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書類をまとめる手が、ふと止まる。


「どうしたの、ぼーっとして」


顔を上げると、隣の席の先輩がこちらを見ている。


「あ……すみません、仕事中に」


「珍しいじゃん。なんか悩み?」


誤魔化そうとして、でも口が勝手に動いた。


「いや……その、子どもって可愛いなぁと思って」


自分で言って、少しだけ恥ずかしくなる。


先輩は一瞬きょとんとして、それから笑った。


「急にどうしたの」


「友人のところに、最近赤ちゃんが生まれて」


「ああ、なるほどね」


納得したように頷く。


「可愛いだけじゃないけどね」


冗談めかしているけれど、目は本気だ。


「夜寝れないし、泣き止まないし

自分の時間なんて消えるよ」


笑いながら言う。


「でもまあ、可愛いけど」


その“けど”が、妙に重い。


胸の奥が、すっと冷える。


欲しいとは、思っていた。


あの小さな手。

澪花ちゃんの寝息。

悠さんの少し戸惑った顔。


全部、愛おしかった。


でも。


それは、愛でる側の視点だ。


小さな存在を抱いて、可愛いと言って

写真を撮って、帰る。


そこまでしか考えていなかった。


「中途半端な覚悟で産むと、結構きついよ」


先輩はさらっと言う。


「可愛いだけで乗り切れる期間なんて、ほんと最初だけ」


笑っているのに、言葉は現実的だ。


遥花さんたちも、きっとそうだ。


可愛いだけじゃない。


眠れない夜も、思い通りにならない日も、あるはずだ。


それでも選んでいる。


それでも抱えている。


自分はどうだろう。


悠さんが「俺がいるだろ」と言ったとき、嬉しかった。


心強かった。


でも。


それに甘えていいのか。


自分はまだ、社会に出たばかりだ。


仕事も、やっと慣れてきたところ。


ここで命を預かる覚悟が、本当にあるのか。


「大丈夫?」


先輩が覗き込む。


「あ、はい。すみません」


笑ってごまかす。


でも胸の奥はざわついている。


可愛い。


でも、それだけじゃない。


中途半端な覚悟じゃだめなんだ。


そう思った瞬間、少しだけ足がすくむ。


自分の中の“いつか”が、急に重みを持った気がした。




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