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年が明けて、気づけば一か月近く経っていた。
0:29の表示は、まだはっきり思い出せる。
「そろそろ顔出すか」
俺が言うと、朱里は「はい」と素直に頷く。
湊の家の玄関が開く。
出てきた湊は、少しだけ顔つきが変わっていた。
寝不足なのか、でもどこか落ち着いている。
「お邪魔します」
廊下を抜けると、
リビングのソファに遥花が座っていた。
腕の中に、小さな塊。
その隣に、自然と朱里が座る。
俺は湊とダイニング側に腰を下ろす。
視線は、どうしてもソファへ向く。
「名前は?」
聞くと、遥花が顔を上げる。
「澪花」
柔らかい声。
朱里が、小さく繰り返す。
「澪花ちゃん……」
その言い方が、妙に優しい。
ただ隣にいるだけなのに、
目の高さを合わせて、自然に距離を縮めている。
「小さいですね」
朱里が指先をそっと伸ばす。
触れていいかどうか、視線で確認してから
澪花の手に軽く触れる。
その瞬間。
朱里の顔が変わる。
普段の、落ち着いた笑い方じゃない。
柔らかくて、少し息を呑むような、守る側の顔。
胸の奥が、わずかに鳴る。
朱里は何も言っていない。
子どもが欲しいとも、羨ましいとも。
ただ、「かわいいですね」と笑っているだけだ。
それなのに。
その横顔を見て、初めて具体的に想像する。
もし。
この腕の中にいるのが、俺と朱里の子だったら。
澪花の小さな指が、朱里の指を握る。
「……握りました」
嬉しそうな声。
遥花が笑う。
その姿を見ていると、喉の奥が少し熱くなる。
俺は、まだ遠くから見ているだけだ。
抱いてみるか、と湊に言われても、即答できない。
怖いわけじゃない。
ただ、まだ実感がない。
でも。
朱里の隣に、その小さな存在がある光景が
妙に自然に見えた。
「悠さん」
朱里が振り向く。
「可愛いですね」
無邪気に言う。
その笑い方が、また柔らかい。
俺の中で、何かが静かに位置を変える。
まだはっきりとは言えない。
でも確実に、前とは違う場所に。
ソファの上で、澪花が小さく声をあげる。
その音に、朱里がすぐ反応する。
その反応の速さに、もう一度、胸が鳴った。




