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夜の市役所は、昼間とまるで違って見えた。


昼間は何度も来たことがある。


住民票を取りに来たり、手続きで並んだり。


でも、今日は違う。


静かだ。


人気もほとんどない。


夜間受付の小さな窓口だけが灯ってる。


「……なんか、不思議ですね」


思わずそう言うと、隣の悠さんが小さく笑った。


「緊張してるか?」


「してません」


即答したけど、本当は少しだけしている。


時刻を見る。


告白されたのも、

プロポーズされたのも、

だいたいこのくらいの時間だった。


夜の公園。


静かな空気。


胸が少しだけうるさい。


「行くか」


差し出された手に頷いて、歩く。


夜間窓口に婚姻届を出すと

担当の方が静かに確認を始めた。


書類を見つめながら、私は自分の名前を見る。


篠原。


今日まで当たり前だった名前。


でも、不思議と寂しくはない。


「不備はありません。お預かりしますね」


その一言で、あっけなく終わる。


本当に、あっけない。


拍手もないし、祝福の音楽もない。


ただ、夜の空気が少しひんやりしているだけ。


夜風が頬に触れる。


昼間しか来ない場所に、夜来ている。


それだけで、少し大人になった気がした。


「……終わりましたね」


「始まった、だろ」


悠さんは、いつもそうやって言う。


私は小さく笑った。


「私、名前変わりました」


「知ってる」


「ちゃんと実感、ありますか?」


「ある」


短い言葉。


でも、迷いがない。


指輪に触れる。


告白も、プロポーズも、夜だった。


そして今日も、夜。


同じ時間帯に、同じ人と。


でも、関係だけが少しずつ変わっていく。


「悠さん」


「ん?」


「これからも、よろしくお願いします」


改まって言うと、少しだけ照れる。


でもちゃんと、言いたかった。


悠さんは少しだけ目を細めて、


「今さらだろ」


そう言って、手を引き寄せる。


その手の温度が、あたたかい。


夜の市役所を背に歩き出す。


学生だった私の終わり。


夫婦になった私の始まり。


同じ夜なのに、

少しだけ景色が違って見えた。




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