらこちらに羽織(はおり)の侍たちや、農夫(のうふ)らしい姿の男女(だんじょ)が数人(すうにん)ずつ座り、もう楽しげに酒杯(しゅはい)を酌(く)み交(か)わしていた。

 自分は漁師(りょうし)育ちで、礼儀(れいぎ)作法(さほう)は学(まな)んでいないが、宴席(えんせき)とは誰かの音頭(おんど)で始(はじ)まると聞いている。だから勝手(かって)に盛(も)り上がっているのは、どうも解(げ)せない。     

「太郎殿の席(せき)は、あちらでございます。」

 一太夫が指(ゆび)さした先は、大広間の奥(おく)に位置(いち)する金(きん)屏風(びょうぶ)の前、つまり最(さい)上座(じょうざ)だ。座布団(ざぶとん)は大きく色も豪華(ごうか)で、さぞかし偉(えら)い御仁(ごじん)が座るであろう席(せき)に違いない。


「オラが座るところじゃないけ、他(ほか)の席(せき)にしてくれんか。」

「太郎殿が座る御席(おんせき)です。今日は豊作(ほうさく)祭(さい)の初日(しょにち)ですが、太郎殿の歓迎(かんげい)の日でもある訳(わけ)でして。」

 仕方なく座ったが、落ち着かない。上座(じょうざ)から大広間を見渡(みわた)すと、いつの間にか侍(さむらい)達が大勢(おおぜい)集まっていて、和(なご)んでいる。

 その後(あと)も農夫(のうふ)や職人(しょくにん)風の者が、ゾロゾロ入って膳(ぜん)を埋(う)めていく。

 この国は身分(みぶん)の区別(くべつ)なく、平等(びょうどう)な席(せき)に座るのだと感心(かんしん)したが、八列(はちれつ)の膳(ぜん)があらかた埋(う)まって酒も交(か)わし、もう食事(しょくじ)も楽しんでいるなんて……。

 あまりにも無礼(ぶれい)な行為(こうい)だと思い、一大夫に問(と)うてみる。


「主(あるじ)である乙姫様が来て、合図(あいず)や挨拶(あいさつ)があって、宴(うたげ)が始まるのと違うんか。」

 隣(となり)の一太夫を見ると、すでにムシャムシャと食事(しょくじ)中だ。

「宴(うたげ)は始まっております。さあ太郎殿もどうぞ。」

 この国には、この国の流儀(りゅうぎ)や作法(さほう)があると思い、従(したが)うべきだと小さくうなずいた。

 黒(くろ)塗(ぬ)りの膳(ぜん)には、見たこともない料理が盛(も)られている。

「これは何という料理じゃ。奇妙(きみょう)な色をしとる。」

「これはハクランと申しまして、ハクビという海藻(かいそう)の茎(くき)を刻(きざ)んで和(あ)えた、我々の主食(しゅしょく)です。

その横の黄色(きいろ)いのがカンで、たいそう香(こう)ばしい料理です。まあ食(しょく)してくだされ、きっとお気に召(め)す。」


 一太夫に勧(すす)められるまま、箸(はし)を付けてみた。すると今まで味わったことのない、風雅(ふうが)な香りと味が口の中を満(み)たす。

 酒も勧(すす)められて杯(はい)を傾(かたむ)けた。これもまた万作(まんさく)の家や、差江(さえ)の城(しろ)で飲んだ酒とは違(ちが)い、格段(かくだん)に旨(うま)い。

 飲みながら、またひとつの疑問(ぎもん)が頭をよぎった。

「ここは海の中じゃろ。何で酒が注(つ)げるんじゃ。海水(かいすい)に溶(と)けてしまわんのか。」

 顔の前で手を振(ふ)ってみるが、海水の気配(けはい)がない。ここは本当に海の中か、それとも夢をみているのか。

「ハハハ、そんなことを気にしなさるとは。ここは海の中ですが、酒と海水(かいすい)は混(ま)ざりません。風呂(ふろ)にも入れますぞ。」


 訳(わけ)の分からない説明(せつめい)だが、無理(むり)にでも納得(なっとく)するしかない。

「こんな美味(おいし)い料理や酒が、この世にあったんか。」

「喜(よろこ)んでいただき、拙者(せっしゃ)も嬉(うれ)しい。さあさあ、遠慮(えんりょ)のうやってくだされ。」

 料理を食べ尽(つ)くすと、すぐ次(つぎ)の膳(ぜん)が運ばれて来る。だから膝(ひざ)の前は、常(つね)に料理で溢(あふ)れる。

 極上(ごくじょう)の味(あじ)わいに、つい限度(げんど)を越(こ)えていることに気付(きづ)かないまま、四の膳(ぜん)まで進んでいた。酒はどのくらい飲んだのか見当(けんとう)がつかず、目の前がグルグル廻(まわ)る。

「ちょっと横(よこ)になりたい。」

 苦(くる)しげにつぶやくと、一太夫が布張(ぬのば)りの立派(りっぱ)な木枕(きまくら)を差し出した。


「太郎殿、まだまだ宴(うたげ)は長い。乙姫様のご来場(らいじょう)も先(さき)ですので、ひと眠(ねむ)りなさればよろしい。時(とき)が来たら起こして進(しん)ぜよう。」

 もう限界(もう)が来ていたので、一太夫の言葉が終わらないうちに横(よこ)になっていた。

 フカフカの座布団(ざぶとん)と、安定感(あんていかん)のある木枕(きまくら)の感触(かんしょく)も手伝って、急速(きゅうそく)に眠りが襲(おそ)う。

 ふと目が覚(さ)め、行儀(ぎょうぎ)を気にして飛び起きたが、宴(うたげ)は変(か)わりなく続いていた。

 すでに酔(よ)いは覚(さ)めて、腹も空(す)いている。どのくらい眠(ねむ)ったのだろう。周(まわ)りを見渡(みわた)すと、眠る前と様子(ようす)が何も変わっていない。

「よう寝(ね)たようじゃ。頭がすっきりしとる。」


「お目覚(めざ)めですか。そろそろ乙姫様がご来場(らいじょう)なされるので、ちょうど良かったですな。」

 突然(とつぜん)、かん高い笛(ふえ)の音色(ねいろ)が大広間に響(ひび)き渡った。金(きん)屏風(びょうぶ)の裏(うら)から、三十人ほどの踊(おど)り子たちが花笠(はながさ)を手にし、大広間の中央(ちゅうおう)で二列(にれつ)に座った。

「乙姫様のご来場(らいじょう)ですぞ。」

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