三
四-三
白木の壇の脇にある扉が開き、揃いの赤い着物を着た女児二十人が、小走りで現れた。
続いて青い着物を着た十人の男児が、太鼓や笛を手に並んで出てきた。全員が壇の前に整列すると、後方から小柄な老人が近付き、前に座って笑みを浮かべる。
「拙者は二太夫と申しまする。乙姫様は豊作祭の祀りごとを終え次第、こちらに向かうと申しております。」
あいさつと報告を終えて一礼すると、自分の横に来て座った。
「お待ちいただく少しの間、この子達の舞いをご覧になりながら、お寛ぎくだされ。」
一太夫とそっくりの顔立ちだが、服装も髷も違う。不思議そうにしていると、その心中を悟ったのか、二太夫が耳元で囁いた。
「一太夫と双子で、拙者は弟でござる。」
二太夫が小さく右手を挙げると、広間に笛や太鼓の澄んだ音が響き、赤い着物の女児が壇に駆け上がって、舞いを始めた。
一分の乱れもない身振り手振りは、見事と言うしかない。この部屋に入った時の不安と、緊張感がほぐれるのを感じながら見とれた。
どれほどの時が過ぎただろう、壇の脇にある扉が再び開いた。十人の侍達が、すり足で入ってきて、扉の前で二手に分かれ整列する。
入れ替わりに踊り子やお囃子の子供達が、扉の奥へ消えた。再び広間に静寂が漂う。
---次に何が起こる。
扉を見つめる。もう何が起ころうとも防ぐ手立てはないのだ。覚悟せよ、太郎。
「お越しですぞ。」
横の二太夫が低い声でつぶやいた時、扉から若い女が姿を現わした。白い布をゆったりと身体にまとい、頭には大きな冠がキラキラ輝いている。
両脇に随行する四人の子供が、ユラユラと空間を漂う白い布の端を手にしている。
壇上へ歩を進める女の姿を、息を呑んで見つめた。二十歳くらいかと思われる若くて、美しい女が壇の中央に座り、こちらに向かって小さく頭を下げた。
「乙姫様です。」
小さな声でつぶやく二太夫。ここから壇までは距離があり、女の表情までは十分に見て取れないが、随行する子供や警護の侍を見れば、この女が乙姫であることは容易に察しがついた。
「乙姫様が手招きされています。前へ進みましょう。」
二太夫が袖を引っ張って、壇の近くまで導く。
「ええのか。」
「勿論です。太郎殿をお招きしたのは乙姫様ですよ。ささ、遠慮なさらずに。」
二人は壇の方へ並んで歩き、二間ほど手前で座った。顔を上げると乙姫は微笑んでいた。
純白の衣裳に負けない、透き通るような白い肌、胸まで垂らした長い黒髪、切れ長で大きな黒い瞳、小さな赤い唇の整った顔立ち。
まるで天女が舞い降りたような美貌に圧倒されながら、ふと脳裏をよぎるものがあった。
---音根。
どう見ても別人だが、どことなく音根を感じ、胸が激しく鼓動する。
「太郎様、ようこそ龍宮へ。私は乙と申します。あなた様にお会いできることを、心待ちにしておりました。」
何と、声も音根の雰囲気がある。ここは心を落ち着かせ、敢えて口元を緩めた表情で、乙姫を直視することにした。
「乙姫様に会えて、オラもうれしいじゃ。」
「太郎様はお一人で龍と戦い、倒したと聞き及んでおりましたので、熊のような勇ましい体躯かと想像しておりましたが。」
目を細めて微笑む乙姫に、気持ちをほぐされ緊張が緩む。ここで熊という言葉を初めて聞いたので、それが何かを無性に知りたくなった。
「熊って誰じゃ。とても強い侍か。」
「太郎様の世界には、いないのですね。熊とは、あなた様の五倍も大きく、力の強い勇敢な動物です。この国におりますので機会があれば、ご覧いただきましょう。」
「そんな大きい動物に襲われたら、イチコロじゃな。」
すると二太夫がアゴを突き出し、皮肉まじりの口調で喋る。
「熊は心根のやさしい動物です。どこぞの理不尽で凶暴な族と違い、むやみに襲ったり殺したりしません。」
二太夫の視線は乙姫に、口述はこちらに向いていた。
「どこぞの理不尽で凶暴な族って、オラのことか。」
二太夫が慌てて口を覆う。
「二太夫さん、言葉に気を付けなさい。太郎様のご機嫌を損ねる言動は、容赦できませんよ。」
乙姫の一喝で、二太夫は背を丸くして恐れ入った。だが心に引っ掛かる言葉と、表情だった。
「宴の用意が整ったようですので、隣の部屋に移りましょう。太郎殿は拙者と、こちらへ。」
「では宴の場で、お会いしましょう。」
乙姫が立ち上がり、奥の扉に姿を消した。それを確認して、二太夫が大きな赤い扉の方へ促したので、後ろに付いた。
「先ほどはご無礼いたした。お気に触ったのなら謝ります。」
「気にしとらん。オラもムキになって悪かった。」
七色に輝く廊へ出ると、十人の侍が腰を低くして五人ずつ両側に付いた。先頭には一太夫がいる。
「宴の部屋は、あちらでございます。」
先導する一太夫の丸まった背の後ろを、侍に挟まれて進む。歩くたびに廊が足許で色彩を変えるので、あたかも身体が浮遊している錯覚さえある。
灯りがないのに屋敷内全体が明るいので、夜は一体どうなるのかという疑問が浮かんだ。




