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踏み出してから、ちょうど一年。
去年の春に、少し照れながら同じ方向を向いた。
「一年ですね」
夕飯のあと、何気なく言う。
「何が」
「踏み出してからです」
悠さんが少し考えて、「ああ」と頷く。
「早いな」
その一言に、重さはない。
本当に、あっという間だった。
毎月、予定日が近づくと少しだけ意識して。
二日遅れると「もしかして」と思って。
それを十二回。
思い返すと、案外淡々としている。
「去年より安定してきましたよ」
基礎体温のグラフを見せる。
波が、前よりきれいだ。
「ほんとか?」
「たぶんです」
自分でも曖昧に笑う。
去年はまだ生活も落ち着いていなかった。
仕事も慣れていなかったし、夏は体温もばらついていた。
「去年はまだ準備期間だったのかもしれませんね」
「準備期間?」
「身体が慣れるまでの」
そんな言葉が自然に出る。
悠さんは「なるほどな」と頷く。
否定も肯定も強くしない。
「まあ、焦る年でもないだろ」
「ですよね」
二十四歳。
周りにもまだ子どもがいない友達は多い。
一年なんて、誤差みたいなものだ。
「次ですね」
“そのうち”は、まだ現実味を失っていない。
未来は普通に続いている。
今月じゃなかっただけ。
それだけ。
グラフを閉じる。
特別な印はつけない。
まだ、特別な出来事は起きていない。
次がある。




