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薬の袋は、思っていたより小さかった。
白い錠剤。
「高温期に飲んでくださいね」と言われたらしい。
テーブルの上に置かれたそれを、
何度も目で追ってしまう。
「そんなに見るものじゃないですよ」
朱里が笑う。
「副作用とか、大丈夫なのか」
思ったより直球で聞いていた。
「重いのはあんまりないみたいです」
説明書をひらひら振る。
「眠くなる人もいるとか」
「とか、って」
曖昧なのが落ち着かない。
まだ二十五だ。
医師も「病気ではない」と言った。
少し着床しにくいかもしれない。
それだけ。
それなのに、薬。
そこまでしなくても、とどこかで思う。
出来ないと決まったわけじゃない。
まだ一年半だ。
「無理しなくていい」
朱里が首を傾げる。
「無理はしてないですよ」
穏やかだ。
本当に、深刻な顔はしていない。
「確率上げられるなら、その方がいいかなってだけです」
軽い口調。
それが逆に引っかかる。
確率。
確率なんて言葉、俺のほうが使いそうなのに。
「まだ若いだろ」
思わず出る。
「急がなくても」
朱里は少しだけ黙って、それから笑う。
「急いでないです」
静かに言う。
「でも、やれることはやっておきたいです」
責める響きはない。
俺が何かをしていない、とも言わない。
ただ、自分の選択として言っている。
薬を手に取って、水で飲む。
喉を通るのを見ているだけで、妙にざわつく。
そこまでしなくてもいいんじゃないか。
そんな思いが、まだある。
「大丈夫です」
飲み終えて、朱里が言う。
「これで出来たら、ラッキーくらいです」
本当に、そのくらいの温度だ。
俺は頷く。
まだ、治療というより、補助。
まだ、追い詰められてはいない。
そう思っているのは、たぶん俺のほうだった。




