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着信音で目が覚める。
暗闇の中で、手探りでスマホを取る。
画面に名前。
湊。
こんな時間に。
指が先に動く。
「……なに」
寝起きの声のまま出る。
向こうの呼吸が少し乱れている。
『ごめん、こんな時間に』
声が掠れている。
「……泣いてんのか?」
少し間があって、
『……産まれた』
そこで一度、頭が止まる。
視線を画面に落とす。
0:29。
日付。
……20日、か。
一瞬だけ、息を吸う。
「……今、か?」
『うん』
胸の奥がじわっと熱を持つ。
「……おめでと」
それ以上は出てこない。
でも、それで足りる気がした。
『ありがとう』
廊下にいるのか、向こうは少し反響している。
「母子は」
『元気』
その言葉で、やっと実感が落ちてくる。
元気。
ちゃんと、ここにいるんだな。
「そうか」
少し沈黙。
言おうと思えば、いくらでも言葉はある。
けど、どれも違う気がする。
今日が何の日か。
向こうも、分かっている。
でも触れない。
触れなくていい。
「湊」
『ん』
「寝れねえな、今日」
小さく笑う声が返る。
「また落ち着いたら、顔見に行く」
『うん』
「……遥花に、よろしく」
『言っとく』
通話が切れる。
0:31。
しばらく暗い画面を見たまま、息を吐く。
隣で、布団が少し動く。
「ん……悠さん……?」
朱里が目を細めたまま、こちらを見る。
「産まれたって」
それだけで伝わる。
「……よかったですね」
柔らかく笑う。
まだ半分眠った顔。
「そうだな」
スマホを枕元に置いて、布団に戻る。
自然と朱里を引き寄せる。
細い体が腕の中に収まる。
朱里は抵抗せず、そのまま寄ってくる。
少しの間、黙ったまま。
呼吸が重なる。
外は静かで、まだ夜の途中だ。
目を閉じる。
胸の奥が、妙に落ち着かないまま。




